第5-8話 城に泊まりたい

 私たちは代理の王であるエトスと現女王への報告を終えた。話もついて、さあ、ノアへ帰ろう、としていたときだった。王様がこう言った。


「せっかくの機会だ。泊まっていけ」

「泊まりません。わざわざ部屋を準備させるおつもりですか?」

「まあまあ、そう気を使わなくても。急ぐ用事があるわけでもないでしょうし。ね?」


 王様に対して当たりの強いマナを、モノカが優しく説得する。


「あかりさんを一人残して来てしまったので、心配です」

「言われてみれば、今日はあの鬱陶しい虫が見当たらないな」

「黙って来ました。私とまなさんが行くと言ったら、絶対についてくると言って聞かないでしょうから」

「ふむ、実に愉快だ。あんなやつ、心配させておけばいい」

「それはいいすぎでは? 昔から、マナのことになると、お兄様は本当に周りが見えなくなりますね。ふふっ」


 それを現女王はニコニコと笑顔で見つめていた。私はいつものように、マナにくっつかれていた。そのため、リュックは前にかけていた。そうして、エトスとマナの間に挟まれているので、どうしてよいか分からず、人形のように振る舞い、気配を消していた。


「まなさんは、どっちがいいと思いますか」


 静かにしていたのに、結局こうなる。ここでマナの敵に回ると厄介そうだ。しかし、味方についたとしても、それはそれで、エトスが面倒そうだし。


「……」

「まなさん?」


 マナに頬をつつかれる。どうしたものかと、悩んでいた、そのとき──扉が開かれ、エトスのもとに兵士が走り寄り、膝をついた。


「陛下代理、ご報告です! トイス第二王子が、意識不明の重体で、搬送されました!」


 一同に動揺が走る。もっとも早く、動揺から立ち直ったマナが質問を投げかける。


「……トイスは確か、時計塔の周辺を警備していましたよね?」

「はい。時計塔を狙う何者かと交戦したようです」

「敵はその後どうなりましたか?」

「はい。鳥に姿を変え、飛び去ったのを何人かが目撃しています」

「誰か行方を追っている者は?」

「それが……、全員振り切られてしまいました」

「セレーネもですか?」

「はい……。申し訳ございません」


 セレーネというと、ルナとともにマナの部屋の警備をしていた記憶がある。使っていた武器は、確か、レイピアだ。あれは速かった。


「それから──」

「そんなことよりも、トイスはどうなったのですか!?」


 モノカがマナの言葉を遮り、兵士に問いかける。


「……はい。現在、意識不明の重体でして、緊急手術が行われております」

「マナ、あなたは、世界一の魔法使いでしょう? 早く、トイスを助けに向かわれては!?」


 トイスの命よりも先に敵の心配をした上、決して動こうとしないマナの姿勢に、モノカは憤りを見せる。しかし、マナは首を横に振った。


「なぜです!?」

「──他にも多数の犠牲者がいる。そうですね?」


 マナの問いかけに、兵士は返事をする。


「……はい。トイス様には王都一の医者たちがついておりますが、他にも多数負傷者がおり、手が足りておりません。まだ、現場に残っている者たちも──」

「現場に案内してください」

「し、しかし……」

「優秀な医者がついているのなら、私の力は必要ありません。そのくらい、説明せずとも分かるようになりなさい」

「は、はい、申し訳──」

「今、あなたがすべきことは、謝罪でも、反省でもありません。お分かりですね?」

「──はっ。すぐに、ご案内いたします」


 やはり、トイスのこととあって、マナも気が立っているようだった。謝罪を遮られた兵士が、少し可哀想だった。


「まなさんも一緒に来てください」

「ええ、もちろん」


 現場である森は、酷い有り様だった。全身を切られて出血多量。四肢の一部を損傷、切断。脳ミソがむき出しになっている者や、胴体や首が真っ二つにされている者などもいた。一目で、即死だと分かる。


「急ぎましょう」

「ええ」


 マナが傷の深い者から魔法で治していく中、私は魔法なしでも手当てのできそうな者に絞って、片っ端から対応していく。傷口を縛り、切断された四肢を氷水で冷やし、足を高くして血液の流れを整え、毛布をかけ、時に、動ける兵士たちに指示を出した。


「心肺停止、瞳孔反射も……ないわね──どうか、安らかに」


 救えなかった命に手を合わせ、次の負傷者の元へと向かう。立ち止まっている暇はない。


 ──だが、やはり、魔法はすごい。千切れた腕も、パーツが揃えば繋げられる。全身の傷も止血しなくても治せる。


 どれだけ知識を磨いても、決して、魔法には敵わないのだと思い知らされる。とうの昔から知っていることだけれど。


 そんな作業が、一日中続いて、全員の容態が落ち着く頃には、すっかり夜になっていた。私にできることがなくなった後、先に休憩しながら、マナを待っていた。

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