11.鳴動する両軍

 作戦は方向転換した。

 当初、宗助国が想定していた佐須浦強襲から、山岳での戦闘強要へと。

 そしてその決定から半日が経過。


 山中の拠点近くで宗助国は兵たちに配置を命じていた。

 佐須浦と国府のある厳原をつなぐ唯一の山道。

 陸路を使った侵攻を行うならこの道を通過する公算は極めて高い。


「佐須浦の敵は動いておりませぬ」

「そうかよ。なんぞ動けぬ理由でもあるか……」


 宗助国も、木々の葉の間より佐須浦が見える場所に歩を進めた。

 海岸にはひしめくように、蒙古・高麗の軍船があった。

 風が吹き、枝が揺れ、その視界の形が変わっていく。

 が、船が動いていないのは確かのようであった。  

 

「ここを蛮夷どもの死地にしてくれるわ」


 宗助国は血の色を滲ませる声を口の中で転がす。

 そこは山道を見下ろせる高地だった。

 しかも、佐須浦を見下ろすことができる。

 壁面は切り落としになっており山道から上ることは困難だった。

 

 もし、ここを蒙古、高麗の兵が通過したら――

 地形を生かし一方的に矢の雨を降らすことが可能であった。 


 宗助国にとって対馬での戦闘は防衛戦闘である。

 相手に出血を強いること、敵の侵攻を遅延させ時間を稼ぐこと。

 自分が行うべきことはあまりに明瞭であった。

 であるがゆえ、国府を捨てざるを得なかった(一時的とはいえ)ともいえる。


「蒙古軍の船は動いていない」と、いう現実は宗助国を安堵させる。

 しかし、今後も動きださない保障はないが、早々に物資を山中に移動させて正解だったと宗助国は思う。

 兵を分け二方面での戦闘を強要されると兵力数の差がもろにでてしまう。

 現時点で、厳原に回り込まれていると非常に厄介だった。

 その恐れは無くなっていた。


「勝てるわ。この戦勝てる……」


 獰猛な笑みを浮かべ宗助国は言った。

 敵の死を希求してやまない男ではあったが、それはあくまでも勝利があってこそだ。

 死の美学、敗北の美学など微塵もありはしない。

 負けてしまえば糞のようなものである。

 

「さて、銭相応の働きはしてもらおうか」


 宗助国は虎猿の後姿を見ながらつぶやく。

 山中で配置につく兵の中、虎猿、伊乃、破戒の三人もいた。

 宗助国は三人を銭で雇った。

 鎌倉時代――

 土地支配をめぐる私戦闘にあけくれた時代である。

 彼らのような武を売る傭兵的な存在は珍しくは無い。

 宗助国の手勢が大きく数を減らしていたのも虎猿たちを雇った理由になっていた。

 蒙古上陸軍との戦闘はやはり深手であった。

 山岳戦闘に参加できるのは、せいぜいが一〇〇人といったところだ。

 敵陣から捕虜を分捕ってくるほどの虎猿の力は使えるだろうと、宗助国は思った。


「殿」

「なんだ?」

「この者が百姓を借りたいと」

「ふん、なんだと、百姓をか」


 家来の一人が破戒を脇に置き、宗助国に言った。

 見るからに胡散臭そうな層業の男だ。

 乞食聖流浪僧にしては顔が脂ぎっている。

 

「怨敵退散の祈祷、祈願でも行うのかよ」

「ワシはそんなことせんのでなぁ」

「せぬのか?」

「あんなものは、なんの意味もなきこと。坊主どもの褒賞欲しさの嘘よ」

「ほう」


 面白い者を見たように宗助国は声を上げた。

 鎌倉は全国の寺社に対し、怨敵退散の祈祷を行うように命じていた。

 当時の人間の戦争観とは、人の戦が地上で行われ、神々の戦が天上の世界で行われているというものだった。

 神の戦に助力するのが、祈祷であり、神の戦の結果が地上に反映する。

 ――教養のある人間にとっての戦争とはこのようなものであった。


「言葉で敵を殺せるなら、弓も刀もいらぬが道理よ」


 この世の理を真っ向から否定する破戒。

 その言葉に、ニッと宗助国は笑った。 


「面白い。で、百姓か?」

「ちょっと戦前の仕掛けを手伝って欲しいだけよ」

「仕掛け?」

「敵を往生死なすためのな」


 付近の村から一〇〇人以上の百姓を引っ張ってきたが、戦闘要員ではない。

 戦に必要な兵糧、矢などを運び込み、陣地構築の人夫要員だった。

 生い茂る木々の間では、百姓たちが作業をしていた。

 土を掘り、盛り上げ、枝を置いていく。

 山城というよりも、後世の視点では「野戦築城」とも言うべきものであった。


「いかほど必要かよ?」

「一〇人ほどですな」

「ふん、よかろうさ――」


 百姓をどう差配するかにさほどの興味を持たぬかのように宗助国は言った。

 

「では、使わせていただきまする」


 仏法から程遠い俗物丸出しの表情で破戒は言った。


「よろしいのですか? 父上」

「かまわんさ、なにやら面白き物を見せてくれそうよ」


 宗助国は、声をかけてきた息子・宋馬次郎に言った。


        ◇◇◇◇◇◇


 破戒は百姓を連れ山道に降りた。

 木々に縄を張り、切り立った斜面を降りていったのだ。

 山道を使って降りていては半刻一時間はかかるであろう。

 破戒は宗助国の主隊が布陣する上を見た。


「確かに登るのは難しかろうが―― 降りるのはさほどでないな」


 パンパンと僧衣についた土ぼこりを払って破戒は言った。

 

「お坊様、ワシ等は何をすれば……」

「ああ、穴掘りと、草いじりと、そうだな縄はある……枝拾いか」

「はぁ……」

「さて、面白いものを見せてやろうか」


 どす黒い脂ぎった笑みを浮かべ破戒は言った。

 仏法を説くものとは全く思えなかった。

 そして、百姓たちは、破戒の指示に従い作業を始めた。


「動きがあったぞ!! 敵が動いとる!!」


 見張りの者が声を上げた。

 佐須浦の海岸――

 敵の橋頭堡で動きがあったようだった。

 無数の三角形の旗がたなびいている。

 相当な兵力を―― おそらくは五〇〇〇以上か……

 投入してくるつもりであった。


 巨大な兵力を誇る蒙古・高麗軍が鳴動を開始した。

 迎え撃つ、対馬防衛の兵力は一〇〇にも満たなかった。


「き、来たかよ、皆殺しにしてくれるわ~」

 

 声が歓喜に震えていた。

 宗助国は血走った兇器の双眸を海岸に向ける。

 餓えた捕食獣のようによだれが垂れ、顎鬚をぬらす。


「首ひとつ銭一貫文。本当にいいのかい?」


 虎猿だった。

 暗い双眸で後ろから宗助国を見つめていた。 

 宗助国を血に餓えた獣というなら、虎猿は闇に塗られた巨大な刃のようであった。


「銭はある。獲れるだけ獲れ、狩りまくれ」

 

 後ろを振り返り、異様な気配の男を見やる。


「承知した――」


 破格の質量を持つ肉体が風のように動いた。

 

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