最後に勝つのはこの私!

猫飯 みけ

最後に勝つのはこの私! 上

 ある寒い日の朝、私、西垣にしがき いずみはいつもの様に少しだけ早く起きた。着慣れた高校の冬服を身にまとう。手袋をしながら、家の鍵を閉めるこの感覚は、冬らしくて結構好きだ。閉めづらいだけなんだけどね・・・・・・


 外の樹木もすっかり葉っぱを落とし、地面を踏むとザクザク音がしている。いつもなら塀の上であくびをしている野良猫を最近は見ない。冬の間はどうしているのだろうか。ブサカワで嫌いじゃないんだけど。ちゃんと暖かい所にいるのかしら。


「今日の朝食は何にしようかな、たまにはパンが良いかも。でもあいつ、朝は和食が好きなのよね」


 誰が聞いてるわけでもないのに喋ってしまう。独り言が多いのは私の悪い癖だ。

 目的地のあいつの家まで徒歩10秒。言葉通りのお隣さん。

 チャイムを鳴らすと彼の母親が出てきた。


いずみちゃんおはよう。あの子まだ寝てるから、いつみたいに叩き起こしてくれる? 私そろそろ出ちゃうから、家の鍵とあの子の朝ごはんお願いできる? ごめんね毎朝頼んじゃって」


 おばさんはとても柔和な笑顔で話してくれる。すごく優しそうな人で、私も将来はこうなりたい理想の1人だ。


「全然良いですよ。いってらっしゃい、気を付けて」


 私はいつもの様に笑顔で肯定しおばさんを送り出す。こういう所でちょくちょく好感度を稼いでいく私、賢い。そろそろお嫁においでと言われてもおかしくないのでは?


 靴を脱ぎ、2階に上がる。手前の部屋をノックし少し待つ。直ぐに入るのは得策じゃない。相手は幼馴染と言っても年頃の高校男子だ、何をしているか分からない。そのタイミング悪いと・・・・・・ね?


 ちょっと待ってもなんの返答もないので、私はおもむろにドアを開く。


「入るわよ~」


 彼、神谷かみや 潤一じゅんいちは布団にくるまれ、まだ静かな寝息をたてていた。黒い短髪が寝癖を作っていた。

 もう誰も居ない家の中、寝ている彼と二人きり。すぐに起こすことはしない。何故ってこいつの寝顔を堪能・・・・・・ちょっと変態かもしれないけど、誰も見ていないからセーフだと思う。うん。


 堪能しすぎると遅刻しちゃうから、ある程度したら起こさなくちゃいけない。名残惜しいけど、彼と会話するのも好きだから苦ではない。


「ねぇ、潤一じゅんいち。そろそろ起きないと遅刻するわよ」

「う~ん・・・・・・あとちょっと」

「もう、朝ごはん作っておくから起きてきてよね」


 私は部屋をでると軽い鼻歌を歌いながら階段を降りる。自分の家よりも使い慣れたキッチンに立ち、炊飯器を開ける。おばさんが炊いてくれていたようで3合ほど入っていた。冷蔵庫から2人分の鮭を取り出し、それを焼く。お味噌汁とご飯を手際よくよそえば、簡単な朝ごはんだ。

 朝食の準備ができたタイミングで丁度彼が姿を現した。


「おはよう・・・・・・」

「おはよう」

 

 いつもと同じ光景。いつもと同じ生活。私はこれに安堵し、とても心地が良いとそう感じている。ずっとこのままでも良い、わざわざ変わることなんて必要がない。私はそれで十分すぎる。今が幸せだ。


 潤一と一緒に家を出て2つ目の鍵を鞄にしまう。2人で歩く通学路もかれこれ10年を超えた。朝お邪魔することは中学生の頃からだが、お隣同士ということもあり親同士の関係も良さそうだ。

 

「そう言えばそろそろ11月も終わるわね」


 黙って通うのも何だから、意味ありげに呟いてみる。


「急にどうしたの?」

「1年ってあっと言う間だなって思って。もう12月になるしそうしたら年末~って。そう言えば新年恒例の家族旅行あるのかしら」

「あるんじゃないかな。毎年行ってるし。今年は銀山温泉、来年はどこだろうね」

「正直混んでるし、あまり気は進まないのよね」

「確かに」


 正門をくぐり、下駄箱に向かう途中のことだった。潤一がある女子生徒を目で追っていた。


 目線の先には1個上の2年生。彼女はここの生徒なら誰でも名前くらいは知っている才色兼備の完璧超人。寄谷よりたに しゅう先輩。女子テニス部のエースでシングルスでインターハイまで行ったり、生徒会も兼任していたりとまるで本の中の主人公がそのまま飛び出してきたような人だ。


