第六話 参上! 復活の戦車戦隊

 首都艦近海域三軍共同兵器試験場。

 方舟艦の外周である鉄岸の向こうに広がる海上に造成された埋立て地の一つである。

 この手の兵器試験場とは普通であれば秘匿された場所で行うのが常だが、そういう通常での試用が始めから不可能なもののために用意された場所だ。

 通常での試用が不可能――つまり凄まじく大きいということだ。

「これがジオーか……」

 試験場に運び込まれたその試作機を仰ぎ見て、甲空自衛隊幕僚長は呟いた。

 ジオー。

 鉄車帝国デスクロウラーの蹂躙を許し、あまつさえ戦車戦隊ダイセンシャーという謎の組織の助けを借りなければ国土が守れなかった自衛隊が陸海空の総力を結集して作り上げた、初の三軍共同開発による一号機である。

 その建造目的は、鉄車帝国大怪人、そして戦車戦隊が保有するダイセンシャオーをあらゆる面で圧倒する力を有すること。

 大怪人もダイセンシャオーも90メートル前後の身長を誇る巨大兵器なので、サイズにしてもまずはそれを上回らなければならなく、バランスを考慮して頭部が小さく下半身が大きいという、どことなく怪獣を思わせる威容となってしまったのは仕方ない。更には安定性を高めるべく股間接後部に可動式のアウトリガー――いわゆる尻尾まで付いてしまっているので、人型とはいえないような形になっている。

「まるで機械仕掛けの怪獣ですな」

 陸自の幕僚長が、誰しも思う第一印象を改めて言う。この人物は一々自分で口にして確認しないと気がすまない性格の者なのだろう。

「デザインの良し悪しもあるが、まずは陸保と海保が作ってる巨人よりも先に完成できたのが何よりだ」

 今更な意見を受け流すように海自幕僚長が言う。

 保安庁という二つの二次組織が、一体ずつダイセンシャオー級機械巨人を整備しているのは、自衛隊高官であるなら誰でも知っている。陸保と海保はこの巨人を機関戦力として、この国第四の軍隊である海兵隊を作り出そうとしているらしい。しかし高官といえどもそれが作ったのではなく購入したものであることまでは情報は掴めていないらしい。

「二次組織がなにを莫迦な」とは最初は思われたが、この機械巨人達がが計画通り運用可能となればそうも言っていられなくなる。ダイセンシャオー級とはいってもかなりのダウングレード型ではあるのだが、一次組織である各自衛隊の存続を揺るがす脅威になりえるのは確かだ。

 だからこそジオーの建造は急ピッチで行われた。そうしてようやく本日を迎える。

 鉄車帝国の滅亡から半年も経ってからの試用運転の漕ぎ付けであるが、それでも数々の超越技術オーバーテクノロジーの投入を行わなければ完成しなかった。

 全ては自分たちの手で国を守るため。専守防衛組織であるのに専守防衛ができなかった恨みや悔恨がそのまま具現化したのがこれである。

 だがこのように怨みつらみがこもったものは往々にして、良くない結果をもたらすのが常であるのだが……

『反応炉安定しません!』

 幕僚長たちの為に用意された中央座席に、制御室直結スピーカーからの声が轟いた。

「どういうことだ」

 幕僚長の誰かが訊いた。

『リミットを超えて動力を抽出しようとしています!』

 普通この種の大馬力機関は自壊を抑えるために、限界出力までは出ないようにリミッターがかけられている。有名な処では公試運転では設計通りの33ノットの速力を叩き出したアイオワ級戦艦が実戦ではボイラー破損を抑えるため30ノットを限界速力に設定していたのがある。

 そのような制限すら解除して動くのならば、それは死中に活を求める背水の行動である。自らが壊れてでも倒すべき敵がどこかにいる。

「ジオーが……動いています!」

 側近の一人が叫んだ。

 確かにここまで運び込むのにジオーは自ら歩いてやってきた。そのまま炉も停止させることは無く暖機運転のまま待機していた。しかしそれは何重もの安全装置に保障されてるからこその運用であって、自ら勝手に動き出すことなど考えられていない。

