22時限目「野望【少女の反抗記】(後編)」


「だが?」


 成績表を手に、クロードは首をかしげる。


「最後の最後。魔法研究の最高評議会の老人共め……私の研究を“結果を出していない子供の戯言”と片付けて、放り捨てやがったのだ」

 当時の事を思い出したのか、ロシェロの眉間に皺が寄り始める。


「まぁ、子供の研究結果が時代を動かすとなったら、今まで席に就いてきた老人共の立場もなくなるだろう。それを恐れての抵抗だったのは分かる。奴らには権力があるからな。食い下がりたくはないが奴らも内心認めていると考える事にはした。そこは我慢するには至ったさ、だが、」


 テーブルを殴りつける。


「奴らは破り捨てたはずの私のレポートを修正し、まるで自らが今までやってきたかのように研究しだしたのだ! 私の研究結果を本人の意向関係なく横取りしようとしたんだぞ! 分かるかね! この身勝手さが!?」


 今までの大人しさがどこへやら。拳を震わせ、激昂する。


 相当怒りに震えているのは間違いない。

 何せ、ロシェロの表情には寝起き以上の不快感がある。



「……一声かけてくれれば、少しは引いたかもしれない。だが、強引に横取りされれば不快にもなるだろう」

 肩を落としながら、ロシェロは研究データの資料を手に取った。


「これでも数年間、全身全霊をかけて作り上げた研究成果だったんだぞ。それを我が物顔で取り上げるなんて……大人のやる事か」

 怒りだけじゃない。悔しさも目に見えていた。

 あの頃の自分が立場のある大人だったら結果が変わっていたのか。そう言いたげな表情で、研究データを手に震えていた。


「だから、私は父と母に無理を言って、このゴリアテだけは取られないようにした。まだ提出していなかった研究データも、な」


 彼女が、制限を着けられてでも学園に入学した理由はただ一つ。


「学生のうちにここで研究を続け、卒業という結果を残す。そしてゴリアテを起動し、最高評議会達の鼻を折ってやる! それが私の野望、大人達への抵抗なのさ!」


 結果を残す。評議会とまではいかないが、学会にも相応の結果を残せるほどの魔法使いになる。そして、巨人の研究を向こう側よりも先に完成させる。


 それがロシェロの夢……いや、野望、だ。



「……私と同じように、理不尽と戦っているのさ。アイオナス君も、スカーレッダ君、もな」


 クロードは一度、ブルーナ・アイオナスについて聞いている。 


 彼女もまた、大人のいざこざに巻き込まれて、肩幅の狭い生活を送り続けてきた。端へと追いやった彼らに復讐をしたいわけではない。ただ、時代遅れと言ったその減らず口を修正したい。その為に奮闘しているという。


 ブルーナにも、戦う理由がある。



(理不尽と戦う、か)


 アカサ・スカーレッダ。

 あの無礼少女にも、何か理不尽な過去があるというのか。



「……立派なのかは、置いといて。少しは分かる、かな」

 両手を上げて咆哮するロシェロを前に、小声でクロードは呟いた。

「“子供の声なんて聞かない”。そんな悲しさを覚えることは」

 いつかのブルーナと似たようなことを、漏らしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後、クロードはガレージハウスを去って行った。

 彼を呼び止めることはしない。ロシェロはソファーに座ったまま、警備員とともに歩くクロードの姿を窓から眺めている。


「……出てきたらどうだね、スカーレッダ君」

「あっ、やっぱ気づいてました?」


 閉じられた扉から、アカサがそっと顔を出す。


「足音は聞こえていたとも。あと、階段がギシギシと」

「音が気になってるなら修理呼びなさいよ。穴開いても知りませんよ」


 整備されていないせいか、木造の階段は腐っているように思える。あと何度上り下りをしたら穴が開いてしまうのか楽しみである。


「良かったんですか、呼び止めなくて」


 アカサも窓際から、クロードの背中を見る。


「……彼にその気がないなら、無理に入れるのは気が引ける」

 もう一度勧誘するという意味合いはあった。ただ、それだけ。

「ただ、興味が湧いたのなら……お茶を飲みに来るだけでもいいとは伝えておいた」

 鍵は返却していない。

 クロードがその気になった時、歓迎する。それまでは彼の気持ちを尊重することをロシェロは選んだのだ。


「……了解っ」


 リーダーが言うのなら反対はない。

 アカサは背筋を伸ばし、軽くストレッチを始めていた。ずっと身を潜めていたこともあって、体がカチコチに固まっていたようだ。


 やることはやった。あとは、クロードの返事を待つのみである。



「というわけで場にいなかったから、ワケを知らないことになっている君は引き続き勧誘を頼む。絶対に逃がすんじゃないぞ」

「アンタ、外に出たくないだけだろ」


 いつまで続くか分からない“おつかい”にアカサは毒を吐いた。



「まぁ、いいですけどね」

 アカサはソファーに寝転んだ。彼女もロシェロと同様、次の授業をサボるつもりのようだ。

「私も、興味あるし。転校生君」

 初対面。咄嗟に見えた反抗。

 そして、その後も見せ続ける、若気故の必死の抵抗。


 アカサにとって、そのクロードの姿は何処か印象的だった。

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