16時限目「資金活動【ハウンドドッグ・ハンティング】(後編)」
「ここ、だよな」
目的地である畑には飛び込まず、まずは森林の木陰から様子を伺うことにする。
黒い毛並み。ハリネズミのようにトゲトゲとした背中。
トンボの目のような不気味な眼球。見るも“人間界の生き物”とは思えない不気味な生物が数匹陣取っていた。あたりには作物が食い散らかされている。
「いた。“ハウンドドッグ”だ」
古くより、人類はこの“魔物”という存在に脅かされていた。
こことは違う別世界からやってきた来訪者達。意思疎通は不可能、千年近く古代文明の住民達はこの存在と戦い続け、ついに人類は魔物に勝利したという。
狼の魔物。ハウンドドッグはまだ餌がないかと、あたりをウロウロしている。
「うわー、やっちゃってますなぁ。コレは」
「まだ、こっちには気づいてないみたいだぜ?」
アカサとソルダの二人は同じ木の下から様子を覗き込んでいる。
ここに来るまでの間に意気投合したのか、それなりに仲良くなったようである。コミュ力の高い陽キャ軍団。おそるべしというべきか。
「よっしゃ! だったら、あそこの狼全員、この爆炎のソルダ様のフルバーストで一掃して、」
「頭に常識埋め込まれてないんですか、もじゃもじゃ先輩は」
飛び出そうとしたソルダをアカサは止める。
「狼の一掃だけならまだしも、私達が頼まれたのは“畑の解放”なんですよ? 肝心なその場所を火の海にしちゃったら意味ないでしょうが」
「それにここは森だ。山火事など起こしたら後が面倒になる」
森に火を放って魔物を一掃するだけなら誰だって出来る。
被害は最小限に抑えなければならない。開口一番から依頼放棄に走りかけたソルダに一斉のバッシングが向けられた。
「んー……そりゃあ、そう、だなぁ」
「一匹ずつ、潰していくか」
片手を添えて、クロードは構える。
いつも使っている魔術【割風砲】では出力が高すぎて、狼どころか周辺の大木諸共吹っ飛ばしてしまう可能性がある。出力を下げたバージョンで、処理を試みた。
「まあまあ、待ちなさいな」
攻撃の一手にかかろうとしたクロードであったが、それもアカサに止められる。
「少しずつ倒してもいいけどぉ……ハウンドドッグって、ああ見えて仲間意識が高い。ピンチになったら、プライド捨ててレスキュー呼んじゃうの当たり前なんだって。たった一匹遠吠えするだけで、数十匹やってくるなんてあり得るらしい」
数十匹。その増援の数はたった四人のチームには少しばかり面倒である。
ここは見渡しが悪すぎる。こんなところで野良の狼に一斉に襲われでもしたら溜まったものではない。
「だから、一斉にどかしちゃうってね」
「……ついさっき、出力高めの魔法は避けた方がいいって言ったでしょうに」
一斉にどかすには、それなりの範囲魔法を使うことになる。畑一帯のみに威力を調整するのも中々に面倒。
一斉にどかす方法があるというのか。クロードはアカサの頭を疑う。
「……まあ、お任せしちゃえってね」
誰かが静止するよりも先に、アカサが動く。
「先輩。二人連れて遠く行っててください。絶対ですよ、お願いします」
狼の群れの前へ。狼達はまだ畑を掘り返すのに夢中で気が付いてはいないが、気づくのも時間の問題。それほどの距離に近づいている。
「ッ!」
ブルーナは二人の首元を後ろから掴む。
「二人とも、“耳を塞げ”」
二人をアカサから引き離す。
「「……っ!?」」
二人はブルーナの声に咄嗟で耳を塞ぐ。
警戒心が強いクロード、そして嫌な予感には鋭いソルダだ。何が起こるのか分からないが、ブルーナからの指示ということもあり、咄嗟に動いていた。
「___すーっ」
深呼吸をするアカサ。そして、狼も彼女の存在に気付く。
『わぁ゛ッ゛ッ!!!!!』
___狼がアカサに気づいて襲い掛かる。或いは遠吠えを上げるよりも先に。
___アカサ・スカーレッダの口からは……“衝撃波とも思えるような一瞬の大声”。鼓膜も避けるような大音量。
「「!?!?」」
遠くに離れ、耳をふさいだとしても、その声は耳の中へと入ってくる。
狼達はその声に耐え切れず、一斉に気を失う。
中には、泡を吹いて痙攣をする個体もいた。
「……全く、揃って失礼な面見せちゃって」
今のとこ、“援軍”が来る気配はない。
近場にいた狼全員、今の声で気を失ったようだ。
「アイツの喉はそこらの奴より鍛えられている。魔法も使わずに、これだけの騒音を出せるくらいにはな」
ブルーナは耳から手を離し、アカサに元へ。
「アカサ。やる前に説明の一つはしておけ」
「あっ! 忘れちゃってた! 先輩、可愛い後輩のミスを許しちゃって?」
「……謝るのなら」
呆れた表情。ブリっ娘ポーズで誤魔化そうとするアカサに溜息を吐いたブルーナの視線が、真後ろの二人へと向けられる。
「俺と」「僕に……でしょう……!」
ソルダとクロードの二人は耳を塞いだまま震えていた。
ブルーナの警告がなければ二人仲良く鼓膜がやられていた
「あっはっは! メンゴメンゴ!」
「謝る気ないだろ!」
謝るのもココまで適当。無礼の極まりなさ、相変わらず。ソルダは速攻で苦情を入れた。
クロードも当然不服ではあった。下手をすれば耳がやられていたかもしれないこの現状。無理やり話を進めようとするアカサに不満がいっぱいだ。
「んで、どうします。今の騒音で、遠くにいる仲間も来ると思います。そっちも処理しちゃいましょう」
だが、そんなことで話をこじらせている場合でもないのが事実。
魔物たちが混乱しているこの間に、仕事を進めなければならない。
「ここらに結界を張る……ソルダ、と言ったか?」
魔法石を手に取り、ブルーナはソルダを呼ぶ。
「あ、はい! 俺っすか!?」
ブルーナに名指しで呼ばれたことに興奮しているのか、敬礼をしながら応答する。
「結界を張ってはいても、この中に魔物が入ってくる可能性がある。森の中でお前の炎は危険だが、この広場であるならば、出力を抑えれば火事には至るまい。この場をお前に任せる」
狩猟銃を手に、ブルーナは動き出す。
「ここに“群れの親玉”がいる気配がない。親玉を叩いて、終わらせる」
「私達でソイツを探すってことですね! OK、ラジャーってね!」
森の中に隠れている親玉を倒す。
仕事の終わりが見えてきた。アカサはウサギのように跳ねながらブルーナの元に。
「クロナード」
この前の約束通り、名前で彼を呼ぶ。
「手を貸してくれるか?」
「……それくらい、でしたら」
今は協力関係にある。足は引っ張れない。
ワガママを通さないよう自制する。クロードは魔導書を片手、二人についていくことにした。
「んじゃ、レッツゴー!!」
「……騒がしい」
クロードは耳に小指を突っ込みながら、つぶやく。
「迷惑極まりない大声ばかり上げて……不愉快だよ」
文句。だった。
こんなに不愉快になることも早々ない。クロードは、大声を上げているアカサに聞こえるような、わざとらしいトーンで。
「……まぁ、許しちゃって。てね?」
アカサは相変わらず、謝罪する気ゼロの態度の返答。
そして、クロードの方を見ない。
そそくさと、ブルーナの背中へと走っていく。
「ふんっ」
クロードもまた、それ以上の追撃はせずに、二人を追った。
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