12.殺戮の宴

 対馬守護代・宗助国は戦狂い。敵の血に酔い、死に歓喜する武者である。

 これは鎌倉武士として極めて真っ当な感性であったし、当然のごとく鎌倉武家政権に無私の忠誠心を持っているわけではない。

 洋の東西を問わず、この時代の武力を持つものは、武力を上位権力に提供することにより、自分の土地の正当支配を担保されていた。

 また戦争になれば、新たな褒賞が得られる可能性もある。

 報酬があって初めて成立する忠誠が中世武士団の性質であった。

 いわゆる「ご恩と奉公」というものだ。

 その意味では、彼らは傭兵的な位置づけであり中央集権国家の常備軍、近代的な軍隊とは一線を画する。

 これは、中世世界において、戦闘に不利な要素にはなり得ない。

 彼らは日々、人殺しの方法を考え、人殺しの方法を研磨する存在だったからだ。


「さて、どれほどが来るか」


 ご馳走が運ばれてくるのを待つかのように宗助国が言った。


「ここまでは一本道なれば、海岸の兵がそのままかと、およそ五〇〇〇は」


 これも舌なめずりするかのように宗助国の息子である宋馬次郎が言った。

 猛獣の子はやはり猛獣であった。

 抑えきれない喜びの色が声音にあった。


「そうであるか、ではここに来るしかあるまいなぁ~」

「そうですな。父上」


 顔面を引きつらせ、笑みを必死に押さえ込む親子。

 血走ったまなこが佐須浦海岸の蒙古兵を見やる。

 蒙古・高麗の兵は列をなし山へ入っていっている。


 対馬の山道は狭い。

 兵ふたりが並んで進むのが限界であった。

 佐須浦方面へ徒歩で進出する場合、この道を使うしかない。

 五〇〇〇の兵が縦に伸び、兵力の優越を生かすことが困難である。

 前を歩く兵の間を一メートルとすれば、先頭と最後までは二五〇〇メートル以上の長さとなる。

 中世の兵器では全く持って同一の攻撃は不可能であった。


「ワシなら道などいかぬ。阿呆なのか奴らは」

 

 宗助国はそう口にしつつ、山中で敵が分散している可能性を考えた。

 だが、それでは厳原へは到達困難である。

 山中にいくつかの物資集積所はあるが、略奪可能な集落は無い。

 

「回り込むことはあると思うか?」

「少数の兵ならば、奴らの中にも山の中を歩ける兵がいないとは言い切れませぬ」

「で、あるか――」


 道なき山岳の森林中で大軍の移動は困難である。

 敵中であり、糧秣など物資移動もできかねる。

 しかし、少数のゲリラコマンドであればどうであるか。

 それはこちらの不利になるのか?

 宗助国は自軍の布陣を考える。

 切り落としたような斜面に面し山道を見下ろしている。

 背後は鬱蒼たる広葉樹林帯であり、大軍の侵攻は困難。が、少数――一〇人前後の兵であれば……


(可能かもしれぬ)と、宗助国は考える。


 だが、そこに警戒の兵をおく余裕は無い。

 

(ま、来たときは来たときよ……)


 一〇人ほどでも背後から突っ込まれると、危険である。

 が、対応できぬこともなかろうと、宗助国は思う。


「早く来るがよいわ」


 もういい。

 策はもういい。

 ここにいたっては、それは不純な雑念である。

 とにかく、殺す。首を狩る。根こそぎ殺しまくってやるのだ。

 宗助国の肌の下では凶悪な殺意が膨張し張り裂けそうであった。 

 蒙古軍、対馬上陸の三日目のことであった。


        ◇◇◇◇◇◇


「とっとと歩け! ごらぁぁ」


 言葉は通じなくとも、その語勢、この状況から何を言っているのかは分かるのだろう。

 倭人の捕虜は怯えた目をしながらも、歩を進めていく。

 首、手を木の枝と縄で縛りつけ、軍の先頭を歩かせているのだ。


「この島にはもっとお宝があるんだろうな」

「ひひひ、女もなぁ」

「ワシは子どもだ、子どもがいい」


 高麗の兵たちだった。

 生存可能限界の貧困の中で、蛆のように腐った大地の中で這いずっていた者たちだった。

 高麗は三〇年にもわたり蒙古の侵略に抵抗してきた。

 それは事実である。

 が、その原因は高麗王朝が民衆に犠牲を強いて、なんでもありの抵抗をしたことがその一因であった。

 多くの国は早々に降伏を受け入れている。

 しかし、高麗は違った。

 そして、その抵抗を勇猛さゆえにと全面的に肯定してしまうには、躊躇ためらう部分があった。

 

 一度、降伏を認めても、それを覆す。

 更に、派遣された蒙古の代官を皆殺しにする。

 王朝とその周辺の者だけ、島へ逃げ、民衆は蹂躙するに任せる。

 高麗の民衆は国から捨てられ、侵略者に蹂躙された。

 そして敗戦を受け入れてからも民は苦しむ。

 破綻国家以上の、地獄国家ヘル・チョウセンが朝鮮半島に出現していたのだ。


 蒙古の支配が苛烈であったという説が多くの者に信じられた時代があった。

「タタルのくびき」という治世の凄まじさを表す言葉もある。

 が――

 近年の研究ではこの説は否定されている。

 蒙古の支配はかなり寛容であった。

 一定の税さえ納めれば、宗教や社会制度への干渉は無かった。

 しかも、徹底的に実力主義であり、異民族であっても優秀であれば抜擢した。

 いわゆる「グローバル人材」を積極的に登用する国家であった。

 

 なぜ、そのような国家の悪評が高いのか?

