終章

【幕間】


 黒龍師団本拠地へと辿り着いた【主悦】は【代官】と面会した。

「此処が黒龍師団か。随分と居心地の良い場所を作ったものだな」

「略取された同胞を取り戻す拠点にはこれ位の規模は必要だろう」

「そうだな。我等の代替品の研究施設も必要であるし」

「処でクリストフはどうしたのだ、一緒ではないのか」

「消えた」

「消えた?」

「創造主と作られし者が何時までも一つ所に居ては意味が無いと、保護は断られた。地上に投下した魔女の動向を一人ずつ見に行き、書物に纏めると言い残し消えた」

「勝手なものだ」

「我等と同じだ」

「同感だ」

「貴様の上の養女の精査はしていた。彼女を手に入れれば数千年は研究に没頭出来ると言っていたからな。魔女探しはその代わりだろう」

「育親でも手を拱く彼女の正体を追求しようとしたか。して、成果は残っているのか」

「短いが興味深い論文が一つ残された」

「それだけでも彼女を荊棘けいきょくを押し通し空の街へ送り込んだ甲斐があったと言うもの」

【代官】が一つ間を置いて続ける。

「クリストフをここで失うのは我等にとって損失だが、彼女の正体が少しでも分かったのなら等価交換として十分。魔女の製造器具も接収出来たのだしな」

「それに関しては破損が激しい。何しろあの高さからの落下だからな」

「仕方あるまい。修復後は貴様はそれを動かせるか?」

「無理だ。構造をある程度討究するまでしか出来なかった。とりあえずは、魔女の育成器具は星舟と解析機関を繋ぎ、機械神級の動力供給を得て稼動する。単機では成り立たないのは知り得た」

「そうか。しかし、魔女の製造器具の操作にはやはり人の持つ微妙な誤差と言うものが必要か。自動人形われらには無いものだ」

「クリストフも不死に近い体になってしまったとしても元は人だからな。だからこそ器具の調律も可能」

「仮設七号機の四肢形態に関しては論文は残していたのか」

「ああ、残されている」

【代官】の問に【主悦】が応える。

「分離する一号機の如く機械神各機を四肢形態にして腕脚に配置する。一号機が右上腕、二号機が左上腕、三号機が右大腿、四号機が左大腿、五号機が右脛上部、六号機が左脛上部、七号機が右脛下部、八号機が左脛下部、九号機が右足、十号機が左足、十一号機が右下腕、十二号機が左下腕、以上だ」

「十三号機の担当箇所は無いのだな」

「無い。十三号機の存在は知らないのだろう流石にクリストフでも」

「その論文に従い仮設七号機は右脛下部へと変形した訳か」

 回収した仮設七号機が変じた右脛を見上げながら【代官】が言う。

「しかし面妖なことを考えるものだな。機械神の常態維持が最優先事項である我等には全く持って論外な仕組み」

「機械神の一垓米への展開能力を逆用したものらしい」

「解析機関と星舟は大丈夫か」

「解析機関は魔女の製造器具と同じ状況だ。星舟の方は元が頑丈だからな、あれだけの落下でも小破で済んでいる」

「ならば魔女の育成器具は修復完了後に黒龍師団中央塔最下層で無期限封印。仮設七号機が変じた右脛も同様だ。星舟と解析機関は魔女の遊び場の新しい遊具として提供する事にする。我等の宿願に役立つものを何か作ってくれるかも知れぬ」

「心得た」


 ――◇ ◇ ◇――


 当初の思惑通り十二号機を奪取したアリシアは昏睡したままのリュウガを連れて黒龍師団本体に帰還、事後報告を済ませると殆ど間を開けずに空の街の落下海域へと向かった。失った両肩部は同型機の十一号機ベルゼヴュートのものを取り外して換装し応急に済ませた。

 空の街の外郭を成していた九号機同型の格納庫は、落水の衝撃でバラバラになっていて、浅海に骸を晒していた。

 下部に付いていた星舟は原型を止めたまま近くに転がっていた。黒き星の海を光の早さを超えて航行する船だけあって相当頑丈な造りであるらしい。

「――あんた達の元ご主人様を探してほしい」

 外から見える惨状を確認したアリシアは、中の追跡へと状況を進める。操作卓の集音機に指示を入れると、手空きの自動人形が十二号機から出ていって廃墟と化した空の街へと向かった。

