62時限目「嵐の予感【ディージー・ダウン騒乱】(後編)」


 寮の部屋の中。クロードはベッドの上で寝転がる。


「……」


 今日は、感情がこれでもかと揺さぶられた。



 この感覚、いつ以来だろうか……。


 殺意にも似て、恐怖ともいえる。

 憎しみと悪寒に塗れ切った、ガラスのように砕け散りそうな苦しい呼吸を繰り返す。



 “ドリア・ドライア”。

 クロードの友達を過剰に傷つけ、そして、クロードが魔法を撃ってしまった元凶。


 あれから全てが始まった。

 クロードの家族は街の隅へ追いやられ、クロード本人もこのような田舎街で身を隠す羽目になった。


 自業自得、というのは分かっている。

 もっと、平和な解決方があったのかもしれない。感情的になりすぎた。衝動に身を任せた結果が、あのような不幸を招いたこともクロードは理解している。


「……くっ」


 だけど、割り切れないことだってある。



「イエロ、大丈夫、かな……?」


 友人であるイエロは数日の間、ディージー・タウンの宿に泊まると言っていた。

 同じくこの場に残ると言っていたドリアは幸い、クロードに構う時間はないようである。無駄口、イヤミは叩かれるが、その程度ならまだ我慢できる。


 だけど、不安は募るに決まっている。

 その標的が……また、“その周り”に向けられないかと不安になって。


「また、海にでも行こうかな……」


 時期的にも、丁度いい頃合か。

 クロードは珍しくも、らしくない場所を口にしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 時間は夜の一時を回った。

 アークは次の日にちをまたぐ前に閉館される。評議会から送られてきたドリアとその連れも今日の活動を終えている。


 誰もいなくなったアーク。明かりも消え、静まり返った空間の中。


「……誰もいないな」


 立ち入りが禁止されている中、ジーン・ロックウォーカーは裏口から静かに立ち入った。

 評議会の監視が始まっている中、ディージー・タウンの警備員でさえも立ち入りが出来なくなっている。この街の関係者全員が、このアークから遠ざけられているのだ。


「妙だな……奴らは、この船をどうするつもりなんだ」


 ジーンは息を殺し、暗闇の中で目を凝らす。

 自身の魔法である光を使えば、あたりを照らすことは簡単ではある。だが、評議会に姿を見られれば、どのような咎をおわれるか分かったものではない。

 


 ___何か企んでいるのだろうか。

 ___仮にそうだとして、評議会がこの街で何をしようとしているのか。


 強引な手段。革命の為なら、ある程度の“コスト”も払う評議会。学会と違い、強硬に事を進めようとする連中だと、ジーンは耳にしている。



「アーク……」



 希望の箱舟。かつて、人類を救ったとされる巨大な空飛ぶ船。

 世界を希望の光で包み込み、力のない民達を守り続けたとされる平和の象徴。戦争が終わり、使命を終えた船は全ての機能を停止し、近くの大地へ漂流した。


 “救いを求める民の声に応えようとする”。

 評議会が口にしていた通り、それは事実だ。この船は民の叫びに答え、その悲鳴と嗚咽が消えてなくなるまで戦い続けたと文献にも残されている。


 だが、今も尚、船が機動していたなんて聞いたことがない。

 文献には一つも残されていない。ディージー・タウンの学者達の調査も、全員が口を揃えて、“この船は機動を停止している”と発言しているのだ。



「……ッ!!」


 暗闇に目が慣れてきた。懐中電灯も、ランプもなしに歩いていたジーンは途端に足を止める。


「誰だ!」


 気づいた。

 この船の中、誰かがいることに。



「うぐっ……!?」


 “だが、気づくのが遅かった”。



「ダメじゃない……」

 ジーンが振り向いた先で声が聞こえる。

 暗闇の中でも、そのシルエットがくっきりと見える。

「この街のお偉いさんが、決まり事を守らないなんて……お父様に怒られるわよ?」

 女性の声、だ。

 挑発するように。相手が“ディージー・タウンの中でも指折りの最強”と謳われているジーンが相手だと分かっている。誰もが敬意を払う相手。そんな彼を前にしても、畏まることもなく。




「お、お前、はっ……!」


 ジーンは気が付いているようだった。

 不意打ちを仕掛けてきた相手が何者か。次第に近づいてくる“シルエット”の正体に。


 しかし、反撃をしようにも体が動かない。

 胸に何かを撃ち込まれた。それが次第に体全体に何かを流し込んでいく。



「ジーンッ!!」


 またも、聞き慣れた声が聞こえる。

 それは心が乱れるような敵意のある声じゃない。ジーンにとって、馴染みが深く、信頼できる女の子の声。


 突然現れたもう一つのシルエットは倒れそうになったジーンを抱え、その場から姿を消していく。


 ただ一人、最初からその場にいたシルエットだけがアークの中で取り残される。



「……まぁ、いいか」


 女性の声は、特に問題もないように笑っている。


「評議会の連中を疑ったこの街の英雄の一人がノコノコと……ね。台本通り」


 暗闇の中。分かるのは、コンパクトを取り出して化粧をし直している。

 

「これで、また一つ……脅威は取り除いた」



 目的は達した。

 謎のシルエットは、二人を追いかけることもなくアークから去って行った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 アークから飛び出した二つの人影。

 直ぐ近くの公園に立ち寄る。綺麗に整備されたベンチの上に、衰弱しているジーンを寝かしつける。


「ジーン! 大丈夫か!?」


 助けに入ったのは……“ブルーナ”だった。

 彼女もまた、不安だったようだ。書類をまとめる仕事は後からでもできる。たった一人、アークへと向かったジーンの様子をこっそり見に行っていたのだ。


 その不安は的中した。

 負傷したジーンをその場から連れ去ることが最優先だった。ジーンの傷が広がるよりも先に脱出を先に。アークにいた謎の人物の事は後回しだ。



「ジーン! あそこには誰がいた!? お前を攻撃したのは誰なんだ!?」

「ブルーナ……聞け……」


 呼吸が荒い。ジーンは胸を抑えながらブルーナの方を見る。



「評議会はっ……あの場にいた女、はっ……!」


 犯人。

 評議会と“関係のある人物”の名を、ジーンは口にしようとした。



「ぐっ……あぁあっ……!?」


 だが、その言葉が紡がれることはない。

 犯人の名前が口にされるよりも先に……ジーンの体は一瞬の硬直と同時、そこから人形のようにピクリとも動かなくなる。




「ジーン……?」

 ブルーナは意識を失ったジーンの体を揺さぶる。



 誰もいない公園の中。

 必死に彼の名を呼ぶブルーナの声が、虚しく響き続けていた。

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