 もちろんこんな機体にパイロットなどは存在しない。

 その全てが外部によりオペレートされる。艦艇の運用を全て外部無線から行うようなものだ。

 ジオーはおもむろに足を上げ、そして一歩目を踏み出した。凄まじい激震。その振動に、共同兵器試験場にいた全員が引っくり返った。

 巨体がゆっくり進んでいく。緩慢な動きの直後に起こるとてつもない揺れ。

 腹部に内蔵された融合炉にしても、太古の昔に軌道エレベーター建造用に研究されていた装甲素材にしても、全体を統括して動かす革新的制御装置にしても、その殆どが偶然の産物で完成したようなシロモノなのである。大重量を動かすために、重量軽減用反重力装置まで組み込まれているが、それは捕獲した異星人宇宙船から解析した技術であるとも噂されていた。そのようなものが一気に反応し合い、負の化学反応を起こしてしまったのだろう。

 そんな塊を作ってしまっていたのである。もはや人の手に負えるものではなく、今まで暴走しなかったのが不思議なくらいだ。

 動き出したジオーは共同実験場を越え、海へと足を進めた。

 ジオーには二つの行動目的コードが打ち込まれている。

 一つは鉄車帝国大怪人の掃討。

 これはこのジオーの存在理由であるのだから、それは間違いが無い。

 しかし鉄車帝国デスクロウラーは壊滅しており、鉄車帝国大怪人も現れることはない。

 では今は一体何の目的に動いているのか。

 ジオーにもう一つ用意されている秘匿コード。

 それは――ダイセンシャーの殲滅。

 それはあまりにも強すぎる脅威の排除。

 自分たちの手には負えない、自分たちには手に入らないものであるならば、排除するしかないと考えるのは人間という弱い生き物にとっては普通の考えの一つでしかない。

 一人一人が軍隊一軍の戦力だとしても、三軍共同で開発した究極兵器があれば、一人くらいは踏み潰してこの世から消すことはできるだろう。

 ダイセンシャーがいなければこんなにも平和裏に戦いは終わらなかっただろう。ダイセンシャーというあまりにも強すぎる者たちによって被害は最小限で食い止められている。

 しかし自衛隊としては、やはり自分たちの力でこの悪の帝国を殲滅したかった。たとえ国土の殆どが巻き込まれて焦土と化そうとも。

 それは本当に暴走したのか、それとも誰かが予めダイセンシャー殲滅プログラムが起動するようにしておいたのか。

 今となってはわからない。


 同日、沿岸公園。

 今日も今日とて昼下がりの土曜日の時間を大吾と少年(とリンカーン)が過ごしていると、左肩にマントを羽織ったセクシーバトルスーツのあの女性がやってきた。

「見つけたわよ大吾、いや、レッドセンシャー!」

 見つけたというよりも、この公園のいつもの銀杏の木の下に来ればもれなく大吾は発見できるのだが、とりあえず最初はそういう台詞をいっておかないと始まらないのでお約束みたいなものである。

「今日も目の保養をありがとうイケメン幹部さん」

 と、台詞とは違って興味無さ気な態度

 確かに首から下は出る所は出てるし引っ込んでる所は引っ込んでいるというかくびれているし、手足も形良く長いのでモデルも真っ青なナイスバディなのだが、その双子の弟そっくりの男前顔を見るとなんだかガッカリな気分になってきてしまうのは仕方ない。男顔の女性好きにはたまらんのだろうけど、そういう嗜好の人もあまりいない。

「ふふふ、どういたしまして……じゃない! 好きでこの顔に生まれたんじゃないわよ! 首から下だけじゃ不満か! 男は全員おっぱい星人じゃないのか!」

「不満じゃないけど残念だ」

「こんちくしょう! あんただけは絶対倒す!」

「まぁ倒されるのは別にいいんだが、今日はおまえ一人だけど、良いのか?」

 そういえば彼女――疾風弾財団総帥である疾風弾雪火しっぷうだんせつかは、本日は外人部隊であるデスクロウラーはぐれ戦闘員を連れていない。

「今日はようやく完成したこれを試すためにやってきたのよ。だからあたし一人で十分」

 雪火はそういいながらマントの下から何かを取り出そうとしたが

「――あ、雪火じゃん! ひっさしぶりーっ」

 遠くの方から聞こえた快活な女性の声に遮られた。

 三人(と一匹)がそちらの方に顔を向けると、ラフなパンツスーツに身を包んだ女性と、ドレス風ワンピースを着た女性が立っている。

「む? 城鋼板亜希子きこうはんあきこ有締栓うていせんてもも…じゃなくて、イエローセンシャーにピンクセンシャーか! さっそく応援を呼んだなレッド!」

「呼んでない」

 さらりと返す大吾。

「まぁ三人まとめて相手にしてやるからいいわ……って、無理ね」

 早々に三対一の戦いは諦める雪火。彼女は女性幹部の格好はしていてそのコスチュームも疾風弾財団の科学力により凄まじいまでの力を誇るが、雪火は本物のデスクロウラー幹部でもないし戦車怪人でもないので、複数人の戦車戦隊を相手にしての戦いはちょっと無理だ。

