第2-48話 見られたくない

 それからしばらく、私たちはなんでもない時間を過ごしていた。マナの知識は広く深い、海のようだった。たいていのことは知っていて。何でも教えてくれた。


 新しいゲームが発売するとか、あの音楽がいいとか、あそこのお菓子は可愛いとか──美味しいではなく。


 魔法についての突き詰めた話で盛り上がったり、個人で所有する貴重な魔法具を見せてくれたり、棚に並んでいる本をめくったり。


 体力をつけたいと言ったら、ランニングマシンを出してきてくれた。最初、一番速い速度に設定されたときには、思わず殴りそうになったけれど。


 なんやかんやと過ごしていると、扉がノックされた。自然と体に力が入る。


 しかし、マナは声で開くはずの扉を、手で開けた。


「お風呂の用意ができました」


 マナは黙って頷き、私の方を振り返る。一緒に入ってくれないと、バラしますよ、とでも言いたげだ。


「はあ……」


 周知されると、色々と面倒だ。だが、一緒に入るのも、それはそれで、これ以上ないくらい、面倒だ。


 そんな葛藤を胸に、私は眉間のシワすら忘れて、とりあえず、マナについていくことにした。


「マナ様はお手入れに時間がかかりますので、しばらくお待ちください」



 使用人の一人にそう言われて、私は浴室の外の椅子に座り、待ちほうけていた。大量の使用人が一緒に入っていったが、まさか、王女は自分で体を洗わないのだろうか。いや、本当に、そうかもしれない。


 そのとき、急に両肩を叩かれ、私は反射的に体を震わせる。


「まなちゃ、やっほっ!」

「ああ、れなね。驚き損だわ」

「驚いてもたいして損にはならないよん。あたしは、まなちゃの驚き顔が見れて得だけどねー!」

「相変わらず、一人でぺらぺらと喋るわね……」

「あたしね、偉大なる大賢者様だから、お祭りの前日からお城に招かれてるんだー」

「聞いてないんだけど」


 まあ、どうせ一人でいても、シニャックとあかりと一緒にいるであろうまゆのことが心配になるだけなので、気を紛らわすにはちょうどいい。私は右腕をなぞり、ため息をつく。


「──それ、見られたくないんでしょ?」

「……!?」


 その言葉の意味を遅れて理解すると同時に、私は咄嗟に、れなの顔を見上げる。自分がどんな顔をしているかなんて、分かりもしなかったし、考える余裕もなかった。


「あたしがまなちゃに変装してあげよっか?」


 私はれなの全身を上から下まで眺め、どこにも似ている要素がないことを確認する。とはいえ、れなくらいの魔法使いであれば、魔法でなんとかできるだろう。感覚で分かる。


「大丈夫なの?」

「こー見えてもあたしぃ、お姫ちゃんと仲いいからさー? ばれてもへーきへーき」

「でも──」


 なりすましがばれたら、声のことを知らされるのではないだろうか。そうなれば、最悪、投獄される恐れがある。


「声のことならダイジョーブ。お姫ちゃんは、まなちゃを困らせることはしないから」

「十分困ってるわよ」


 ウケるー、と笑うれなに、私はしばし、瞑目し、結論を出す。


「報酬は何がいい?」

「おっ、話が分かるまなちゃだね! 報酬はー、んー、あ! あたしの手紙を、ちゃんと読んでくれること!」

「面倒ね……」

「ありがたーいお告げが書いてあったりするんだから。ちゃんと読んでよー?」


 そうして、私はれなに、お金を少し渡される。


「ここから通りを三つ、外に真っ直ぐ向かって、左に曲がると、右手にシャワールームとドライヤーを借りられる場所があるから」

「お金なんて別に──」

「いいからいいから。お年玉だと思って、ね? ほら、早く、行った行った!」


 れなは親戚のおばさんか何かなのだろうか。とはいえ、私はその優しさに甘えることにした。


 そして同時に、自分の弱さをこれでもかというほどに痛感し、自戒の意を込めて、右腕を痛いくらいに強く握った。

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