 後年生まれた、有色人種モンゴロイドに対する白色人種コーカソイドの差別意識。

 シナ大陸政権の伝統であり既得権益であった科挙制度の破壊により、歴史を記録する文人たちの反発を招いたこと。

 また、自分たちの恐怖を過剰に演出し、宣伝戦により戦争を避け支配を広げるか、戦争そもののを有利にもっていこうとした面もある。


 高麗において民衆が貧困の奈落に落ちていたのは、中世における生産力の限界、高麗王朝の無策なども原因であった。

 そのことはなによりも民衆が感じていた。

 千年前の歴史であっても敏感な反応をする「高麗人民連邦」も元寇についてはなんら言及をしないことが、その傍証であると言ったら言いすぎだろうか。


 高麗兵の背景にはこのような中世世界史的背景があった。

 どのような背景をもとうが、餓えた貧民兵には関係ないかもしれない。

 今、彼らは尖兵となり、隘路あいろを進んでいた。

 その先は決して楽園に続いていなかっことは確実であったのにだ。


        ◇◇◇◇◇◇


「来たか! ひゃははははは! 来よったか!」

 

 狂躁的な、ひきつけるような嗤い声。

 宗助国は歓喜していた。まるで、女の肌を貫き、己が体液を中に放ったような快感に襲われていた。

 全身が震える。齢六八の筋肉が爆ぜそうになる。


「村の者を連れておりますな……」

「関係ないわ、殺せ、皆殺しよ。ぎぎぎぎぎぎ」

「承知」


 村の百姓? 漁師?

 そんなもん、いくら殺しても涌いてくるわい、と極めて中世的な思考を走らせる宗助国。

 捕虜になった時点で死んだも同じである。

 それは、息子も分かっていた。


「行け! 放て!」


 距離が詰まると同時に、宗助国は叫ぶ。

 強烈無比な和弓は引き絞られた弾性エネルギーを運動エネルギーに変換した。

 打ち下ろし、木々の間を抜け、風を切り裂き、鉄の鏃が殺到する。

 鋼と殺意をこもった凶悪な兵器が高麗兵を襲った。


「盾! 盾を――」

 

 声を上げた部隊長の戎衣を切り裂き、次々と矢が突き立つ。


「ごあぁぁぁ”!」

「倭兵だぁぁぁ!」


 貫通力の高い征矢にまじり、焼き物で先端の質量を増した雁股の矢が飛ぶ。

 幅の広い刃――

 やじりの先は六寸一八センチある。

 高麗兵の腕を吹っ飛ばした。

 くるくると血の尾を引いて宙を舞った。

 

「あははは、真っ赤なのだなぁ! 蛮夷の血が青くないのかぁぁぁ!」

「青いと気色わるうなりますな」

「そうよ! 血は赤い方がいい! ぎぎぎひひひひ」


 弓を絞るときに歯をかみ合わせ鳴らす。

 まるで牙を鳴らす捕食獣プレデターのようであった。


「あわぁぁぁ!!!」


 山道を外れ、林の中に逃げ込む高麗兵が続出した。

 しかし、そこも安全地帯ではなかった。

 

「おわぁぁ!! なんだぁぁぁ!」

 

 落とし穴であった。

 単純な罠だ。愚か者しかかからないようなありふれたブービートラップだ。

 しかし、その奈落の底には、斜めに切られた枝と馬糞が塗られていた。

 無数の高麗兵は膝下まで大地に飲み込まれ、絶叫している。


「傷薬つきよ――」


 断崖の上からその様子を見ていた僧姿の男がつぶやく。

 破戒である。

 馬糞を薬だなどと、微塵も信じていないことは確かだった。

 眼前で繰り広げられる、殺戮が楽しくで仕方ないという感じである。


「お坊様、これは?」


 作業に使役された百姓のひとりが聞いてきた。

 彼も眼下を見ている。その目は略奪者の目だ。

 死体からなにか剥ぎ取れる者はないかと探っている。

 百姓もまた、戦争のおこぼれにあずかりたいと思っているのだ。


「そろそろいいかよ。虎猿?」

「任せる」


 虎猿はただ矢で貫かれ、のたうちまわる高麗兵を見ていた。

 表情には歓喜も無ければ、悲哀もない。あらゆる感情を喪失した空ろな闇だけがあった。


 破戒の声があがり、縄が切られた。

 断崖といってもいい斜面を転がり落ちる塊。

 そこには、障害物が無かった。

 ゴロゴロと音をたて、転がっているのは鋭い木の枝が放射状に生えている者だ。

 岩にそのような兇器を結わえ付けたものだった。

 血まみれとなった高麗兵をさらに血の中に沈めても、その物体の運動はとまらない。

 反対側の木に当り、方向を変え蹂躙を続ける。


「いくか?」


 破戒が虎猿に声をかけた瞬間だった。

 六尺一八〇センチを超える異形の肉体が舞っていた。

 断崖に飛びこみ、切り立った斜面を蹴っていた。

 手には見るものを気骨をへし折るような巨大な刃が握られていた。

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