「どうしたの雪火? あんたも大吾の様子見にでも来た?」

 というわけで土曜日の営業前に大吾の姿でも確認に行くかと、月に何度か訪れているこの公園に二人はやってきたのだが

「まぁ色々とね」

 雪火がお茶を濁すように言う。大吾から変身道具を奪った(借りた)一連の経緯は二人にはまだ話していない。

「……あの、雪火さん」

 今まで亜希子の隣で黙っていたてももが口を開いた。

「なによてもも、あんたも元気?」

「きゃ、キャラが被ってますわ……」

 てももはふらりとよろめくとその場に四つんばいで倒れた。

「一つの集団にお嬢様が二人とか……ありえませんわ」

 てももは元有締栓家のお嬢様であり、雪火も総帥就任前は疾風弾家のお嬢様だったわけだから、モロ被りである。

「でもそんなこといったら、うちの弟だって疾風弾家のお坊っちゃんな訳だから、戦車戦隊の中で既に被ってるじゃない?」

「そ、そうですけど、でも火雪ひゆきさんは家を出てらっしゃいましたし、性別だって違いますし」

「……というか亜希子さんとてももさんのお二人とも」

 そこで今まで黙っていた少年が始めて口を開いた。

「ブルーのお姉さんのその格好には何も突っ込まないんですか?」

 さすがに少年も我慢できなくなったらしい。

「――へ? ああ」

 そこで改めて雪火の格好を見た亜希子が、確認するように唸った。

「半年前まではこんな格好のお姉さんといっつも戦ってたから、なんかあまりにも普通すぎてスルーしてたわ」

「右に同じですわ」

 亜希子の言葉に、四つんばいからなんとか回復して立ち上がったてももが合わせるように言う。

「あの女性幹部もどうなっちゃったんだろうね?」

「最後は本拠地と一緒に爆炎の中に飲み込まれて行きましたけど……本当に最後を見たわけではないですし」

 亜希子とてももがかつて戦った好敵手の一人を回想する。最初にダイセンシャーと接敵を果たしたのも彼女だ。

「というかおまえら、気付かねえか?」

 しばらく黙っていた大吾がそこで口を開いた。

「気付く?」

 亜希子が訊く。雪火は辺りを確認するように周りを見回した。てももは大吾と少年の間のリンカーンを見た。彼も様子を伺っているような気配を見せている。

 何かが起きようとしているらしい。

「立ってるからわからねえのか、じゃあ全員ここに座れ」

 大吾が自分の周りに座れと言い、三人はその指示に従った。さすがに一気に三人も座ると狭いので、みんなお尻だけゴザに乗せて足は外に出す体育座りっぽい形になる。

 少年は立って席を空けようと思ったが「おまえも座ってろ」といわれたのでそのままであるが、せめて場所を広げようとリンカーンをいつものように頭の上に載せた。

「……揺れてる」

「うん、微妙に震動を感じるわ」

 お尻の下や靴底から、地面がかすかに揺れているのを感じた。

「地震ですか?」

 戦士ではない少年も、遅ればせながら震動を感じることができた。

「戦車怪人を取り込んだ大怪人が歩いていた時もこんな感じだった」

 遠くを見ながら大吾が告げる。その視線の先にはようやく整地作業が終わって平地となっている火力発電所跡があるが、更にその先を見ているような気配である。

「あたしが知ってるあまり聞きたくないニュースを教えましょうか?」

 同じようにゴザに座っている雪火が言う。それは疾風弾財団総帥だからこそ知りえる情報なのだろう。

「ああ、頼む」

 大吾が先を促す。

「今日の午後、首都艦近海の埋立て地の一つで、新兵器の起動試験が行われているの」

「新兵器?」

「自衛隊三軍共同開発による国土防衛兵器、ジオー」

「ジオー……」

 思わず大吾がその名を繰り返す。他の者も息を飲む。

「本当にあまり聞きたくないニュースだな」

「でしょう?」

