35時限目「ポッチャリ貴族【マティーニ・フィナコラダ】(後編)」
(まぁ、それでいいか! とは、言ったものの……)
今日の分の午前の授業が終わり、アカサはふと考えこんだ。
(あの一件、こう安く終わるものとは思えなかったり)
アカサはマティーニ・フィナコラダの事を深く知るわけではない。同じ教室にいるのもまだ数か月程度、彼の全貌など知る由もない。
だが、自ら手を下そうとはせず、金と立場を使って有力な人間を雇い、あとは例の噂に多少の誇張をして広めるばかり。陰でコソコソとクロードを追い詰めようとした陰鬱な人間が、親に絞られた程度でおとなしく引き下がるとは思えない。
何か企んでいる可能性もある。その疑念こそ彼女にはあった。
(よっしゃ! ここは一つ、同じサークルメンバーとして、彼の窮地を救ってあげないとね!!)
ドンと胸を叩き、アカサはその場で立ち上がった。
クロードはマティーニと一緒に昼食をとると言っていた。ならば、それに同行すれば妙な行動はとれなくなる。せめてもの予防線を買って出ようとしたのだ。
「アカサさ~ん。先生が呼んでるよー、授業中に居眠りをしてたとかどうとか、で」
「え?」
しかし、事はそう上手くはいかない。
(チクショォオオオーーー!!)
アカサは心の中。己の何気ない行動が今日に限って恨み節に変わった事へ理を呪いながら、教員室へと一直線に走って行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昼食。クロードは弁当を手に屋上へと向かう。
その場所を指定したのはマティーニの方だった。場所自体、特にそれといった問題もない。クロードはそれを承諾した。
(クロード・クロナード……!)
クロードを先導させ、階段を上っていくその背中をマティーニは睨みつけている。
(転校初日から俺をコケにして……挙句の果てには晒し者にしやがってぇええ……ッ!)
服の首元を噛み、酷い歯ぎしりを繰り返している。
(俺は市長の息子だぞ、偉いんだぞ……! だというのに、俺に平気で逆らって……お前のせいでコケにされて、酷い目にあったんだぞ……!)
今日の朝も、久々の登校で教室に足を踏み入れると、複数の生徒から笑いものにされていた。
普段から市長の息子という立場を使って大威張りだったこの男、そんな高飛車な男がコケにされた姿。笑いたくなる生徒は数人いた。
……だが、どれもこれも。それはマティーニ本人の自業自得。因果応報である。
しかし、彼はそれを清々しく責任転嫁。個人的私怨を理不尽にクロードへぶつけている。
(この仕返しはたっぷりとしてやるからな……!)
そっと、手を伸ばす。
今ここで、油断している彼の体を引っ張れば……“真っ逆さまに階段を転がり落ちる”。
運動神経と魔力こそ高いクロードだが、華奢な肉体に軽い体重。そして普段からボーっとしているこの姿。
マティーニほどの体格の男なら、そんな不意打ち容易いことである。
(地獄に落ちろ……クロード・クロナード!!)