 暫しの時間が経った後、自動人形の一体が新しい主アリシアの下へ報告に来る。「生き物の存在は認められない」と。

 死体らしきものも何一つ無いという。

 あの男は逃げ仰せたらしい。

 そういえばあの男の名前はなんと言うのだろうと思っていると、遠くの空から二機の大型機械がこちらに向かってくるのが見えた。

 機械神一号機・アスタロトと機械神九号機・グラシャラヴォラス。空の街の残骸を回収に、運び屋を連れて鋼鉄の淑女がやって来たのだろう、今後の自動人形の目的達成の為に。

 その状況変化を感じて、アリシアの中では自分の生まれ故郷は完全に残骸となった。この場にいる興味を失った彼女は、機外に出ている自動人形全てに戻るように指示を出すと自分も帰投準備に入った。


「お前の体の中にあるのは火電粒子と呼称した」

「火電粒子?」

 落下して大破した空の街の残骸を回収し終え帰還したキュアは、黒龍師団中央塔の自室で事務作業をするリュウガの元を訪れた。自分が教官になる機械使徒六十番機・キマリスの訓練予定が今回の一件で延びてしまっているので今後の予定の再確認をしていた。眠り癖の付いてしまった体調は元には戻っていないが訓練生のことを考えると、いつまでも寝てはいられない。

「構造としては黒き星の海に浮かぶ恒星と同じものだ」

「恒星? それは自動人形キュアたちの頭の中に入ってるものと同じものですよね」

「そうだ。規模としてはまるで違うが、作りは同じ。何億年も燃え続ける引力を有する水素の塊。それの微生物大に極小なものがお前の体の中に漂い共生している。そしてお前はそれから電磁誘導と重力制御の力を取り出して使っている。その様に結論付けた」

 空の街の残骸回収で得た資料を元に、リュウガの体の構造が少し分かってきたのでお前に説明したとキュアは話す。それを得たのは魔女達の想像主が残した論文が大きいのだが、それは隠しておくらしい。

「魔女の体には擬似的に作ったものが入れられている。そして機械神が作り出す火と電気の塊も擬似的なもの。しかしお前の中にあるのは純粋なものだ。言うなれば本物の火電粒子」

 魔女はその力を呪文の詠唱という術式で変換――アリシアであれば雷に変換――し、魔法を行使できるらしい。

「お前の火の力が弱くなったのも、この火電粒子と関係するとすれば答えは出る。お前は両腕を失ったのだ。その分の火電粒子も同時に失われたとするならば力が弱くなったのも当然」

「わたしはどんどん化け物になっていくんですね。最後には巨龍というか魔獣のような姿にでもなるんでしょうか」

 自分の両腕を見ながらリュウガは呟く。

「どんな姿になろうともお前が自分のことを人間だと思うのなら人間だ」

 溜め息混じりの養女の言葉に機械仕掛けの育親がそう応えた。


「⋯⋯」

 久し振りに魔女の遊び場へと来たアリシアは目的のもの以外に二つの機械が増えているのを知った。

 空の街に設置されていた解析機関が落下による大破のまま持ち込まれ置かれていた。

「【偉大なる思考】もこうなっては形無しね」

 アリシアがそういいながら隣を見ると星舟が置かれている。落水地点で見たときと変わらず小破のまま。どうやらこの二つも魔女への遊具として提供するが、修理は自前で行えということらしい。

「まあこいつら二つは何れ直すとして」

 アリシアはここに来た本来の目的を果たすために、最初から設置されている方の解析機関の前に向かう。

「まだ終わってなかったのね」

 アリシアが空の街に向かう直前に入れた術式を解析機関は未だに計算中だった。アリシアの予想の十日を大きく超えていた。

「それだけ難しい術式ということよね。あたしだって解析機関あんたに入力したものよりもっと難しいものを手に入れて魔法を取り戻したんだから、それは当然か」

 魔法が使えなくする呪いを解く術式よりも手に入れるのが難しいもの。それは友達と呼ばれるもの。

 アリシアは自分の全てを預けられる相手――リュウガ・ムラサメという名の友を手に入れて帰ってきた。

「だからもう、あんたに無理をさせる必要もないの」

 アリシアはそういいながら術式の計算途中の解析機関を止めた。

「お疲れさまだったわね。新しく必要になった術式を持ってくるまで、少し休んでていいわ」

 アリシアはそう言い残すと、静かになった思考機械を後に残して立ち去った。


【龍焔の機械神2 ――終――】

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