14時限目「音楽の田舎町【ディージー・タウン】(前編)」


 その日の午後。

 今日は外での実習授業はない。参加は自由の座学セミナーのみ。


「……む~」


 ペンを片手、ノートに何かを書き記しているアカサ。

 その内容は全て……“目前のブラックボードに書かれている数式”なんかではない。


「来ない、かぁ~……」


 何かに詰まったのか、アカサは席に伏せる。

 彼女の視線の先は黒板でも、数式を説明する教師でもなく……本来ならそこにいるはずの男子生徒の席。


 不参加。教科書一つ置かれていない空席。

 クロード・クロナードは、午後の座学には参加していなかった。


(逃げたな、コンチクショウ)


 一日分の授業くらい犠牲にする覚悟。

 ビックリするくらい嫌悪されていることに、アカサは何処か愚痴の漏れた表情を浮かべた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一方その頃。時を同じくして、ディージー・タウン。


「……街を歩くのは、前の下見以来、かな」


 制服姿のまま、しばらくの間お世話になる田舎町の観光と洒落こんでいた。



 理由はもしかしなくても“逃亡”である。

 拉致に近い形で訳の分からないチームに勧誘されそうになり、クロードは奮闘の末、逃避行に成功した。


 だが、その一時のみ免れる事に成功した。それだけだ。


 何が面倒かというと、そのチームのメンバーであると思われるアカサ・スカーレッダは同じクラスでしかも隣の席だという事だ。授業に顔を出すものなら、また勧誘される危険性がある。


 ほとぼりが冷めるまで、彼女とは顔を合わせたくない。


(……ロクでもないチームだろうし、関わらない方がいい、よね)


 逃げるが勝ち。この時間はディージー・タウンを見回る事にする。

 日用品の買い物をする場所だったり、休日の日に食事をする場所だったり、この街の文化とやらの勉強だったりと、バイトだったり……調べることはたくさんある。。


「えっと、何処に何があるんだったっけ……」


 下見はしたが完全に記憶しているわけではない。一人慣れない街、頼りになるのは紙切れの地図だけ。睨めっこをしながら進んでいく。


「確か、この街には観光名所の箱舟が……いたっ」「いっでっ!?」

 

 本を読みながら歩くのは衝突事故の原因になる。そんな基礎的なことすらも忘れてしまっていた。


「いてて……あの、すいま、」

「お゛お゛んッ!?」


 ……謝罪をするよりも前に、向こう側から威嚇が返ってきた。

 怒ってる、のだろうか。或いは、よくあるカツアゲとかだろうか。何はともあれ、今回は完全なる前方不注意。文句を言える立場ではない。


 クロードは頭を下げて、しっかりと謝罪する。


「……んっ? あっ」


 だが、顔を上げた矢先。クロードは固まる。


「んん~……テメェは、確かァ……」


 ぶつかった相手には、凄く見覚えがある。

 爆発したようなモジャモジャとした髪型。太いまつげ。そして筋肉質な肉体を着崩した制服が身を包む。


「おう、誰かと思えば、あのカミカゼ野郎かよ」


 そう、覚えがある。クロードはこの男に覚えがある。

 この“爆発頭”には会った覚えがある。


 ___最悪だ。悪い事をしたのは確かだけど、こんなにも残酷なのか、神様は。


 彼がぶつかった相手はよりにもよって……

 ポッチャリお坊ちゃまに雇われたが返り討ち。クロードに散々な目に合わされた不良集団のリーダーの男であった。


(正気、やってるのか、神様は……!!)