「もうそれ以上考えたくもねえが、そのジオーとかいうのが暴走でもして、海を掻き分け鉄岸を乗り越えてこっちに向かって来てるとか、そんな話なのか、この震動は?」

「その通りだよ」

 その時、それに答える男性の声がした。

「……真守」

 陸上保安庁次長次席の制服に身を包んだ天機関真守てんきかんまもるが立っていた。

「……」

 亜希子とてももにとっては久しぶりの再会なのだが、ただならぬ雰囲気を感じて二人とも声が出ない。

「どうした真守、またスカウトに来たのか?」

 大吾がそういいながら立ち上がってゴザを出た。それに連なるように全員が続いて立ち上がり銀杏の木の前へと並ぶ。

「それもお願いしたいところだけど、今日は違うね」

「この震動か?」

「うん」

 真守はそういいながら遠くを見た。視線の先は更地になった火力発電所跡の更に向こうを見ている。

「その噂の新兵器ジオーが暴走して、こっちにやってくる」

 雪火の言葉を引き継ぐように、真守が言葉を繋ぐ。

「まぁ暴走した理由は色々あるんだけどさ、その果てにこっちにやって来ている理由ってのがちょっと面倒くさくてね」

「理由?」

「僕たちダイセンシャーを倒しに来ようとしてるんだよ」

 真守はジオーに打ち込まれている秘匿コードの説明をした。この辺りの機密は彼の立場だからこそ知りえる話だろう。

「それはそれはなかなか愉快なことになってるんだな」

 大吾もジオーが自分たちを倒そうと上陸しようとするであろう発電所跡の方を見た

「それで、なんだ、素直に倒されてやれば良いのか俺たちは?」

「あのジオーに踏み潰されて終わってしまうのなら、僕たちにとってはそれが一番良い終わり方なのかもしれない。でも世界はその後ももう少し続いてしまう」

「暴走っていうのが、制御回路あたまの方だけじゃなくて炉の方も暴走してるってことだろ?」

「うん、そう。今はまだ大丈夫だけど、炉が臨界まで上がってそこでふっ飛んだら、東京の半分ぐらいは無くなるんじゃないかな」

「もう愉快を通り越して笑うしかなくなってきたな」

 他の者も声も出ない。デスクロウラーとの戦いは終わったのに、まだ災厄は続いている。しかも自分たちを始点にして

「じゃあ、今のうちに破壊して沈めるのが一番の方法だってか?

「そうなるね」

「それじゃあおまえは、そのためにここへ来たのか」

「そうだよ。僕は国家の手先である前に、戦車戦隊ダイセンシャーの一員だからね。レッドが戦いに行くのであれば僕だって全てを捨てて一緒に行かなくちゃならない。だってグリーンセンシャーだから」

 真守=グリーンはそういいながら上着のポケットから変身道具を出した。彼もまた自らがこれを銃後の世界になっても保管し続ける業を背負う、戦車戦隊の戦士の一人であるのは変わらない。

 大吾が同じ戦車戦隊の隊員である二人の方を見ると、亜希子とてももも力強く頷いた。

 命を懸ける時が、もう一度来たらしい。

 ただ、そのためには……

「だが、俺たち四人じゃダイセンシャオーは動かない」

「……」

 大吾の言葉に三人のメンバーが無言になる。

 最後の戦いの時、最強最後の戦車怪人の手によって、ブルーセンシャー・疾風弾火雪しぷうだんひゆきの命は失われた。

 隊員の一人を欠いた戦車戦隊は、ダイセンシャオーを動かす力を奪われる。これがほんの少しでも早くブルーを失っていたならば、鉄車帝国の勝利に終わっていただろう。

 だが、最後の最後のその時、一人の存在が決断する。

『ボクがダイセンシャオーの頭脳になる』

 五人の戦士を探し出し、彼らを戦いに巻き込んだ戦車妖精は、それを償うかのようにダイセンシャオーの頭部の中に飛び込んでいった。そして全ての力を解放し、戦車妖精はダイセンシャオーと一体となった。失われたブルーの操作を補うために。

