第2-3話 また来たい
「レシートはご入り用ですか?」
「結構です」
「ありがとうございましたー」
早々とインクを買い、私は店頭のパネルを観察していたまゆを回収する。
「お姉ちゃん、帰るわよ」
「えー! もっと色々見たいー!」
「最初からその約束でしょ?」
「えええええ」
子どものように駄々をこねるまゆと、それを叱る小さい私。──周りからの視線が痛い。とはいえ、まゆはおそらく、十歳くらいに見えているだろうから、微笑ましい姉妹、くらいに思われているかもしれない。実際は十八の姉と十六の妹だとは誰も思わないだろう。
そのわりに、皆、目が笑っていないけれど。
「仕方ないわね……。本当に、少しだけよ?」
「やったー!」
ショッピングモール、アルタカ。その文房具売り場を離れ、私たちは適当な店を見て回る。いつもいつも、妹である私の方が譲っている気がするのだが、そんなことを言っても、何かいいことがあるわけでもないので、心の内にしまっておく。私は特に行きたいところもなかったので、まゆに引っ張られるまま、その後をついていく。
「それにしても、無駄に広いわね」
三階建てで横に連なるショッピングモール。屋上と一階に駐車場があり、店舗数は五十を超える。出入り口は、屋上に五ヶ所、一階に三ヶ所の計八ヶ所。ここより広いモールなどいくらでもあるだろうが、私からすると、これでも広すぎるくらいだ。服を売っている店や小物を売っている店が多数あるが、まったく違いが分からない。
「まな、これ着てみたら?」
それは、白い服が返り血を浴びたようなTシャツで、随所にリアルな虫が各種、緑色でプリントされていた。
「赤と緑……なかなかいいセンスね」
「お、買っちゃう?」
「今月はこれ以上無駄遣いできないわ。見るだけにしましょう」
「はーい」
服以外にも、色々なものを見た。見るだけだったが、まゆはそれでも楽しそうだった。私は疲れただけだったけれど。
「疲れたぁ……っ!」
「お疲れ様ー」
一時間ほど見て回っただろうか。買い物でこんなに疲れたことはない。しかも、ボールペン以外、ほとんど何も買っていない。
今、私はフードコートで、ボールペン以外で唯一購入した、アルタカアイスを食べて休んでいた。まゆは断然、トンビ派らしく、アルタカに浮気はしないとのことだった。私に言わせればどちらもアイスであり、たいして変わりはないと思うのだけれど。
「これ食べたら帰りましょう」
「えー、全然足りないー!」
「ちょっとだけって言ったでしょ? もう全然ちょっとじゃないし」
「えー!」
「今日はずいぶんとワガママね……」
アイスを口に入れ、舌で溶かしながら考える。思えば最近、あまり構ってやれなかったかもしれない。その反動が来たのだろう。とはいえ、今は学校があるので仕方ないのだ。
「はいはい。また今度来ればいいんでしょ」
「やったー! にへー」
そのとき、私はまゆの後ろを通る影に目を奪われた。
夏も近づくこの頃に、フードを被り、長袖、長ズボンを着用。全身黒ずくめ。手をポケットに突っ込み、辺りをキョロキョロと見回し、いかにも怪しい格好だ。店を見に来たようには思えないが──、
「まな?」
「……まあ、見た目だけで判断するのは失礼ね」
ふと抱いた違和感を、甘いアイスとともに、喉に流し込んだ。
「キーン……」
冷たさが脳に染みた。
──それから三十分ほど休憩して、体力と頭痛が回復した私は、エスカレーターに乗り、ゆっくりと一階の出入口へ向かっていた。三つあるうちの、一番宿舎に近い方だ。そちらに向かう間も店を見て回ろうと思っていた。
ふと、まゆが立ち止まり、手を繋いでいる私は歩みを止められる。
「ねえ、まな。あれ、すっごく嫌な感じがする」
「……本当ね」
店の間に、黒い直方体の箱のようなものが置かれていた。明らかに怪しいと判断し、私はサービスカウンターで事情を話し、警備員を呼んでもらった。
「これなんですけど……」
「どれですか?」
「え? この、黒い箱……。もしかして、見えてませんか?」
「はい、何も見えませんが……」
警備員の顔が厳しいものに変わる。それも、仕方のないこと。私は実際より幼く見えるし、年相応に見られていたとしても、爆弾とイタズラなら、後者の可能性の方が高い。ただ、こういったすれ違いは私にとって、よくあることだ。早めに気づけただけ、良かった。
私は躊躇いながら、慎重に箱へと手を伸ばし──、触れると、警備員にも姿が見えるようになったようだ。特に何も起こらなくて良かった。
「魔法での隠蔽工作までされてるし、間違いなく、怪しいわね」
警備員は状況を見て、然るべきところへ連絡している様子だった。
そのとき、警備員の向こう側、通路を真っ直ぐ行った先。先ほど、フードコートでも見かけた、あの黒ずくめの人物がこちらを見ているのに気がついた。
その手は先ほどと異なり、子どもの手を引いている。その子どもは、いやに大きいリュックを背負わされていた。
「子どもを探してたのかしら……。いいえ。そんな感じじゃなかったわね」
「まな?」
その人物はポケットからスイッチのようなものを取り出す。──マズイ。今までの人生で培ってきた勘が、そう告げていた。すでに、先ほどの警備員によって客たちは誘導されているが、完全ではない。
「早くそれから離れて!」
瞬間、私は体の瞬間的な移動を体感していた。気がついたらそこにいた、という感覚。
実は、基本的に、私に魔法は効かないけれど、かなり強い魔力を注いだ場合、なんとか効くのだ。魔法を使った方は、急に魔力を失ったことにより、気絶する可能性が高いけれど。
「あそこで燃えてるのって、アルタカじゃない?」
「そうよね。あそこから、ここまで移動してきたってこと?」
警備員も含め、辺りにいた全員が移動したようだ。アルタカにいた全員というわけにはいかなかったようだが。
しかし、黒いフードの男と、少年は見つからなかった。
「私がここにいるってことが、証明してるわ……中に残ってるかもしれない。お姉ちゃん、先に宿舎に戻ってて」
「あっ、まな!」
私はまゆを差し置いて、人混みをかき分けアルタカへ、徒歩五分の道のりを駆けた。
道中、爆発音が聞こえ、再びアルタカから爆煙が上がった。
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