61時限目「因縁【ドリア・ドライア】」


「久しぶりだな。魔法使いの恥晒し君」


 スーツ姿。七三に分けられた髪に、傲慢を匂わせるその態度。

 後ろに連れている二人のボディガードをバッグにおいて。彼が“逆らえないこと”を分かっているからこそ、この男はそのような態度を取る。


「……ッ!!」


 クロードの表情が一瞬で青ざめた。

 

 それだけじゃない___震えている。

 

 怯えている。恐怖している。

 それはこの男に対してなのか。それとも別の事に対してなのか。




 ___それは、きっと両方だろう。



「なんで、お前がここに……!」

 イエロもまた、クロードと同様に何処か震えた様子だった。隠し切ろうとしても、喉がその震えた声を出してしまう。


「……イエロさん、この人は?」

 アカサがこっそり、耳打ちで彼に聞く。



「“ドリア・ドライア”」

 耳打ちでの質問にもかかわらず、それに対しイエロは、その対象にも聞こえるような声で返答した。

「“クロードの被害者”だ」

 それは、本来“被害者”である側のはずのクロードを責めるような言い方。

 言い方にも抵抗はあった。本当はこんなこと言いたくはなかった……だが、そう言わなくてはいけない。そう言いたげな態度で、イエロは答えた。


「ああ、そうだよ。私は彼に酷い目に合わされてね」

 頭に手をやりながら、ドリアと呼ばれた男は答える。


「私はただ、間違ってる生徒を叱っていただけなんだ。それなのに彼は突然逆上してあんな酷いことを……おかげで学園はメチャクチャ。私も数か月のケガ。下手をすれば……“死んでたかも”しれないよねぇー……?」

 責任を感じさせるような深い言い方。


「わかってる? 君のやった事、本当にクズだってこと?」

 しかし、その深みにはこの上ない“陰険”さを感じさせる。ただでさえ、傷だらけの少年に更なる鞭を打ちつけるような酷い言い分だ。



「「……ッ!!」」


 真実、かどうかは分からない。だが、アカサとソルダはクロード本人から、その事件についての全貌は明かされていた。

 あの涙は本物だった。とても彼が嘘を言っているとは思えない。二人はクロードを信じているからこそ、わざとらしい態度でクロードを攻め立てるドリアに腹を立てていた。


(二人とも、抑えたまえ)

 ドリアには聞こえない様。ロシェロは小声で宥めようとする。


(だけど、先輩っ)

(クロナード君の言う通りなら、彼は評議会の息子なのだろう。私も毛嫌いしている存在ではあるが……迂闊に手を出すのは危険だ)

 

 評議会。魔術を研究する学会を束ねる存在でもあり、王都どころか、この世界全域に影響を与えている政治団体のトップでもある。


(こちらが変に暴れれば、我々にいらん罪を問われることもある。何より……)

 震えるクロードの背中を見上げながら、ロシェロは告げる。

(“彼に更なる追い打ち”をかけることになるかもしれんぞ)

 この一件を通じて、クロードに更なる攻撃を仕掛けることだってある。

 かつて、エージェント相手に反論するだけでも結構なことではあった。だが、今回ばかりは相手が悪すぎる。この世界の頂点ともいえる立場の人間にそのような真似をすれば、あっという間に首をすっ飛ばされるのも冗談ではすまない。


 ここでは何があっても衝動を抑えた方がいい。

 ロシェロも同じ気持ちだった。アカサとソルダ二人の怒り同様に、本当ならその男の顔面を殴りかかってやろうかと考えてもいる。



(……ちっ、言う通りだぜ)


 ソルダはかろうじて抑えた。

 それに対し、アカサも同じく静かに口を閉じる。変に行動すれば、クロードとイエロに更なる迷惑が被られるのだから。




「ドライアさん。俺の質問に答えてほしいのですが」

「おっと、そうだった。すまないすまない」


 ドっと笑いながら、ドリアは無礼を詫びる。

 