 戦車妖精の決死の覚悟により、戦車戦隊はからくも勝利を収めた。そしてその代償として、制御回路から引き摺り出された戦車妖精は全ての記憶を失っていた。

 だからもうダイセンシャオーも動かない。

 ――でも、その時決死の覚悟を見せた存在が、今――

「――?」

 少年は急に頭に違和感を覚えた。自分の頭に載っているはずのリンカーンの重さを急に感じなくなったのだ。飛び降りたのなら気付くはずなので「なんだろう?」と思って振り向くと

「!?」

 リンカーンが宙に浮いていた。

 目をつぶり体をだらんと下に伸ばして、背中の羽をぱたぱたさせて浮いていた。

「リンカーン!?」

 少年の声に全員が振り向いた。

『――やぁ、みんな。ひさしぶり……って、いうのかな?』

 瞼を閉じたまま宙に浮いているリンカーンの上に、少し透けた状態のリンカーンがもう一匹浮いている。

「リンカーン……おまえ、記憶が戻ったのか?」

 大吾の言葉に透けている方のリンカーンが首を左右に振った。

『記憶は戻ってない。羽の生えた変な猫のままだよ』

「じゃあ、これは?」

『これはもしものために、最後の最後に取っておいたボクの残留思念さ』

「お前はまたダイセンシャオーに直接繋がるとか無茶をやりに来たのか?」

『そうしたいのはやまやまだけど、今のボクは思念だけだから無理だね』

「じゃあおまえが一時的に復活してくれたとしてもダイセンシャオーは動かない。ブルーがいないんじゃ――」

『いるじゃないか、そこに』

 リンカーンの残留思念が顔向けるむこう。そこには露出の激しいバトルスーツに身を包むイケメンな女性幹部の姿が。

「リンカーン……あたしのことを認めてくれるの? 火雪の代わりに?」

『だってキミはそのためにがんばって来たんじゃないのかい?』

「……」

 雪火はそれを聞いて少し涙ぐんでしまった。自分は誰にも知られぬこと無く行動していたと思っていたが、この記憶をなくした戦車妖精はちゃんと見ていたのだ。

「――じゃあ、今日来た目的を果たそうかしら」

 雪火が目元を少しこすりながら言う。

「弟はみんなのことを頼むってあたしに言い残したわ。そしてそれは、自分にもしものことがあったら自分の代わりに戦ってくれ……そういう意味も含まれていたと、姉であるあたしは判断してるわ」

 雪火はそういいながら先ほど出しかけていたものを、改めてマントの裏から出した。

「それは、ダイセンシャーの変身アイテム」

 少年が驚いて言う。大吾たちが持っているものに比べると少し違うように見えるが、確かに変身道具の形をしている。

「疾風弾財団が総力を結集して作り上げた擬似変身装置よ、ダイセンシャーへのね」

 雪火が説明する。

「多分これ一個の開発費で完全装備の原子力空母一隻買えるわね」

「マジで!?」

 全員が声をそろえて驚く。てももも思わずお嬢様言葉を忘れるほどだ。

 完全装備の原子力空母といえば、船体を動かす要員二千人に航空要員三千人、艦載機は百機前後を搭載している。空母本体の額や食料弾薬の補給物資も含めて総額はとんでもない金額だ。小国を丸ごと一つ買えるくらいにはなるのではないだろうか

