第7話 俺と主人公


 王立バルバディア魔法学院は、王国の未来を担う優秀な魔法使いを輩出するための教育機関だ。

 入学を許可され、さらに入学を希望してこの敷地を踏んだ生徒たちには強烈な自負があった。いくら娯楽に餓えて他の生徒を噂の俎上に載せようとも、そこはそこ、魔法使いのタマゴたち。

〈星降祭〉の夜、魔王軍の襲撃に逃げるしかなかった生徒たちは己を愧じ、立ち向かった生徒や先生への憧れをさらに強くして、結果として学院全体の機運が『打倒魔王軍』へと傾いていったのは思わぬ収穫だった。


 よくよく考えずとも、魔王が封印されたのはたった二十年前。

 両親、祖父母などの親族は魔王の脅威に晒された記憶もまだ新しい世代だ。その恐怖を伝承やおとぎ話にしか知らない俺たち世代の若者が、青い正義感に燃えるのも仕方ない。


 そんなこんなで俺の予想より早く、学院内は普通の日常を取り戻していた。というか、みんな普通以上にやる気に満ち溢れていたので、わりと焦って勉強する羽目になった。この調子じゃ打倒アデルどころの話じゃない、油断すると順位が下がる。


 別に兄貴に対抗するつもりなんてさらさらないのだが、親父殿の顔色を気にしているわけでも全くないのだが、やっぱり狙えそうな範囲に一位があったら狙いたいじゃん! 一位!

 こんなに真面目にテストの点を取りに行ったのは大学受験ぶりかもしれない。




 ───が、しかし、修了式当日の朝。




「学年二位、だと……!?」

「二位を獲ってなんで絶望してんの、ニコラ」


 各寮の掲示板に貼り出された順位表を見た俺は膝から崩れ落ちた。

 前回と同じく学年十五位のトラクは呆れ顔だ。


「しかもリディアが学年五十位!? なんの天変地異の前触れだ!?」

「あれから魔法が使えるようになったもんね。魔術の爆発も、五回に一回くらいになったし」


 そうなのだ。

 金髪美女とココおばあちゃんの魔石を体内に迎え入れたリディアは、魔力を手に入れた。

 ごく弱い魔法なら使えるようになり、シリウスからコツを聞いたことも含めて魔術の爆発頻度が落ちている。イルザーク先生の弟子だけあって知識だけは豊富だったため、ちょっともうポンコツだの無能だのとバカにするには無理がある状態になっていた。


「でも、二位なんてすごいよ。おめでとう、ニコ」


 膝をさすりながら立ち上がる俺の横で笑ったエウを見たら順位はどうでもよくなった。うん、すごい。エウが言うなら、俺はすごい。あーもー順位どうでもいい。


 魔王復活が阻止できて、エウが生きてて学年二位。

 これより欲張るのは罰当たりだ。


 ちなみに一位はやっぱりアデルだった。ちくしょうめ。



「はーっはっはっは! 見たかニコラ・ロウ、うちのアデルの実力を!」



 一応悪役を自負していた俺よりよっぽど悪役らしい台詞で、主人公が登場した。

 その横でうんざり顔のアデルにちょっと同情しそうになる。おまえも大変だなぁ、惚れた女(かどうか知らんけど)が破天荒なトラブルメーカーで。


「前期は私が魔法学で足引っ張ったからあんま言えなかったけど、後期はそんなことなかったもんね! さんざん偉そーなこと言っといて、やっぱりアデルに負けたお気持ちはいかがか!」


 もしかして政宗が怒っちゃダメって言ったのはこの煽りか?

 一応魔王が復活してもしなくても、物語通りの台詞を言ったりするんだな。


 ……いやつまりリディアって、婚約者を喪ったばかりの学年末考査で学年二位を獲ったニコラに向かって「ざまぁぁぁ」ってやってたってことだろ?



 鬼かよこいつ。



 リディアの性格的に、物語のほうだと俺とエウの関係を知らなかった可能性も高いが。

 なんにせよちょっとムカッときたので、キラキラと輝く笑顔を浮かべて煽り返しにかかった。


「あははははは、五十位の人にドヤ顔されたくないな。自分の成績で誇れるようになってから出直してきてもらえるかい?」

「うっ」


 星降祭の夜、誰にも言えない事件を共有した俺たち五人。

 そこはかとなく仲良くなったかというと──まあ、そんなはずもなく。


 デイジーたちのように只人を見下す貴族は今も一定数いるし、俺は俺で魔王消滅まではリディアを敲いて鞣して最終兵器主人公に育て上げる必要がある。なんたって魔王は復活していないけど、魔王軍は変わらずイルザーク先生を狙っているし、エウの魔力もまた然り。


 ただ、俺たちの空気がなんとなく変わったことを、周囲も悟っているようだった。

 あーまたやってるよ、みたいな生暖かい目で見守られるようになった。



 物語的にいいのか悪いのかわからんが、これはこれで良しとする。



「来年こそは吠え面かかせてやるわ、ニコラ・ロウ!」

「楽しみにしているよ。五十位さん」


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