66時限目「業夏【クロード事変《扈》】(後編)」


「なんだよ、これ……!!」


 街の病院へ、アカサを抱えて走り続けるクロード。

 心臓の鼓動が弱まっているのが分かる。徐々に体温が奪われている。体越しにクロードは、彼女の危機を理解している。


 その背後、イエロはアーズレーターを開き、ドリアの演説を見ていた。

 それっぽい理由。しかし、それはすべて真実で変えられない。だが、反論したくもなるのも、それは“ゴリアテという存在以外の理由”だ。


 評議会へ叛逆を行っているという生徒達。評議会に敵意を向けているのは事実にしろ……それは、全て評議会側から仕掛けられた攻撃に対する正当防衛である。


 それを何かと理由をつけて、街を撤廃させる理由に使われた。真実など何一つない立派な嘘によって。


「誰が悪党だ……畜生ッ!!」


 クロード達を悪人に仕立て上げている。

 故郷も、夢も、そして、その先生きる道も。ドリア・ドライアは完膚なきまでにクロードとその関係者を追い詰める。


 殺すのではなく、生き地獄を味合わせ、永遠に彼の玩具として人生を全うさせるべく苦しめる。そこまで性根の腐った人格を見せつけられ、イエロは怒りを隠さずにはいられなかった。


「だ、大丈夫だからな……クロード?」


 イエロは走り続けるクロードを。黙りつづけているクロードに背中から告げる。


「お前が優しい奴だって皆知ってる! 昨日も、街の人たちからお前の評判を聞いてたんだぜ……? 誰もお前を恨まないよ。お前を悪人だって思わない、だからさ……!」


 不安におびえる声。自信こそあれど、振り切れない。

 街が滅びる。既に決まってしまった事項、これだけの大きな影響を住民達は受け止め切れるのか。クロードに対する憎悪を孕まずにいられるのか。


 イエロは心の何処かで、それに対する恐怖に屈しようとしていた。



「……いいよ」

 クロードの重い口が、微かに開く。

「僕、は……どうなっても、いい……」

 涙混じり。しかし、それは自身の今後に対する怯えじゃない。



「でも……でも……ッ」

 それは全て、今、彼が抱えているモノ。

「“この人”だけはッ……!!」

 ここまで、怒る事以外で感情の籠った声を、クロードが上げたことがあっただろうか。



「僕なんかの為に、死んでほしくない……ッ!!」


 滅多に人前で感情を吐露しないクロードは、ここまで取り乱したことがあっただろうか。



「死なないでよ……お願いだから、嘘だって笑ってよ……ッ!!」


 走りながら。無理だとわかっていても、諦めない意思を見せながら。

 心が折れそうになりながらも、諦めきれない“その感情”だけは守ろうと。




「“アカサ”ッ!!」


 クロードは叫ぶ。



「今だったら許すから……なんだってするからッ……!! アカサの事を名前で幾らでも呼ぶし、買い物にも付き合う……連絡先だって交換するし、夜中の長い通話にだって付き合うから……生きていたら。したいこと、なんだってするから……だからっ、だからッ……!!」


 叫び続ける。

 虚空に虚しく消えていくだけでも、その声が届いていないにしても。



「お願いだよ……アカサッ……!」


 クロードは、ずっと叫び続けていた。

 諦めきれないこそ、抑えようのない感情を漏らし続けていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ___昨日のことだ。



