第6話

「レナルド、フリス、話がある……」

「お、なんだ、珍しいな!」

「どうかしたのか?」

 神妙な顔で側の客室へと二人を促し、扉に鍵をかけた。


「マティアス様はアンシェルを妃に迎えると言われた」

「はぁ!?」

「なぜ!?」


「王妃の命令だ。アンシェルが妃ならマティアス様を王太子にすると、そう言われたのだ」

「そんなっ」

「視察の件で、マリンでは次期王妃としての素質がないと、そう判断されたらしい」

「……マリンは、どうなる?」

 やはり何よりもマリンを心配するのはレナルド。


「マティアス様は立太子なされたと同時に、アンシェルをお飾りの王太子妃にし、マリンを側妃として上げるそうだ」

「側妃……」

「だが、アンシェルをお飾りの王太子妃にし、お子はマリンとなど、公爵家は許さないだろう」

 公爵家の“影”に気づき顔を強張らせるレナルド。


「マティアス様がマリンを寵愛しているのは知られているんだ、公爵家は“影”を使いマリンを害する恐れがある」

「くっ……」

「マリンの為にオレがアンシェルを引き取ったが、彼女が王太子妃になればもう、マリンを守ることが難しいんだ、すまない……」


 カルラドは二人に深く頭を下げた。


「なっ、カルラド! 君が謝ることじゃないだろう」

「そ、そうだ!」

「君には感謝しているんだ、マリンのためにあんな女を妻に迎えてまで守ってくれたんだから」


 その言葉にピクリと肩が揺れるが、レナルドから頭を下げたカルラドの表情は見えない。


「マティアス様はマリンのことをどのように考えているのだ……」

「あんなに妃教育を頑張っていたのに!」

 フリスは拳を震わせ歯を剥く。


「王太子になるためだとはいえ、マリンを危険な目に合わせるなんて……、まさか……、いや、マティアス様に限って、そんなこと……」

 言いよどむカルラドに二人は掴みかかる。

「なんだ、どうした!?」

「言ってくれっ」


「マティアス様は、マリンを切り捨てるつもりでは……と」


『!?』


 カルラドの言葉に二人は言葉を失った。


「いや、早計かもしれない……。しかし、公爵家の“影”はマリンを確実に害するだろう。フリス、マリンを守ってくれないか、頼む」

 再び頭を下げるカルラドに「あ、あぁ! 任せろ!」と力強く胸を叩くフリス。


「できればマリンにはこんな危険なところには居てほしくないのだが……王宮から、いや、できれば国外へ逃がしたいんだ、公爵家の手の届かないところへ」

「それはそうだが、どうやって……」


「オレはアンシェルの王宮入りをできるだけ遅らせる。レナルド、マリンの力になってくれないか? マリンが一番頼りにしているのはお前なんだ」

「なっ、そ、そんなはず……、マリンが頼りにしているのは君のほうだろう」


 カルラドは笑い首を振る。


「レナルド、お前は周りに目を向けすぎて、自分のことは何も見えてないんだな、マリンが一番頼りにしているのはお前だよ」

「そんな、マリンが、ボクを……」


「あぁ、お前はいつも一歩控えてマティアス様を立てるから、マリンもお前のためにマティアス様を優先していたんだ」

「そんな……」


 自信のないレナルドは、カルラドのそんな都合のいい言葉を信じられないでいる。


「あぁ、もし、マリンが命を狙われていることを知ったら、きっと、いや、必ず、マリンは一番にレナルドを頼るだろうな」

「そんな、こと……マリンが、ボクを……」


 動揺し、落ち着かないレナルドに、カルラドはいつもの笑みを浮かべた。






「さてと、次は、と……」

 二人を見送り、マリンが妃教育を受けているだろう部屋へ目を向けた。




 その日、マリンは偶然に聞いてしまった。

 最近どこへ行くにもにフリスが付きまとい、大きいし、暑苦しいしと、カルラドに呼ばれたことでフリスから逃げるように一人政務室へと向かった。


「マティアス様、アンシェルを王太子妃に迎える件ですが」

「あぁ、どうした?」


 アンシェル、王太子妃、というの言葉に、ドアノブに掛けた手が止まった。


「マリンにはいつ伝えるのですか? 側妃にするという話です」


 っ!?


