第2-19話 平穏な日々を送りたい
「それじゃあ、あたしは先に行くけど、……本当に大丈夫なの?」
私は昨日、わざわざ買いに行ったリュックにまゆを入れる。
二日間、誰もいなくなるので、さすがに置いていけないと判断したのだ。とはいえ、まゆは羽のように軽いので問題ない。それに、昨日、肩掛けの鞄の中身も確認されなかったと記憶している。おそらく、門に取りつけられた魔力探知器で確認しているのだろうが、私に触れているものはすべて反応しない。
道具よりも魔法の方が危険であるとはいえ、先の爆発事件を考えると、もう少し厳重に調べた方がよいのではないかとも思うけれど。
「うん、後から行くって。大丈夫大丈夫」
「オレも別で向かう。今日は、二つ門を越えたとこで落ち合うのが目的な。一人で突っ走らないように」
「ええ、それじゃあ」
あかりに下まで降ろしてもらい、私は城に向けて出発する。リュックにはまゆの他に、あかりが作った弁当と水筒、それからトンビアイスが入っている。
スムーズに進んでも、到着までに三時間ほどかかる上、着いてから二人を待つ間、どこかの店でご飯を食べるほどのお金は持っていない。新幹線で使い果たした。切符は往復で買ってあるので帰りの心配はしていないけれど。
「これじゃあ、外の景色が見えないー」
「頑張って目を凝らせばリュックくらい透視できるでしょ」
「にへへ、そんなこと、できないってー。ねね、ちょっとだけ見てもいい?」
「ダメ。もし見たら、トンビアイス、あたしが全部食べちゃうから」
「えー!」
「大声で叫ぶのも禁止」
「はーい……」
どう考えても違法行為なので、まゆがリュックに入っていると、気づかれるわけにはいかないのだ。
こんな風にまゆと歩いていると、何か起こるのではないかと、つい身構えてしまう。だが、さすがは王都というべきか。たいていの問題は付近にいる兵士が解決してくれる。祭りだからか、その数は昨日よりも圧倒的に多い。ごつごつした格好をしていて、暑そうだ。
──話は変わるが、女王の歌声から蜜を取って、ハニーナというモンスターに捧げるこの祭りは、蜂歌祭(ホウカサイ)と呼ばれている。また、女王の歌声から採った蜜を、ボイスネクターと呼び、この世で最も甘美な味わいを持つらしい。昨日レックスから教えてもらった。
「ハッチさんハッチさん可愛いハッチさんぶんぶんぶん……」
まゆはずいぶん機嫌がいいようで、ずっと即興ソングを小声で歌っていた。これ以上、咎めるのも可哀想だと判断し、私は静かにさせることを諦めた。
「やっぱり、ほとんどの人は自転車で移動してるわね……」
昨日、馬よりも多く見かけたのが、自転車だった。レックスに所持していないかと尋ねると、自転車なんて遅いものは持っていない、とか言い出した。普通に持ってないだけでいいだろうに。まったく、ろくでもない大人だ。
「それにしても、あたしの周りって、何か色々起こりすぎじゃない?」
「すぴー」
歌が聞こえないと思ったら、どうやら、まゆは寝てしまったらしい。どれだけ寝るんだろうか。
「それにしても、さっきから、迷子とか、馬車にひかれそうになったりとか、チンピラとか……。ここってそんなに治安悪いの……?」
兵士たちに気をとられながら歩いていると、後ろから歩いてくる人にぶつかられた。
「あ、すみません」
とっさに私は謝ったが、その人物は何も言わずに、その場を走り去っていく。何か怪しいと、盗られたものがないか調べて、すぐに気がついた。
「指輪──!」
確かに、昨日の朝、親指にはめたはずだ。先ほどまであったかどうかは確信が持てないが、今盗られたのだとしたら、まだ見失っていない。追いかけるか、先を急ぐか──、
「他にも被害に合ってる人がいるかもしれないわ。追いかけないと!」
迷っている間に、影は遠くの方まで走っていってしまった。だが、流れに逆らって進んでいるため、速度は遅い。それは私も同じなのだが。
「一周してるから、逆に進んだ方が、いや、でも……」
「まな、近くの兵士さんに報告したら?」
「そうね、そうするわ」
私の声で起きたのか、まゆがそう冷静に提案してくる。確かに、それが一番、合理的だ。私は近くの兵士に相談する。逆らって進んでいるようだということは伝えたが、服装や顔立ちは、ほとんど覚えていなかった。
報告後、もう一度、辺りを見回したが、上手く人混みに紛れ込んだのか、見つけることはできなかった。
「……とりあえず、門を通るわよ」
親指をなぞると、盗られた悔しさが込み上げてきた。そして、ただ、犯人が捕まることだけを祈りながら、私はその場を後にした。
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