 今日も長くきれいな黒髪をポニーテールに纏めて、かっこよく振舞っている。上履きを出す動作でさえ、様になっているのだからずるいなぁ・・・・・・


 だけど、私も含めて妬みや嫉みはあまり感じない。尊敬や憧れが大きいのだと思う。それこそ雲の上の存在だった。

 そんなかっこいい愁先輩を目で追うなんて、誰にでもあることだから私は気にしていなかった。ほんとだよ? ちょっとはむしゃくしゃするけど・・・・・・まぁ事実私も目で追っていたし。男子生徒ならより憧れの人だろう。


 そんなこんなでお昼休み。潤一の席に袋を2つ持って向かう。今日もクラスの女子たちから少しにやにやした目線を受けるが、むしろ心地いい。」

 ここまであからさまにしていると、ちょっとズルいような気もするけどね。


 高校からお弁当だから、さらにガードも固く出来てラッキーなんて思っちゃている私がいる。


 ま~た潤一は寝ていた。なんでこいつはいつも高確率で寝ているのよ・・・・・・

 そのまま寝ている潤一の頭にお弁当を置く。軽い嫌がらせだ。


「はい、潤一の分」

「んん・・・・・・? ああ、泉ありがとう」

「どういたしまして」


 近くにある席から椅子を頂戴して、1つの机で同じ中身のお弁当を食べる。うん、今日もちゃんと美味しく出来てる。


 もくもくと食べてるのは良いけど、今日も美味しいよ~とか少しくらいは反応が欲しい。そんな私の心には一切気付かない。まあ・・・・・・潤一だし当たり前か。もう諦めて私の方から・・・・・・

 すると珍しく潤一が小声で話しかけてきた。


「ちょっと泉に相談があるんだけど」

 

 潤一が相談? こいつが私を頼るなんて珍しくて、少しあがってしまう。実際はご飯とか私に頼りきりだったりするんだけど。

 にまにまする顔を頑張って抑える。変な顔じゃない? 大丈夫かな?


「潤一が相談なんて珍しいじゃない」

「その・・・・・・ちょっと」

「何? もじもじしないで、はっきり言いなさいよ」

「——愁先輩に告白しようかなって思って」 

「えぇっ!?」

「ちょっ・・・・・・声でかいって!」


 悲鳴と言うか雄たけびのような声が出てしまった。潤一が告白? 誰に? 愁先輩に。

いやいやいや、あり得ない。まさか~聞き間違えだよね? そう思って潤一を見ると少し恥ずかしそうにしていた。


 口が餌を強請ねだる鯉みたいになりながら天井を見つめる。魂が抜けていくみたいにスーッと力が抜けて崩れるように椅子に座る。過去一番変な顔していると思う。


「そ、それで泉に協力して欲しくてさ。何が嬉しいとか、何が嫌だとか、女の子の気持ちとか分からないし」


 でしょうね! こいつに解る訳がありませんよね! 愁先輩が才色兼備の代名詞ならこいつは鈍感馬鹿の代名詞。ついでに私は臆病者の代名詞ってね! アホか。


 やらかした。自分で言うのもなんだけど、顔も悪くないし、家事も出来る。こんな子が近くに居るのに何で愁先輩に・・・・・・もっと早く告白しておけばこんなことには——でも待って。そもそもこいつが告白したところで愁先輩がOK出すとは思えない。今までどれ程の高スペック好物件の男子が告白して玉砕してきたことか。潤一も「嫌よ」とか「無理」とか言われて心を壊されるに違いない・・・・・・


 ん? それなら傷心している潤一を私が優しく慰めて・・・・・・『俺にはやっぱり泉しかいない』と思わせてやるわ! そのままめでたくゴールイン。うん、これで行きましょう!私って天才。


「ふふーん、確かにね。まあ? この私が手伝ってあげない事も無いわよ」

「本当か? ありがとう! 恩に着る」

「じゃあ早速だけど今日の放課後から作戦会議するわよ!」


 しっかり潤一の放課後の予定を私で埋める。私に抜け目はない。あくまでこの協力関係を通して潤一の頭を私で埋めるの。最後に勝って笑うのは私。ぽっと出の才色兼備に10年越えの幼馴染が負けるはずがないじゃない! 悪いけど、この勝負私の独り勝ち。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る