20.九州上陸地点の策定
「銭が無い」
「たいそう御立派な大鎧を……」
「銭が無いちゅーとるが」
ハエを追い払うように
長々とその説明をするのも面倒だった。
相続した所領は僅かで、そこからの
鎌倉時代――
中世における武士階級の戦費は自弁が当然であった。
補給も自分で行い、兵の編成も自分で行う。
領地も大きく、有力な御家人は大規模な兵力を率いている。
古代中央政権軍や近代軍とは異なり、戦闘単位となる兵数もそろっていない。
数百の数を超える武士団もあれば、竹崎李長のように零細御家人は四から五人で戦に出向くものもいる。
(いまさら、三人増えたところでどぎゃんなるか――)
と、竹崎李長は思う。
そして――
あまりにも、この三人は
「え―― 銭がないのぉ。すごいいい鎧に、
「くっ、無いのじゃから仕方なかろうがっ!」
ゾクリとするほどの美貌の女だった。
なんで、異国との合戦が始まろうかという場に巫女姿の女がおるのか?
李長は「歩き
「無いんだって、虎猿」
「……」
黒い沈黙の言葉を残し、虎猿はきびすを返した。
ジャリッとその肉の重さを知らせる音が地より上がる。
「あははは、じゃあいいや。ごめんね」
どこか
美麗ではあるものの、どうにも得体が知れぬ者だ。
そして、それ以上に強烈な印象を残したのが蓬髪を後ろで束ね、落ち窪んだ双眸から闇のような眼差しを送っていた者だった。
(虎猿とゆうっち――)
まあ、本名では無かろうと思う。
「では、そういうことで――」
最初に話しかけてきた脂ぎった坊主が頭を下げた。
「いいから
そもそも銭があるなら、最初から姉婿と組んでたった四人で戦に望もうとするわけがない。
(とにかく、首級たい)
異国合戦に向け、竹崎李長はそれだけを思った。
蛮夷の首を
その恩賞により地頭になること。
なによりもそれを望んでいた。
◇◇◇◇◇◇
壱岐での戦闘を終え、蒙古の侵攻船団は九州北部を目指し玄界灘の波頭を砕いていた。
冬の風を帆に孕み、白い
水の補給を専門とした給水船は三〇〇隻――
四万近く(兵力は二万以上)の人員と大量の水を消費する馬がいる。馬は水飼いといわれるほど、水を飲む。
長距離の走行に耐える馬という存在――二〇世紀中盤まで軍事輸送の主力であった――は、人間と同じように、大量の発汗で体温を調節できるからである。
だが、そのためには良質な水が欠かせなかった。
対馬、壱岐攻略は大きな理由は水の補給であった。
キントは高級指揮官といえる者を集めていた。
軍議――
もっと端的にいうならば「
高麗で緊急建造された「千料船」のうちひとつがいわゆる旗艦となっている。
前長三〇メートル、船体規模は一〇〇トンに達していた。
「高麗連邦」の新安沖で発見された沈没船がある。これは、商船ではあったが、同時代の船であり、日本進攻に使用された船と基本構造は変わらないと見られている。
船体中央の帆柱の下に館が作られていた。
その中に高級指揮官
中央にはかなり正確な地図が合った。
これは、いわゆる鎌倉幕府側の失態によるものであった。
蒙古帝国は国書を送る使節を何度も送っていた。
鎌倉幕府は大宰府に対しそも身の拘束を徹底しなかったのだ。
結果として、九州北部の地勢情報はかなりの部分明らかになっていた。
灯明皿の炎が揺れる。
決して広いとはいえぬ戦場の空間が揺らぐようであった。
「対馬、壱岐を制圧したことにより、後方の憂いはない」
全軍指揮官のキントは言った。
高麗兵を率いる
(一〇〇戸ほどの兵力を両島に残しておくべきだっのでは?)
今思ってもせん無きことである。
それを悩んでいた。
島を蹂躙したといっても、そこに兵力を残してきたわけではない。
倭が両島に戦力(戦船)を配置し、帰路を狙われたら?
そのような懸念は老将軍の胸中で
「そうですな。倭の兵が多少強いといっても、予想の範疇を超えませぬ」
洪茶丘は沈黙している金方慶を横目で視界の中に入れ言った。
(どんな予想をしていたのだ、この国賊は?)
高麗を裏切り早々に蒙古に寝返った男だ。
その存在が下種極まりなく、民族の誇りも忠誠心もないごみ以下の反吐のような存在であると、金方慶は思っている。
要するに、大嫌いなのだ。
「味方の被害は多かった。侮ることはできまいがな」
他の指揮官より頭一つ大きな男だった。
女真族の指揮官である劉復享――
肌から凶暴性が体液となり溢れできそうな男である。
「
対馬においては山岳森林戦で苦戦した。
ただ、結局のことろ、倭軍にとっては防御戦闘(よく言っても積極的防御)であった。
地勢を把握し、迂回戦術を使うこと。
兵数の優位を生かし包囲殲滅戦を行うべきと洪茶丘は考えていた。
中世基準であっても下種極まりない男であったが決して無能ではない。
無能な人間を将軍に据えるほど、蒙古の人事査定は甘くは無い。
(
洪茶丘は美麗の殺人人形ともいえる少女のことを思う。
女として男の欲望を吐き出せるようにはできていない。
やろうとすれば、洪茶丘ですら命の保障は無い。
が、
(ただ…… どうにも変な者が倭にはいるらしいが……)
対馬での遭遇戦につき
その他、生き残った兵から、鬼神が憑いたたのような倭人がいるという話もあった。
戦場によくある恐怖が生み出す幻であろうかと、思っている。
が――
(もしや、そのような者が……)
という針の先ほどの不安もあった。
小さくはあるが鋭いものだ。
「兵個々の強さはある。が、戦はそれで勝てるというものではない」
キントは言った。
対馬では狭い島が山岳地帯に占められていたという
「さて、上陸地点だが――」
キントは伊万里湾のある場所を指差す。
鷹島と呼ばれる地であった。
そこは、鎌倉幕府の統治拠点である大宰府からは遠い。
「大宰府を直接叩くのではなく?」
金方慶が言った。
この場所では、上陸時から進軍に手間取る。
(が―― いいのかもしれぬ)
地図を見つめ、金方慶は最初に浮かんだ思いを消す。
海沿いに街道はあるとしても、上陸時の脆弱さは対馬で晒している。
いかに兵の損害無く上陸できるか?
倭との戦闘はそれにかかっている。
(なるべく敵兵のいない場所へ、短時間での上陸―― これしかあるまい
「大宰府は陥す。が―― 近くへの上陸は避けるべきだろう」
キントは言った。
「この高地を占領し、陣容を構え、後に博多、そして大宰府に侵攻する」
重く、強い意志をもった言葉でキントは言った。
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