第2-32話 早く寝たい

 裏通りを曲がりくねりながら進み、ようやく、れなは、ある建物の前で立ち止まった。


「ここは──?」

「あたしの家の一つ。今日はここなの。あ、さっきのもあたしの家ね。何個かあって、日替わりで使ってるの」

「へー」


 れなは、「もう少し興味を持ってくれてもいいじゃないかー」と拗ねた様子を見せながら、ノックする。少しして、扉は内側から開かれた。


「たっだいまー!」

「おかえり、れな。──いらっしゃい、お二人さん」


 そこには、やせぎすな男がいた。男は柔和な笑みを浮かべ、私たちを招き入れる。


「どうぞ」

「お邪魔します」

「失礼しまーす」


 私はリュックを少し揺すり、まだ起きないのかと、まゆを催促してみる。──起きる気配はない。


「えっと……」


 灰色の髪に瑠璃色の瞳の男だった。自然な笑みは、見ていて不快にならず、顔はいかにも体調が悪そうな青白さで、なんとなく、不思議な雰囲気の男だった。


「ぼくのことはお気になさらず。どうぞ、話を進めてください」


 男は立ちあがって台所に立つと、何やら作業をし始めた。この家もこぢんまりとしていて、狭い一部屋ながら、台所やお風呂場、洗面台に冷蔵庫と、生活感がある。


「えっと、今のは……?」

「あの人はシニャック。まあ、彼のことは気にしなーで。それで、早速だけど……喉渇いてない?」


 そう言われると、急に喉が渇いたような気がしてきた。私たちが返事をするより先に、シニャックが コップを持ってきて、お茶を注いでくれる。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 私は目の前に置かれた冷たいお茶を、コップ半分ほど飲み、そっと、息をつく。一方、あかりは、レックスに眠らされたため、警戒しているのか、すぐには口をつけなかった。


「それでは、これより、お姫ちゃん救出作戦を開始します!」

「お姫ちゃん……?」


 マナのことをそう呼んでいるようだが、変なあだ名をつけるのが趣味なのだろうか。とはいえ、これでも大賢者だ。マナと知り合いであったとしても驚きは少ない。


「お姫ちゃんはお姫ちゃんなのよん。とりあえず、今日は説明だけしておくねん。焦る気持ちは分かるけど、体力がないと、負けちゃうでしょ?」


 そうして説明を聞いた後で、私たちはお風呂も貸してもらって、部屋の隅に窮屈そうに敷かれている布団に入った。決して広い部屋ではないのに、男女を離そうとしたばかりにこうなっている。


 まゆはまったく起きる気配がなかったので、リュックから転がして、そのまま布団に寝かせた。あかりの髪は乾かすのが大変そうだと思っていたが、なんと、魔法で一瞬だった。慣れている。


 布団は三つ用意してあり、私とまゆ、それから、


「まなちゃ、一緒に寝よっ!」

「げっ。狭い……」


 れなの三人が同じ布団で寝ることになった。れなは寝るときまでフードを被っていた。寝づらくないのだろうか。


「ねえねえまなちゃ、好きな人とかいないの?」

「は? いないわよ。あんた、小学生?」

「えー? じゃあ今までは?」

「いないわね」

「えー、つまんなーい!」

「早く寝なさいよ……」

「じゃあじゃあ、面白い話をしてあげよう。お姫ちゃんと憎き恋敵のことなんだけど──」

「れなさん? 勝手に話さないでもらえる?」


 部屋の反対の隅で横になるあかりが、そう割り込んでくる。まったく興味がないかと言われると、そういうわけでもないが、今は早く寝たい。


「いいや、今しかないでしょ!」

「れーな」

「……えー」


 勢いのまま話そうとするれなだったが、シニャックに名前を呼ばれると、静かになった。あの男、強いらしい。


「まなちゃ、学校は楽しい?」

「まあまあ」

「部活とかは?」

「やってない」

「じゃあ、放課後何してるの?」

「勉強」

「えー! 何それー! もっと、ワイワイキャッキャしようよー!」

「れーな。もう寝るよ?」

「……はい」


 よくしつけられているなと感心した。まるで、子犬のようだ。


 その後、静かになった部屋で、私はすぐに眠りについた。

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