第3章 ひかりの子どもたち

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 新幹線と在来線を乗り継いで駅に着くと、すでに智子が到着していた。あいかわらず辺鄙な駅で、周りには山しか見えず、智子はたったひとつしかないバス停のベンチに座ったまま、ぼんやりと空を眺めていた。

「智子ー! ひさしぶり、暑いね」

 あたしはそう声をかけ、智子に駆け寄る。智子はあたしを見つけると、わずかにはにかんで、

「ひさしぶり。まあ、京都とかユダのクソ夏に比べたら、大したことないけどね」

 と言った。半袖にジーンズというあいかわらずボーイッシュな服装だったが、髪を肩まで伸ばし、眼鏡をしていないのが分かった。化粧もうっすらとしている。智子は照れ屋なので、そのことには触れなかった。それに訊かなくても智子の変化の理由はなんとなく分かるし。

 智子はあれから京都に引っ越し、太秦にある映画の製作会社で働いているという。大きな会社でも有名な会社でもないが、コアな邦画を好むサブカル界隈では評価が高く、京都市内のミニシアターでは連日満員だそうだ。

 智子の近況報告を聴いているうち、ロータリーにピンク色の軽自動車が走りこんできた。やたら可愛らしいハッチバックの車体をメール添付の写真で見たことがあったので、恵子の車だとすぐ分かった。運転席では恵子がにこやかに手を振っている。

「美子! 智子さん! 遠いところお疲れー。ポカリ買ってあるから飲んでいーよ」

 恵子はあたしたちのそばに車を横づけして、ウィンドウを開けるとあたしたちにそう笑いかけ、後部座席に座るよう促した。クーラーの冷気に誘われるまま、あたしたちは「暑い暑い」と文句をたれながら車のなかに身体を滑り込ませる。座るなりドアを閉め、ドアポケットからポカリスエットのペットボトルを取り出し、ふたをひねったあと、ぐいっとのどに流し込んだ。

「なんなのこのポカリ、冷えてないじゃん。もったいないなあ」

 智子がそう言って声を荒げた。

「しゃあないやんこのへんお店ないねん。熱中症になるねんからありがたく飲んどきや。ほどよい人肌の温度やんか」

 恵子はすぐさまそう言い返し、ハンドブレーキを下げた。

「はっはっは、人肌て。赤ちゃんのミルクか」

 久々に聴く智子と恵子のやり取りが楽しくて、あたしはそうツッコミを入れた。

 恵子はクラッチを踏み、慣れた手さばきでギアをローに入れた。

「恵子ちゃん、マニュアル車乗ってんの? いまどき?」

 智子が興味しんしんといった様子で運転席を覗き込み、そう尋ねる。彼女はこういうメカニックなギミックに目がない。

「四気筒やし、マニュアル車のが速いねん。びゅんびゅん飛ばすで。よう捕まっときや!」

 恵子はそう言い、アクセルを思い切り踏んだ。車は狭いロータリーを急加速で飛び出す。つよいGがかかって身体が席に圧しつけられた。智子はうれしそうな悲鳴を上げる。助手席では骨壺が揺れた。

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