 汗をダラダラ流しながら、クロードは不幸を呪う。

 怪我が完治した不良生徒をよりにもよってこんな場所で。クロードは心の奥底から神様を呪いたくなる。


 何か言われるのか。クロードは身構えていた。


「あ、あの、お詫びの湿布を買いに行くのでそこでお待ちに、」



「よぉよぉ! 誰かと思えば、期待のルーキーさんじゃないのぉ~!!」


 ……一戦交えるか。逃れられない運命かと考えていた。

 後ろから肩を掴まれ、そのまま投げ飛ばされるんじゃないか。。


「お前もサボりか? さすがはロックウォーカーも認めたエリートは違うねぇ~!」


 ___と思いきや、どうだろうか。


 その男は投げ飛ばしたり、殴ってきたりするのかと思いきや。

 クロードの肩に手を回し、仲良しこよしにグイグイと詰め寄って来たではないか。


「???」


 想定外すぎる反応。クロードは当然困惑するに決まっている。

 身長180cmの巨体がこうも暑苦しい。逃げ出そうにも逃げ出せない。学年二年の先輩の威圧が、汗臭さと共に押し寄せてくる。


「おい、どうしたんだよ。そんなに固まって?」

「……失礼ですが、聞いていいですか?」


 念のため、質問してみることにする。変に油を注ぐ結果になりかねないが、人違いだったら申し訳ない為。


「先輩、僕を集団で襲ってきた人……ですよね?」

「あー!! あーーッ!!」


 質問をしたかと思えば、誤魔化すようにその男は大声を上げ始める。


「あの一件は許してくれよ~! 俺もあのポッチャリお坊ちゃまに騙された身なんだよ~!! 俺はお前に敵意はないんだっ! だから、そう固くなるなって!!」

(……ああ、なるほど)


 なんとなく、クロードは状況を理解した。

 この男、前の一件を“なかったことにしたい”ようだ。


 ジーン・ロックウォーカーという学園のトップ候補が動いたのが実に大きい。あのポッチャリ貴族の悪評は広まるばかりで、その貰い火が不良生徒にまで届いているのだろう。


「お互い、昔の事は水に流してよ! 同じ学園の生徒同士仲良くしようぜぇ~! 昨日の敵は今日の友って、いうだろ~?」


 不良生徒は、下出の姿勢でその場を収めようとしていた。


「……それ、都合の良い言い訳に使うための言葉じゃないですよ」


 とはいえ、この場で乱闘が起きなかったのは救いだ。

 監査されている立場。このまま街でも大暴れしたとなったら、いよいよもって居場所がなくなる。ひとまず一難は逃れたことにクロードはホッと胸をなでおろした。


「えっと、確か」


 この男は確か名前を名乗っていた。

 どんな名前だったか、クロードは必死に思い出す。


「ソルダ……、」

「そうそう! 俺の爆裂魔法から逃れる奴はいねぇ……活火山のソルダこと! ソルダ・フロータス様とは……俺の事よ!」

 

 親指を突き立て、自慢げに自己紹介をしてくれた。

 もしや、あの学園では有名人だったりするのだろうか。舎弟か同士かは分からないが、仲間を数人引き連れていたのを思い出すと、番長的な立場の人なのかもしれない。



「その様子だと、道に迷ってるみたいだな?」

 クロードの片手の地図を眺め、肩に手を置いたまま歩き出す。

「よっしゃ! 先輩として、俺が街を案内してやるよ!」

 頼んでもいないのに道案内。ソルダは彼の体を引きずるように動き出した。


(……まぁ、何かあったら逃げればいいか)


 何も企んでいないとは限らない。前みたいに不意打ちで攻撃をしてくる可能性はある。

 警戒は解かずに、彼の道案内を受けることにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それから、五時限目の間はずっとソルダと散歩をしていた。

 穴場の美味い店、遊び場などなど……地図にも載っていないような場所を色々と案内してもらった。


「どうよ? いうほど田舎じゃなかったろ? まぁ、俺は都会行った事ないから、わからねーけど!」


 ソルダは大笑いしながら、ベンチに座るクロードへと聞く。


「……うん。言うほど、田舎じゃなかった、かも」

「だろだろ~!」


 実際、田舎であることには変わりはないのだが、想像よりは都会だった気がする。休憩がてら、ベンチに腰掛けながらクロードは本音でそう伝えた。


「んじゃ、俺、少しトイレに行ってくるわ。ちょっと待っててくれよ」


 近くのお店のおじさんに声をかけ、トイレを借りるために店の奥へとソルダは姿を消した。



「……変な人」

「全くだ」


 ソルダの方に視線を向けていた。故に気づかなかった。


「君みたいに興味の湧く可笑しな後輩は、初めてだ」


 真後ろから声。クロードはそっと振り返る。


「やぁ」

 サファイアのような青みのかかった長い黒髪の女子生徒。

「数時間ぶりだな。ルーキー」

 そこにいたのは___あの珍妙不可思議なチームのメンバーであると思われる人物。


 ブルーナ・アイオナスの姿だった。

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