イエロと共にシャドウサークルの面々で昼食を食べていた頃。

 クロードとアカサが突然、席を外した時の事だ。クロードがいない間、彼の恥ずかしい過去などを答えるイエロの質問コーナーが設けられていた。


「アイツが好きなタイプかー?」


 一発目の質問。初っ端からハードな質問。

 その場にクロードがいたのなら、魔術を駆使してでも止められそうな質問だ。今、彼がこの場にいないからこそ出来る質問がぶつけられた。



「えっとなー、実はあいつ、騒がしそうなのが苦手に見えて……“強引に腕を引っ張ってくれそうな気の強い女”がタイプだったりするんだぜ?」


 強引に腕を引っ張っていく気の強い女。

 それは、あのクロードには想像も出来ないようなタイプである。


「アイツってさ、時に言葉遣いが崩れたり、行動的になったりするだろ? 知ってると思うけど、アレがアイツの素なんだよ」


 昔は、家族も手を焼くほどのヤンチゃ坊主だったというクロード。

 実はそれは今も変わらないという。今、ああやってクールぶっているのも……彼が尊敬していた魔法使い・カーラー。祖母に憧れて、その真似事をしているに過ぎない。


クールな方が、大人に見えてカッコいいという、彼の思い込みだそうだ。



「ああやってダチとワイワイ喋るのも好きだし、はしゃぎまわるのも大好きなのさ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 イエロはクロードの事を知っている。

 彼が幼い頃からの付き合いだ。祖母を病気で失う前から。まだ祖母の元で魔法を教わっている最中だった頃から、イエロはクロードの友達だった。


 だからこそ、必死に駆け回るクロードの背中を見て感じている。



「……クロード、お前、やっぱりな」


 だが、それをクロードに言おうとはしなかった。

 周りに言いふらそうとしない。いつも胸に隠している感情を吐露してしまっている。その醜態については、言及しないようにした。



「あっ……!」


 走る最中。クロードは足をつまづかせる。

 ずっと、休憩もなしに走り続けてきたのだ。意識も次第に揺らめいていき、ついに足元の石ころに気づかず、それが原因で倒れてしまう。





(……どうして)

 倒れる最中。クロードは思う。

(どうして、僕はこんなに強くなれないんだろう)

 冷たい地面。泥まみれの地面に頬を着け、クロードは悔しさのあまり泣き続けている。



「周りの人達さえ、守れない……」



 クロードはついに呪い始めていた。

 己の弱さ。回りすらも救えない、己の弱さに。


 己の生を。己の存在を。呪い始めていた。





「いや、君は守っている」

 視界が真っ黒に染まっていく中。クロードの視界に“脚”が映る。


「そして、今も戦っている」

 

 声、が聞こえる。

 聞き覚えのある声だ。


「立て。クロード・クロナード」

 そっと、クロードは見上げる。

「“君の戦い”に、手を貸させてくれ」

 薄れそうになった意識。モノクロに染まりそうだった意識。


 晴れていく。

 壊れゆく心が、静かに鼓動を強めていく。



 視界の先にいた人物は___








“意識を失っていたはずの、ジーン・ロックウォーカー”だ。






「ジーン、さん。なん、で……?」


「ん!?」


 まただ。また、アーズレーターから緊急発信。

 相手を確認するが、評議会とは表示されていない。発信相手は不明。何処から来たのか分からない発信にイエロは戸惑いながらも、通話を開く。



「君達は……“悪”なんかじゃないさ」


 ジーンは言う。

 アーズレーターを開く前、クロード達に告げる。




『以上が理由となります。皆様には大変申し訳なく存じ上げます。ですが、それは全てこの世の悪を排除する為』


 流されるのは、さっきと同じ、ドリアの警報だ。

 しかし、何処か違和感がある……ドリアが同じ警告をしているわけではない。流されているのは、全て“録画”された映像である。



『恨むな、ら……』


 途端、映像が切り替わっていく。



『……ああ、そうさ』


 完全に、映像が切り替わる。

 それはディージー・タウンのものとは全く違う……“王都”で録画されたもの。



『クロード・クロナード。アイツを完膚なきまでに壊してやる。俺に恥をかかせた罪は大きいんだ。アイツから全てを奪ってやる』


 王都の何処か、は分からない。

 だが、人目のない隠れた場所。誰かが盗み聞き出来ないような密室であることは分かる。



『ディージー・タウンか。いいさ……どんな手を使ってでも』


 そこに移っているのは、計画を進めていた人物。



『アイツの全てを壊してやる』


 “ドリア・ドライア”。

 己の愉悦に、これでもかと身を悶えさせる。身勝手な人間の姿だった。

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