 跳ねる心臓の音が邪魔でマリンは扉の隙間に耳を近づけた。


「必要ないだろう」

「そのようなことを、マリンはあんなに妃教育を頑張っていたのに」

「カルラド、本気で言っているのか? あんな物覚えの悪い娘に王太子妃など務まるはずないだろう」

「ふふ……まぁ、確かにそうですね」


「っ!」

 二人の裏切りの言葉に、それ以上は聞いていられずマリンは泣きながらその場から逃げ出した。



「難しいことはアンシェルに任せて、マリンはただ私を癒してくれればいいのだ」

「そうですね……」


 薄く開いた扉に視線を送り、カルラドは笑みを深めて礼をとった。




 どうして! どうして!?

 走るマリンの行くてを塞ぐのはマティアスの護衛騎士フリス。


「マリン、今は一人で行動しないでくれ」

「フリスっ……」


 言いたかった、聞きたかった、マティアス様の言葉を、カルラドの言葉を、アンシェルのこと、自分が王太子妃ではなく側妃されることを。


「どうした?」


 言いかけて止めた。


 話すなら彼よりもっと頼りになる人のほうがいいと、そう、フリスとの長い付き合いの中で学んだ。

 やはり初めにカルラドの顔が浮かんだ。もっとも、付き合いが長く、頼りになる初恋の人。


 カルラドが望むから苦手な勉強も頑張れたし、笑顔がかわいいって言ってくれたからいつも笑っていた。マティアス様の側にはマリンの方が相応しいと、そう言うから、カルラドがそう言ったからマティアス様の側にいたのに!


 彼は私のためにアンシェルと結婚した。私を王妃にするために、なのに! 今度はアンシェルを王太子妃にして私を側妃にしようとしてるなんて!


「……レナルドと、話したいの」



 カルラドの言葉を、マティアス様の言葉を、マリンは泣きながらレナルドに訴えた。


『マリンが一番頼りにしているのはお前だよ』


 カルラドの言葉通り、レナルドはマリンが自分を頼ってくれた喜びに身を震わせていた。

 ずっとこの肩を抱きたかった。ずっとこの髪に触れたかった。

 肩を抱くマティアス様が羨ましかった。

 カルラドのように髪に触れたかった。


 初めて細い腰に触れ抱きしめた。


「どうして、私、ずっと頑張って来たのに、もうやだぁ、こんなとこ、いたくない!」


『国外へ逃がしたいんだ、公爵家の手の届かないところへ』

 そうカルラドは言っていた。


「そう、だね、うん、そうだよ、一緒に行こう」


「え?」


 万が一のためにと、いつでもマリンを逃がすことができるように、カルラドは馬車も、住む所も用意してくれていた。


「大丈夫だよ、マリン、ボクが君を守るから」




 その夜、カルラドは裏口から一台の馬車が走り去るのを見ていた。


「すっごいねー、君、役者に向いてるんじゃない?」

「それ、妻の友人にも言われましたよ」

 第二王子クリフト殿下の言葉に、マリンとレナルド、フリス、三人の乗った馬車を見つめたままカルラドは答えた。


「でもさ、随分簡単に行かせたんだね、あんなにアンシェルを貶していた者なのに」

 もっとえげつない方法で追い出すかと思ったよと、笑うクリフトに、カルラドは黒い笑みを浮かべる。

「二人を陥れる方法なら三十六通りほど考えていましたよ。二度と陽の下に出れない方法が十二、一生部屋の隅で震えて暮らすが九つ、生死を問わない方法が十五。ですが今回は時間もないので円満にまとめて消えてもらう方法をとりました。彼らは私に涙ながらに感謝しながら自らの足で出て行ってくれたのです。騙されているとも知らずに。このまま国を出てくれれば、自分たちの行動がマティアス様の失態に繋がったと気づくのは立太子後。騙されていたと気づいても、その頃には二度と、この国に戻ることはできない状況にしておきますから。もう彼らが手を出すことはありませんよ」


 うわぁ……、の顔で身を引く第二王子クリフト。


「私はアンシェルのためなら、頭くらい何度でも下げますよ。今は妻のためにも余計な恨みを買うようなことはしたくないだけです」


「ねぇ、カルラド、君さ、“盾”より“暗部”向きじゃない?」

「はは、ご冗談を」


 貼り付けた笑顔のカルラドから、また一歩離れる第二王子だった。






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