「……何、夏休みの宿題だよ。君もあっただろう? “魔術に関する論文”など、レポートの宿題がな」


 レポートの宿題。

 王都の学園で提出された、一番面倒な宿題について彼は語り出す。


「この街では今、少し面倒な事が起きていると報告があってな。最近になって魔物が増えだしたとかなんとか……評議会、学会側も、この一件に関して調査を進める予定だった」


 そう遠くない日、この街へ調査が入る予定だった。

 王都のエージェントがやってきたのも、その予兆であったのだろう。


「だが、学会も評議会も。おじいちゃんもパパも多忙の身だ。中々手が出せない状況だ……そこで、私がその代理としてこの街の調査にやってきたのだよ。レポートも込みでな」


 宿題と仕事の両立。何れ、評議会の面々として世界を引っ張る立場として、その任務を全うするためにこの場へやってきた。


「既に調査の許可も下りている。ここしばらくはこの街に残る……この街に魔物が集まる原因も、ある程度狙いが定まっているからな」


「それは本当なのか?」


 魔物退治の専門家であるブルーナが問う。

 現在、それに関しては調査を進めている最中だ。そして、目星がつけられているのは“ロシェロが研究を続けている巨兵・ゴリアテ”である。


 評議会とゴリアテ。そしてロシェロは深い因縁がある。

 あの巨兵のことを嗅ぎつけたのか。ブルーナはその真意を問いかける。



「簡単だよ」

 ドリアの目線の先。




「“あの船”だ」


 その目線の先には、ブルーナもロシェロもいない。

 ましては誰もいない虚空……その先にある“ディージー・タウンの観光名所”。


 この町にやってきてから、クロードが最初に訪れようとした場所であったが、結局訪れることも出来なかった“ゆかりの地”。






 【箱舟・アークロード】。





 古代より人類を守り続けた“結界の船”。数十万人の民をその船に乗せ、付近には魔物を寄せないように守護の結界を張り続けていた、人類側の最終兵器の一つ。


 戦いを終えたアークロードは現在機能を停止し、今も街の片隅に残されている。平和の象徴として。博物館施設のように扱われている。



「あの廃船が、か?」

「……君達は気づいていなかったかもしれないが」


 分からない連中の為にわざわざ説明をする。まるでそのような傲慢さ。

 胸を張り、ドリアは船について語り出す。




「“あの船は今も機能していたのだ”」


「「「「!?」」」」


 ディージー・タウンの住民であるロシェロ達は目を見開いた。

 驚愕。千年もの間、最早骨董品。一種の博物館としての機能しかなかったはずの船が、今も生きているという事実に。



「アークロードは、人の“救いの声”に応え、その力を発揮する……戦いを終えた後にも、その結界は張られ続けていた。我々の調査にて判明したよ」


「救いの声……そんなものが、この街に」


「“歌”さ」


 救いの声。

 原因の一つ。住民達の叫びがなんであるか。その答えをドリアは提示した。



「あの船は歌で動いていたんだよ」


 歌のおかげで、アークロードは機動を続けていたのだ。人知れず、誰にも知られる事無く使命を全うしていた。


「……だが、もう何せ戦争から千年が経過している。機能にも異常が見られ始めているのだろう。我々は、その調査を行いに来たのだよ。今から、船に向かうところだ」


 ボディガード二人を引き連れ、ドリアはその場を去っていく。



「そういうことだ。さらばだ」

 去り際。すれ違うと同時に、ドリアは見下す。

「“魔法使いのなり損ない”め」

 あざ笑うように。

 震えて何も出来ない哀れな男を、一言笑ってからその場を去って行った。










「……言ったか」

 ロシェロはドリアたちの姿が見えなくなったのを確認し、あたりを再度見渡す。




「よく我慢した。クロナード」

 すると、ブルーナはクロードを見兼ねて背中を摩る。

 震える彼を落ち着かせるように。そっと呟いたのだ。



「……皆には、迷惑かけれませんから」


 震える彼の返答は___

 いつの日かの、“誰とも距離を近づけようとしない”かつてのクロード。昔の彼に戻りつつある兆候。不安を帯びた一言だった。




「船に行く予定だったが、今日はやめとくか」


 ソルダの提案。

 皆は返事をすることも首を縦に振ることもなかったが……これは無言の肯定だ。


 賛成。あの船に近づくのはやめておこうという彼の提案に、一同は賛成していた。




 まだ、あの船に行ったことが無いというクロードには申し訳がないが。





「……んじゃ、どっか遊びに行くか! 気分、入れ替えようぜ!」

 ソルダは気持ちを入れ替えるために声を上げる。

 カラ元気かもしれないが、この沈んだ空気だけは御免被る。


「ああ、賛成だ」

「学園に来ないかね、リーモン君。歓迎するぞ」

 ブルーナとロシェロも、観光の一つとしてラグナール魔法学園を提示する。


「おおっ! いいねぇ! 行かせてもらいますっ!」


 一同が学園に向かって歩き出す。



「気にすることないって、クロード」

 

 ただ、一人だけ。

 歩き出そうとしない、クロードにイエロが声をかける。



「いや、うん。気にしては、ない、けど……」


 嘘だ。

 彼は“心の奥底から震えている”。




 皆に、近づくことを。

 仲良くすることを、してはいけないと捉えるように。



「ああっ、もう!」

 張りつめた空気。一向に晴れようとしないクロードの不安。

「ほらっ! とっとと行くっ! 友達楽しませるんでしょーが!」

 それを引き裂くように、いつもと変わらぬ空気の読めない勢いでアカサはクロードの手を掴んだ。


「ちょ、ちょっと……!」


 クロードは抵抗をする暇もなく、アカサに引っ張られ学園に連れていかれてしまった。







「へへっ」

 イエロは、クロード達を追いかける。

「本当。良い友達出来たじゃねーか。クロード」

 安堵に心を休め。この不安な空気が引き裂かれたことを喜びながら。

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