『ありがとう雪火。キミのおかげでこの国は助かるかもしれない』

「あたしは火雪の姉よ。弟にできたことならあたしにだってできるわ」

『よし! キミのその勇気、優しさ、そしてこの地を守ろうとする心。その全てが資格に値するものだとして、キミを戦車戦隊の6人目の戦士として認めよう』

「わぁ!」

「すごいです!」

 雪火ではなく他の女性陣二人から声が上がった。いつ何時であっても女性というものは同姓の仲間が増えるのは嬉しいものである。

『まぁ、ボクの記憶ももうすぐ消えちゃうから、今だけの一時的なものになっちゃうけど』

「それだけでも、十分よ!」

 雪火が不敵に言う。

「よし。これで全員揃ったな」

 亜希子が、真守が、てももが、そして雪火が頷く。

「行くぞ、変身だ!」

「おう!」

 五人が大吾を中心として並び、各々の変身ポーズを決めると光に包まれていく。

 そして光が消えた時、そこには五人の戦士が誕生する。

「燃える闘志の赤き車輪、レッドセンシャー!」

 永遠に屈しない心、大鉄輪大吾が変身する熱風の戦士。

「空を切り裂く青き砲弾、ブルーセンシャー」

 厳粛なる清き心、消えてしまった弟の思いを受け継ぎ疾風弾雪火が変身する烈風の戦士。

「弱きを守る黄色き装甲、イエローセンシャー!」

 気高き堅き心、城鋼板亜希子が変身する陣風の戦士。

「魂動かす緑のエンジン、グリーンセンシャー!」

 奥底に眠る優しき心、天機関真守が変身する旋風の戦士。

「絆を繋ぐ桃色のボルト、ピンクセンシャー!」

 全てに慈愛を捧ぐ心、有締栓てももが変身する涼風の戦士。

「悪を履帯でひき潰せ! 我ら、戦車戦隊ダイセンシャー!」

 五人の勇壮な声が合わさる。

『さあ出撃だ、発進せよ、マグナタイガー!』

 リンカーンの出撃コールに合わせて、鉄岸沖合いの海面が揺れた。そしてそこから浮上してそのまま宙に浮き上がる鋼鉄の物体。全通の甲板上に五つの巨大な鉄の箱と一つの大型機械を載せた物体が、雄々しく空を進み近付いてくる。

 これが戦車戦隊のかつての移動拠点でもある、超巨大全領域汎用移動要塞型輸送航空母艦マグナタイガーである。

『ダイセンシャオーも半年間休ませていたからね、自動修理でオーバーホールもバッチリだよ!』

 マグナタイガーを呼び出したリンカーンはそう最後に告げると、力尽きたように地面に落下した。背後に見えていた残留思念も消えた。

「うわわっ!?」

 少年は急に落ちてきたリンカーンの体を慌てて抱きとめた。

「ありがとうなリンカーン。少年、リンカーンのことを頼むぞ」

「はい!」

 リンカーンを優しく抱きしめる少年が強く頷く。

「ラーテ、発進!」

 レッドのコールを受けて空中に滞空するマグナタイガーの甲板上に露天繋止されていた五つの鉄の箱――要塞戦車ラーテが起動し、投下された。それが下面からロケットの火花を吹き上げながら発電所跡へと降り立つ。

「行くぞ!」

「おう!」

 五色に彩られた車両へと五色の戦士が走っていく。

 レッドセンシャーが赤い車両へと乗り込む。

 レッドラーテ。独軍が計画した陸上戦艦ラーテの、計画書どおりそのままの姿である。一番シンプルである分、乗りこなせれば一番強いかもしれない。

 ブルーセンシャーが青い車両へと乗り込む。

 ブルーラーテ。独軍が誇るドーラ型列車砲に履帯を履かせて自走砲化しようとしたランドドーラなる計画車両があるが、それをそのままラーテの車体へと落とし込んだものである。80センチ砲弾の直撃はあらゆる物を粉砕する。

 イエローセンシャーが黄色の車両へと乗り込む。

 イエローラーテ。砲塔部分に油圧ショベルのようなアームを二本取り付け、更に盾を持たせることにより装甲防御の向上を図ったもの。計画通りの絶大な防御力を誇るが、むしろその二本のアームによる接近戦の方が恐ろしいかもしれない。重量のかさむ砲身や予備砲弾を積んでいないので、この中で走行速度はもっとも高速であるが、35メートルもある戦車の中で一番早いと言われても、なにがなんだか分らないというのが実情である。

 グリーンセンシャーが緑の車両へと乗り込む。グリーンラーテ。独軍の計画高射砲の中で最大口径を誇る24センチ高射砲を連装装備として積んだ対空戦車。その砲弾は限界まで軽くすれば衛星軌道上まで撃ち上げられるので、対空ならぬ「対宙戦車」と呼ばれている。

 ピンクセンシャーが桃色の車両へと乗り込む。

 ピンクラーテ。米軍計画車両の一つに、履帯式車両の砲塔部分に超小型ヘリ(コサック帽が飛んでいるような意匠)を搭載したマイクロ陸上空母的車両が存在するが、これはその仕様をそのままラーテの車体サイズで実践したようなものである。車体上部のメーベルワーゲンのような箱型オープントップの中には、垂直離着陸型戦闘輸送機が収められており、戦闘・補給・救助など様々な局面に対応する。ちなみにこのピンクラーテも前述のイエローラーテも、砲煩兵器は車体に付いている備砲しか無いが、その備砲ですら12.8センチクラスなので普通の戦車は近づかない方が無難である。

