彼女が愛したこの場所で

赤雪 妖

第1話

「『東京』ってさ、四年も居たのにノスタルジーを感じさせないよな」


 二年ぶりに安田講堂前に集まったサークル仲間の谷が呟いた。


「それって、『東京』は文化の最先端を走っているから懐かしむものが消えていくってことでしょ。居た時間より離れていた時間で記憶との齟齬が生じる。進歩の遅いものや、古くて記憶に残るものにノスタルジーは存在するのだから。谷は、大学に居る間、里山以外に何か心に残る人や物とか無かったの?」


 鏡香きょうかの言葉に花音かのんが、


「感受性の問題じゃないの。私はこの銀杏並木好きだし、懐かしいって思えるよ。谷はさ、教授せんせいが言った 『 人が住むところは懐かしさを感じるところ』って言葉、あんまり理解してないよね」

「逆だろ」

 谷が「心外だ」といって言い返す。

「俺はだな、だから教授が言う変化が少ない里山のほうに懐かしさを感じるって言ってるんだよ。懐かしさを感じるところに人は住むんだろ。後か先かの話しだと、俺は古い物が好きなんだよ」

「やだ。私、全然進歩の無い谷に郷愁感じたかも」

 谷の追撃をかわした花音が谷に擦り寄ると、

「ひでぇ」 

 谷が後ずさりして爆笑が湧いた。


 四年前、理工学部の教授が『都市と自然フォーラム』を開催した。


 そのときに里山を題材にしたイベントの中から、教授の提案そのままに、『都市と自然の融合をテーマにしたサークルができた。


 活動の内容は、里山を有用な場所にすることで森を活性化させる。


 そのために古民家、田畑、水脈などの、人が生きてきた痕跡を再生することだった。

 寂れさせないために、テーマパーク化して人を入れるのが良いのか。

 田舎暮らしを維持する事と快適化の融合をどこまで進めるのか。快適化――結局それは外観だけを替えた都会化ではないのか。


 意見が紛糾したときに、教授が『時が淘汰してくれる』と言った。


「あなた達のお陰で道筋が見えてきたわ。でも、もう少し先を見てみよう。いい? 今ね、リゾート地に立ち並んでいた別荘が次々に売りに出されて無人化している。電車の沿線でも空き家が出始めているわ。これらは少子化のせいね」


 都会に出た子供が親を引き取り空き家になった家屋。

 後を継ぐ者も無く住む者が途絶えた家屋。


「私達が掲げた目的に、何が必要で何が必要で無いか。それを決めるのは時代の力を借りなければならないわ。例えば里山を活性化するためにミュージアムを作るとする。でもそれはそれ程有用な物? 集客をし続けられる程の魅力は何? 会社や工場であれば社員や業者が出入りするから活性化はするでしょうね。でも生産であれば一番に考えるべきは流通になるから、大量の車の出入りは自然を愛するという趣旨から離れてしまう」


「……人を集める蜜は文化です」

 仲間で最年長の、菅が言った。


「遊園地でさえ閉鎖したのは、遊園地を求める人の年齢と文化が変わったからです。市場経済の変化……と言ってもいいですが……。でも文化は進歩し続けます。進歩した文化は人を集める蜜になります」

「流石ね。菅君の言うとおりだわ」

 教授が頷いた。


「あなた達が蒔いた種を育てる人達がいて、何が無用で何が有用なのか選択してくれる。だから、二年待ちましょう。二年あれば時が自然の形を作るわ」


 そして二年の時が経った。 


 教授が、ざわめく在校生と講堂から出てきた。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」

 そう言って二年ぶりの卒業生七人の顔の顔を見る。


「あれ。音乃ちゃんは直接現地だったかしら」


 皆が一斉に私を見た。


「そうだと思います。彼女はオーケストラの人達と行動してる筈なんで」


 いや。私だって連絡を取り合っているわけではないんだと、そう言いたいところだが敢えてその言葉を呑み込んだ。


 それを言うと、また花音が騒がしくなる。


 教授を除くサークルのメンバーの殆どは、二年前、私がまだ自分の事を、僕と言っていた頃に彼女にプロポーズしたことを知っている。


 そして二年後の今日がその答えが出る日だということも。


 

 音乃は、自然フォーラムで知り合い、我々のサークルに顔を見せるようになった、同学年の建築学科の学生だった。

 彼女の提唱する都市構想は、新しいもの、前衛的なものはもりの隙間に建てて、主張では無く、垣間見えることで、より斬新さとインパクトを見る者に与える。

 さびれたものは風景の一部として存在させることで、そこにあった意味を訴える。というものだった。

 

 音乃と歩く里山は、急に色彩を帯びてくる。


 道ばたにある古い畑。勝手に生えた雑草のみどり。畑の隅にあるトタン屋根の道具小屋。

 赤く錆びたトタン屋根は、随分昔から放置されたままになっている。この持ち主はどうしたのだろう。


「でもね、これはこの道の景観なの。画に描くとホントに素敵な色彩が散らばると思うわ。あっ。でも建物の基礎だけは補強しなくてはだめね。台風で飛んでいきそうだもの」

 そう言って建築学科の片鱗を見せた。

 

 地面――土地――本来地球の一部で誰のものでもなかったもの――場所。

 そこに、これからとするものが、存在するぞと声を上げると、過去にあったものが緩衝材になる。それが都会化の波を和らげ、都会が自然に食い込む速度を和らげて調和の取れた場所の顔になる。

 彼女の持論だった。


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