第2-5話 仲良くなりたい

 何もかも奪われる。何にも手が届かない。何の意味もない。足掻くことも、手を伸ばすことも、救いたいと願うことも。全てが、水泡だ。ならば、いっそ──、


「あかり。マナを探しに行きましょう」


 僕が見つめた先にいた少女は、しかし、そう言った。多くの命が消えるのを見て、それでも、真っ直ぐ前を向いていた。手を合わせ、亡くなった命に祈祷し、それでも、まだ失われていない希望に手を伸ばす。──彼女は強いから。


「……どうやって?」

「魔力探知なら、居場所が分かるでしょ?」

「この広い国から、たった一人を探せって? いや、無理でしょ」


 固いアスファルトの地面に手足を投げ出して、僕は黒い空を見上げる。確かに、魔力探知は探したい人を探すことができる。だが、どこにいるか見当もつかないのに、一体、どうやって探せというのか。十分もあれば、マナをさらっていったあの忌まわしい人物は、おそらく、世界のどこにでも行ける。


「じゃあ、あんたは、マナのことを諦めるのね」

「──ああ、そうだよ。僕なんて、諦めがいいところくらいしか取り柄がないからさ」

「……とても、そんな風には見えないけど」

「いやいや。宿題だってやらないし、授業中はずっと寝てるし、帰宅部だし。どう見たってそうでしょ」


 自分のことなんて、本当は、自分じゃよく分からない。だが、根気がないのは確かだ。やろうと思っても宿題すらできない。睡魔には簡単に負ける。部活は、続けられる自信がなかったから、入らなかった。僕はただ、それだけの、意志の弱い人間だ。


「は? 何言ってんの?」


 しかし、まなちゃんは、無理解を顔に示していた。肯定するだけの要素はあったはずだが。


「ティカ先生にあれだけ怒られて、それでも宿題やってこないのはあんただけよ。どうせ、お金積まれてもやらないでしょ? やりたくないから、それを貫き通す、なんて、簡単にできることじゃないわ。まして、宿題なんて、やって当たり前なわけ。分かる?」

「えっーと……それは、宿題をやらなくてもいいってこと?」

「は? やらなきゃいけないに決まってるでしょ。馬鹿なの? ノア学園高校はあれでも一応、国内随一の進学校なわけ。言っておくけど、あんた、相当ヤバイやつって認識されてるわよ?」

「だって、やりたくないからさ。それに、まなちゃんにだけは言われたくないなあ……」


 彼女ほどクラスから浮いた人間も他にいない。まあ、理由は様々で、仕方のない面もあるが。


「それから、授業中も、よくあんなに堂々と寝れるわね。反省してるふりもできないわけ?」

「反省はしてるよ! ただ、聞いてても全然分からないし、眠いなら、寝た方が良くない?」


 まなちゃんは、眉間のシワを揉んで、ため息をつき、


「はあ……。それで、帰宅部? 部活なんて個人の自由でしょ。色んなところから勧誘されて断ってたみたいだけど」

「最初からやる気なかったからね」

「要するに、あんたは頑固なのよ」

「え?」

「やりたくないことはやらない。やりたいことはなんとしてでもやる。人の目とか意見とか、そんなの全く気にしない。そういうやつなのよ」


 確かに、そういう側面があることは否定しないが……果たして、どういう反応をするべきなのか。


「えっと……ありがとう?」

「は? 本当に馬鹿なの? あたしは、そういう頑固なところが面倒だって言ってんの。分かる?」

「まなちゃんにだけは言われたくないなあ……!」


 この子ほど、融通が利かない子もいないと思う。なんやかんやで、一度も宿題を見せてくれたことはないし。ティカ先生の授業なんて、十回くらい頼んだのに。いや、まだ九回だっただろうか。あれ、何か大切なことを忘れている気が──。


「あたしは自分が正しいと思うことをするだけよ。あんたと違って宿題もやるし、授業中に寝るなんてもってのほか。部活よりもやりたいことがあったから、入らなかっただけ。分かる?」


 そういうところが、正論すぎて嫌いだ。


「あー、もう! 絶対、まなちゃんの方が面倒くさいって!」


 僕は上体を起こし、やっと見れるようになった、まなちゃんの顔を見上げる。


「どうせあたしが何も言わなくても、あんたはマナを助けに行くんだから、さっさとしなさいよ」

「多分そうなんだろうけどさ……え。なんでそう思ったの?」


 彼女は他人に興味がなく、そのくせ、かなりのお人好しという、なかなかに理解しがたい存在だ。それが、どうして、僕がマナを助けに行くと思ったのだろうか。


「はぁ? 分かんないわけないでしょ? あんたたち、すっごく仲良しじゃない」


 仲良し。その言葉を僕は脳内で繰り返し──、思わず、吹き出した。


「僕とマナが仲良し、ね。ふはっ」

「うわ、感じ悪……」


 僕は地面に手をついて立ち上がり、砂を払う。


「はははっ、仲良し、はないって! だって、僕とマナ、仲良くないから!」

「そうは見えないけど?」

「昔は仲良かったけど、今は全然。ほら、言ったじゃん? 着信拒否されてるって」

「そういえばそうだったわね……」


 電話以外にも、メールやアプリなど、連絡が取れるものはご丁寧に、すべてブロックされているのだから、笑える。唯一、念話なら届くかもしれないが、かけてくるなと言われているし、あの様子だと、当分、気を失っていそうだ。どのみち、魔力も枯渇していたし。


「さあ、どうしようか? まなちゃん?」

「どうって……。とりあえず、ここにいても仕方ないわ。宿舎に戻りましょう」

「そうだね」


 彼女も困惑しているようだったが、気が狂いそうな僕よりはよっぽど落ち着いているだろうと、判断を任せることにした。

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