第5話 空を飛ぶのは簡単です

 買い物を終えたヴィークたちは少し森の中へ入っていた。たくさんのものを買ったけど、ほぼマジックボックスに入れてしまったため、やっぱり最初と変わらず手ぶら状態だ。


 これから5千キロの旅をするには到底思えない。これで旅ですと冒険者に言ったら確実に笑われるだろう。


「よし。じゃあ空を飛んで行こう」


 そう。ここから南の村まで歩いたら一生かかる距離だ。それにこの街から先に行く馬車はない。


 今、人類は9割がこのヴェルト王国に暮らしている。そして残りの一割が王国に所属せず民族ごとに暮らしている。


 勇者パーティーの時は飛行船なりなんなりでどこへでも行けたけど、今はふたりとも一般人だ。


 ヴィークは左手を広げた。使う魔法は「自由飛翔」《フリーフライ》三重魔法で使える人は少ない。


 一瞬で魔法を発動させることができるのはヴィークのこれまでの努力と経験による賜物だろう。この魔法を使いこなせるヴィークは自分の思うように空を飛べる。


「やっぱりちょっと怖い?」


「うん。私は空を飛んだことないから」


 普通の一般人は空を飛ぶような高度な魔法は使えない。アインにとっての魔法とは日常で使える程度の低位のものだ。


「じゃあちょっと俺が1度飛んで見るよ」


 そう言って魔力を集中させて言葉を紡ぐ。


自由飛翔フリーフライ


「わっ」


 それと同時に一瞬でヴィークは上空遥か彼方へと飛んでしまった。


「すごーい」


 アインは初めてこの魔法を見たのでそんな感想しか出てこないようだが、ヴィークからしたらこれは異常事態だ。


(これはどういうことだ!? いつものように発動させたはずなのになんでこんな威力が高いんだ? これは……俺の魔力量が増えてる? でもなんで?)


 魔力量が多いほど同じ魔法を使っても威力や効果が大きくなる。もちろん調節はできるのだがヴィークはいつものようにしたのにいつも以上出力が出たのだ。


 魔力量というのは15歳くらいまではちょっとずつ増えていくが、それ以降は増えることはない。ならこれはどういうことなのだろうか。


 しかし、そういう知識に乏しいヴィークには分からなかった。ただとにかく自分の魔力量が増えたので調節しなければならないらしい。


「ちょっと慣らさないといけないな。アインには待って貰おう」


 そして慣らすこと10分。ヴィークはアインの前に降り立った。


「さぁ行こう、アイン。時間はかかるけどもうそんな焦ることなんてないもんな。ゆっくり楽しく行こう」


「うん!」


 アインは元気良く返事してくれる。俺ヴィークちがここまで来たのは人に見られないようにするためだ。空を飛ぶ人を見たら下手をしたらヴィークだとバレて尾行されるかもしれない。そんな人がいるとは思えないがそういうところにも考慮するべきだろう。


「良し。アイン、俺から手を離すなよ」


 ヴィークたちは手を握り合う。魔法を使えるのはヴィークだけで、アインは飛ぶ手段を持っていない。しかしヴィークは自分と手を繋ぐことで魔法の効果範囲を広げる技術を持っていた。なのでこうやってアインと手を繋ぐことで2人で空の旅に出れるようになる。


 指と指を絡ませる。ここまでする必要はないのだがアインがこうしたいというのでこうなってしまった。こうしているとまるで恋人みたいだ。


 ヴィークはかなりドキドキしていた。しかし、それはヴィークだけでなくアインもヴィークと手を繋いだことにとてもドキドキしていた。


 ビュッと音を立てて2人が空へ上っていく。高度10メートルほど上がったところでヴィークは昇のをやめて空中で止まった。アインはヴィークの手を不安そうに握りながら目をぎゅっと瞑っている。


「アイン、怖いか?」


「う、うん。やっぱり怖い。空なんて飛んだことないし、高いところは苦手かも……」


(そりゃそうだよな。俺もなかなか慣れなかったし)


 でも、慣れると空を飛ぶのは楽しい。鳥になったように感じられるし、風を切る感覚もなんとも言えない感覚。


「アイン、ゆっくり目を開けてごらん。大丈夫、俺がすぐ横にいるから」


「大丈夫?」


 ヴィークが返事をするとアインはそっと目を開けた。だが、まだ少し怖いようでヴィークの手を痛いほどギューッと握った。そのまま10分もたつとアインは慣れたようで周りを見渡しながら楽しそうにしていた。


「アインも大丈夫になったようだしそろそろ行くけど良い?」


「うん、まだスピード出したら怖いからゆっくりにしてね」


 アインの注文通りにゆっくり目的の村へ飛んでいく。それでも5分もすればさっきまでいた街も見えないくらい遠くになってしまった。


「お兄ちゃん、もう少しスピード出していいよ」


 アインはもう空を飛ぶことに完璧に慣れたようだった。ヴィークでさえもっとかかったのに。アインはこれぞ「愛の力よ」とか思っているがこれはただ慣れるのが早いか遅いかなので「愛」は関係ない。もう一度言っておこう「愛」は関係ない。


 ただ愛の力だと思っているアインはニコーっとなっていたがそれをヴィークが気付くことはなっかた。


 何はともあれまだ旅は始まったばかりだ。




 と、ここで2人が飛び立ったのを見ていた人物が1人いた。


「あ、ヴィークくん見つけた! 私も空を飛ばないと! 魔法の勉強とか面白くなかったけれど頑張っておいて良かった!」


 そう。ヴィークとアインを追ってきたアリスだった。


 3人が会うまであと少し。


 

 


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