「もうそこまで来てますわ、ジオーが!」

 一番索敵能力の高いピンクラーテに乗るピンクがそれに気づいた。鉄岸を乗り越え怪獣の様な形状の巨体が現れた。直ぐにも火力発電所跡に上陸するだろう

「よし、合体だ! カムヒァ、メインフレーム!」

 レッドの再びのコールに応えて、マグナタイガーがラーテの他にもう一つ積んでいた大型機械を投下した。これはロボの胴体と太腿部分を構成する大型車両である。

「合体、クロスキャタピラ!」

 レッドの号令で、各ラーテが下面からロケットの炎を吹き上げ再び上昇していく。千トン以上もある戦車がどうやって飛ぶんだとか、実は五台のラーテとそれ以上に重いメインフレームを空輸できるマグナタイガーが一番の超兵器なのではとかいう諸問題を全てすっ飛ばして、5台のスーパータンクと1台のスーパーマシーンが合体して一つのスーパーロボットになる!

「完成、ダイ! センシャ! オー!」

 五大の要塞戦車とメインフレームが合体した身長にして90メートル、重量にして一万トン近くもあるスーパーロボットがここに誕生し、火力発電所跡へと降り立った。そしてほぼ同時にジオーもこの場所への上陸を果たす。

「一気に決めるぜ! 戦車剣!」

 ダイセンシャオーが巨大な右腕を掲げると、マグナタイガーから専用剣が投下された。ものすごくあんまりな名前が付いているが、剣先から握りの先端まで百メートルもある剛刀である。これで切れないものはこの地上には存在しないだろう。

「戦車剣、疾風怒濤大戦車斬り!」

「戦車剣、疾風怒濤大戦車斬り!」

 レッドが更にあんまりな必殺技名を叫ぶと、残りのメンバーも唱和する。

『戦車剣、疾風怒濤大戦車斬リ』

 そして最後にダイセンシャオー自身が物凄い渋い声で必殺技名を言いながら戦車剣を振りかぶる。なんかいつも戦車怪人の名前を教えてくれる声と似ているので、あれはダイセンシャオーが喋っていたのかも知れない。

 とにもかくにも振り回された戦車剣はジオーの右肩から左わき腹にかけて叩き切った。首の部分が地面に落ちると残った胴体も倒れ、そして爆発する。だが暴走している炉はまだ臨界には達していないので、整地の済んだ火力発電所跡を再び掘り返す程度で済んだ。

「――無限に続く軌道に懸けて、正義は勝つ!」

 爆炎の照り返しを受けて、復活を遂げたダイセンシャオーが夕日以上に紅く燃えていた。


 同日夜。湾岸公園。

 いつものゴザの両サイドに大吾と真守が胡坐で座っており、真ん中には少年が正座している。銀杏の木近くのベンチには雪火と亜希子とてももが腰掛けている。そして全員の手にはカレーが盛られた皿。勝利の美酒ならぬ、戦いの後の一杯である。

「なぁおまえ、またここに来るのか?」

 少年を挟んで向こうにいる真守に大吾が聞いた。

「まぁ今日はあんなことになったけどね」

 真守が軽く後ろに振り向きながら言う。

 火力発電所跡にはジオーの残骸が転がり、夜を徹しての撤去作業が続いている。また一ヶ月くらいは解体作業やら整地作業が続くだろう。

「僕たちの平和な時間を作るのを願うなら、やっぱり大吾には海兵隊のトップくらいにはなってもらわないと」

 真守はまだ大吾のスカウトは諦めていないらしい。

「今日は本当にイレギュラーだったからね。でもこれのおかげで自衛隊三軍の発言力は低下するのは目に見えているから、僕的にはちょっとやりやすくなるね。水上保安庁の設立もすぐに実現しそうだ」

