63時限目「業夏【クロード事変《跳》】(前編)」


 次の日の休日。

 クロードとイエロは合流し、今日もディージー・タウンで思い出作りをしている。


「……上手いな」


 二人は、街の公園のベンチの前で二人佇んでいる。

 イエロは、その目の前の光景に、見惚れるように思わず声を漏らす。




 “演奏”だ。

 アカサ・スカーレッダの、ギターによる演奏である。ベンチに座っている彼女は、いつもと違い儚げな表情を浮かべながら、メロディを奏でている。


 歌詞も何もない。ただ、彼女が作ったメロディが奏でられるだけ。

 アカサの趣味。そして、何れは音楽で食っていきたいと願う。一週間に数回は路上でギターを弾いている、その演奏を今日は特等席で眺めているのだ。



「……はいっ! どうだった?」


 演奏が終わり、アカサはギターを持ったままベンチから立ち上がる。

 いつも通りの彼女に戻った。何度もそれを目にしているクロードにとって、そのテンションの変わり具合には毎度、体がズッコケそうになる。


「ブラボーッ!」


 イエロはようやく、両手を使ってその演奏の凄さを絶賛した。

 これには当然、アカサも自慢げに胸を張っている。演奏には凄い自信をもつ彼女だ。照れる事よりも、“当然”と言わんばかりの表情を浮かべていた。



「でしょでしょ! 見事なモンでしょ!」

「あぁ、すげぇぜ!」

 イエロは拍手をしながら告げる。

「この演奏に“歌”が加わればもっと良いモノになると思うぜ! アカサちゃん、声すっごく可愛いから、そう思うんだけどさ!」

「……っ!」

 それは、素直に嬉しい感想ではあったと思う。

 だが、アカサの表情は……いつにも増して、複雑そうに唇を歪めた。



「あははっ、ありがとう……」


 ここまでも気まずい声を上げるアカサ。



 クロードはその理由を知っている。

 彼女は歌わないのではない……『歌えない』のだ。


 アカサの声は魔術によって、その強弱を変えることが出来る。場合によっては超音波、衝撃はとしても使用できるほどの轟音にはね上げることも可能だ。

 しかし、アカサはそんな魔術を使わずとも綺麗な音色を持つ。彼女の実力も、魔術に頼らない立派なものではあった。


 だが……過去、アカサは仲間を守るために、その声を“凶器”に変えてしまった。

 その後の出来事の全てが彼女のトラウマとなった。最初の頃は、人前で喋ることすらも出来ないほどに追い詰められていたが、次第に人前で喋られるようにまでは回復した。



 しかし、人前で歌う事は出来ないままだった。

 魔術が絡んでこそいないが、こうして追い詰められていたのも、元々は“音楽活動”でのいざこざが原因だったからだ。歌おうとすると、どうしても……その声で人を傷つけたあの日の事を思い出してしまう。


 だから、歌えない。

 恐ろしすぎて。やってもいないのに、目の前の人間が傷ついてしまう光景が見えてしまいそうで。



「さてとっ!」

 その件について悟られないように、アカサは直ぐに空気を入れ替えた。

「そんじゃ、この後、どうしよっか!」

 適当に街をブラつくか。どうするか話し合うことにする。


 今日はこんなに少人数なのには理由がある。


 ロシェロ、ブルーナ、ソルダ。いつもの面々は用事があって今日は同行出来ないようである。こんなにも多人数が同じタイミングで用事、やはり、夏休みとだけあってそれぞれに行事があるのだろう。


 というわけで、今日は三人で適当に過ごすというわけだ。



「とりあえず、昼飯に……って、んん?」


 公園を出ると、三人はピタリと足を止める。



 三人の視線は、公園を出てすぐ目に入った“人影”に集中した。

 黒いスーツ姿。サングラスをかけ、髪をオールバックにまとめ上げた男が、アーズレーターを片手に何か話をしている。


 このスーツ姿の男、見覚えがある。


「あれって、確か……」

 “ボディガード”だ。

「評議会のとこの、護衛の人、だったよね……?」

 ドリア・ドライアのツレ。

 いつも、彼が連れて回っているボディガードの男だった。



「【サジャック】だ……あぁ……あぁ、なるほど、魔物の件か。そうだな、それもこっちが請け負っている……やれやれ、野暮用くらいは街の奴らに任せればいいのに。好条件を出しすぎるのも面倒モノだな」



 近くに主人がいないからか、畏まる様子もなくため口だ。通話の相手は、同じ仕事仲間であると思われる。


 内容からして、また近くに魔物が押し寄せているようだ。

 そちらの一件も評議会が受け持つことになっているらしい。アークの調査など、その他諸々の権限を得るための条件をよりよくするために、引き受けたのだろう。



「……予定通り、一掃するのなら爆弾でも使っとけ」


 魔物の一件は早めに片付けなければ街に被害が出る。評議会として、条件を守る事に関しては手早く話を進めていた。



「あぁ……そうだな。その爆弾だと、多少だが“街に被害が及ぶかも”な」

 不穏な一言が、聞こえる。

「だが問題ない……どのみち、“同じこと”だからな」

 アーズレーターを閉じる。

 何かメモに書いたかと思うと、そそくさとその場から移動した。




「ねぇ、今、爆弾を使うって……!」

 三人は物陰から飛び出す。

「今の、ジーンさん達に伝えた方がいい、よね……?」

「そうかもしれない」

 伝える。というよりは“聞く”という表現が正しいか。


 街の被害が多少及んでも問題ないかどうか。

 それを街側の人間が許しているかどうか……クロードはアーズレーターを開き、ジーンと関係が深い、ある人物へと連絡を入れた。

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