言葉通り、この階段から突き落とす。
マティーニは殺気と共に、片手をクロードの背中に突き伸ばした。
「よっ! クロード! 今から飯か?」
瞬間、上からソルダ率いる不良生徒の集団がやってくる。
「おわっと!?」
人気がなかったところに突然の人影。マティーニは慌てて拳を引っ込めた。
「ソルダさん……まだ、教室にいたんですか?」
「いやぁ、なぁ。ノートを纏めるのに時間がかかってな……歴史の教員、授業スピードが速すぎるんだって」
後ろで複数人の不良生徒も、同調するように首を縦に振っている。
「あー、わかります。歴史の教員、他と比べて授業スピード早いうえに……黒板に書くこと、馬鹿みたいに多いんですよね」
クロードも共感しているようだった。
「余計な事までノートに書かなければ、少しは時間を短縮できると思いますよ」
「うーん。俺、頭はよくねぇからなぁ。どれが要点なのか分からなくてよぉ~……って、そんなことよりよ。今日は食堂じゃねぇんだな?」
「え、ええ……ちょっと、誘われて」
クロードは返事をすると、その招待した張本人の方を向く。
「……ん!?」
「げっ!?」
二人が目を合わせると、気まずい空気が流れる。
「や、やぁ……元気、そう、だね……」
「お、おお。市長の息子さんも、お元気な、こと、で……」
二人のぎこちない態度。その風景を見て、クロードはふと思い出した。
マティーニとソルダ。二人は元々手を組んでいた。
クロードを窮地に陥れることで、マティーニのプライベート貯金の大金をソルダ達は得る。一種のビジネスパートナー関係であったが、互いに立場が危うくなったために破綻。
お互い、あの一件の事は水に流したいのだろう。立場的な意味でも。
クロードは何処か哀れな二人を見て、ふっと鼻息を吹いていた。
「……珍しいな。ここでこのメンツと顔を合わせるのは」
続けて上からやってきたのは、ブルーナ・アイオナスだ。
片手にはやはり弁当箱。彼女も昼食に向かう予定だったのだろう。
「「「ブルーナ先輩! ちっす!!!」」」
「ブルーナさん! 今日も麗しゅう!」
不良生徒一同は一列に並んで敬礼した。
「ありがとう」
社交辞令に軽く返事。ブルーナは挨拶を快く受け取っていた。
「ブルーナさんも昼食ですか! 良かったら、俺達と、」
「すまん。今日は先客がいる。またの機会でいいか」
ちゃっかりフラれている。一斉に肩を落として落ち込む男子たち。
あまりの欲望への正直っぷりに、クロードは鼻で笑い始めていた。
(なんだなんだ……!?)
突然のメンツを前に、マティーニは内心焦っている。
(敵であるはずのソルダ・フロータス達と仲良くなっていて、それどころか、ブルーナ・アイオナスともお近づきになってるだって……!?)
邪魔者が増えた事への憤りこそ覚えたが、それ以上にクロードと交流を深めているメンツを前に驚愕の方が勝る。
(何がどうなってるんだよ……この、クロードってやつは……!?)
マティーニは困っていた。
これではひっそりと“クロードを陥れる”作戦が決行出来ない。あまりにも人の目が多すぎる。
やむを得ないが、今回は仲良く昼食を楽しむのみで済ませる以外ない。行動へ回すことが出来ない以上は仕方がない。
地獄の閻魔に舌を引き抜かれたような痛々しい表情を浮かべ、クロードの背中をマティーニはひっそりと睨みつけている。
「ああ、そうだ。お前達、次のサークル活動だが週末だそうだ。隣町まで移動する……人手が多い方が助かるそうだから、暇であれば来てもらえるか?」
「お、俺達、来てもいいんですか!?」
「ああ、すっかり、気に入られているようだからな」
ロシェロのお気に入りに選別された。ソルダ含め、不良生徒達は一斉に雄たけびを上げて喜んだ。ここが校舎の中であることを気にせずに。
(……それでいいのか、先輩)
しかし、同時にクロードは思った。
あまりに“チョロすぎ”ると。
ロシェロ・ホワイツビリーの将来が少しばかり心配になってきたクロードであった。
(サークル活動……?)
マティーニは一瞬、何のことかと首をかしげる。
(……まあ、いい)
盛り上がっている連中の中。一人、陰謀を脳裏で渦巻かせる。
(必ずこいつを地獄に突き落としてやる……!)
次のチャンス。
その“外出”とやらに、マティーニは賭ける事になった。
(……ふっ)
そんな空気の中、見慣れぬメンツが一人いることにブルーナが気づいていないわけではない。
ただ一人……“周りとは違う表情を浮かべているマティーニの存在”に。
(さぁ、次はどうなるかな。ルーキー?)
ただ一つ、鼻で笑っただけで……ブルーナはその場を後にした。
「じゃあ、一緒にお昼ご飯、行きましょうか」
クロードは弁当を手に、屋上へと向かう。
「「……お、おう」」
そしてやはり、出来る限り接触を避けたかったであろうソルダとマティーニの返事はこの上なくぎこちないモノであった。
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