「まだ作んのかよ!」

 保安庁なる組織がまだ増産されるのかと大吾は思わず全力で突っ込んでしまった。

「荒川に水様性戦車怪人が沈んで、変な生き物がいっぱい出るようになったのは知ってるでしょ」

「ああ」

「それの専門駆逐組織だよ」

「そういうのは海自とか海保とか陸保の水上部隊とかそういうのに任せときゃ良いんじゃねえのか?」

「そうもいかないんだよ。それに今日倒したジオーみたいなのもあれで最後じゃないんだからね」

「マジか?」

「黒龍師団という遠方の国営組織が機械使徒という機械巨人を作ってる。各国はそれを購入したがっている訳だよ自衛目的にね。何からのための自衛かは分かるよね?」

 戦車戦隊と隊員によって運用されるダイセンシャオーという、一極に集中した超兵器への恐れは他国も変わらない。そしてそれへの対抗手段が金銭で解決できるのなら幾らでも金を出すだろう。

「先進国と呼ばれる国は一国につき最低一機は買うんじゃないかな」

 自分も水保の分も含め三体の機械使徒を購入済みなのは流石に伏せて説明する。

「マジなのか?」

「僕たち一人一人が軍隊一軍と同戦力で、更に全員の力を合わせればダイセンシャオーと言うなんでも壊せる必殺兵器を使える。むしろこの国以外の国が脅威に感じているんじゃないのかな?」

「じゃあやっぱり俺たちを国家所属にするのはまずいんじゃないのか?」

「まぁそれとこれとも別問題だよ」

 真守はそういうと「ごちそうさまでした」といいながら立ち上がった。

「じゃあそろそろ帰るよ」

「そう? もうちょっとゆっくりしていけば良いじゃない? おかわりならあるわよ?」

 亜希子から声がかかった。もちろん本日のカレーも亜希子お手製のあのカレーである。

「うん、ありがとう。でも今度だね。こう見えても結構忙しい仕事に就いちゃったからね」

 真守は「また来るよ」と言い残して去っていった。

「じゃあそろそろあたしも帰るか。真守ほどじゃないけどあたしも忙しい仕事に就いちゃってるしね」

 食べ終えた雪火もマントをバサリと羽織なおしながら立ち上がった。彼女は悪の幹部のスーツでここに来ているのでずっとこの格好である。

「あたしもまた来るわ。真守とはまた別で大吾に用事もあるし」

 そういってマントを翻しながら去っていく。

「じゃあ私たちも帰るか」

「そうですわね、お店も開かないといけませんし」

「店開くつもりだったのかよ?」

 てももの言葉に大吾が思わず突っ込んだ。

「当たり前じゃない。私たちが救った世界は、ちゃんと私たちのお店が開いている世界。だったらそれをちゃんとやらなきゃね」

「そうですわ」

 そうして二人も別れの言葉を残して帰って行った。

「……」

 後にはこの公園を定宿にしている大吾と少年が残された。

「じゃあ僕もそろそろ帰ります」

 今日一日で様々なことが起こり、少年の頭の中にも様々な想いが巡った。

 なんだか自分みたいな人間がここにいて良いのかと少年は想い始めていた。

 ただの中学生でしかない自分がいても邪魔なだけではないのかと。

「……」

 少年は鞄を取り立ち上がる。

「……」

 このまま去ってしまえば、もう二度とここには来ないような気もする。

 それで良いのだろうかと思うけど、自分の気持ちがその方に流れていこうとしているのがわかる。

(これで、お別れなのか)

 少年が心の中で独語し覚悟を決めた時

「また来いよ」

 何気ない大吾の声が耳に届いた。

「……良いんですか?」

 思わず少年は訊いてしまう。

「良いも何も、おまえ戦車乗りになりたくてここを訪ねてきたんだろう? その夢を果たすまではとりあえず来やがれ」

「ほんとうにいいんですか!?」

「ああ、良いよ」

 少年は痛くなるほど頬を綻ばせると嬉しさのあまり全力で飛び出した。

「また来ます、師匠!」

「だから師匠じゃねえ!」


 ――おわり――


【あとがき】

 自分としては何らかの形で戦車を題材にした作品を作ってみたいなと思っていたのですが、まさかこんな形になってしまうとは思いませんでした(汗)

 戦車戦隊やら戦車妖精やらダイセンシャオーとか戦車剣とか色々を思いついた時点で「ヒドイハナシ」にしかならないのはほぼ確定していたと思うので、もう開き直って好き勝手書いてます(酷)

 それと龍焔の機械神本編の補完の為に試作的に書いている部分もありますので、読んでいると少しおかしな描写もありますがそういう仕様です。

 それではまたどこかで。

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戦車戦隊ダイセンシャー ヤマギシミキヤ @decisivearm

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