宮長翡翠は小説が書けない

立日月

プロローグ 宮長翡翠の朝は早い

 俺は毎日、朝の七時半に高校に着くように登校している。

 朝練をする部活に所属している生徒以外はほとんどおらず、その生徒たちもほとんどはグラウンドか体育館に集まっているので、この時間、教室にはほとんど生徒はいない。

 ただ朝早く登校したというだけで、どこか自分が特別な存在になったかのように感じられる、早朝の教室が好きだ。


 もちろん、その気分に浸るためだけにそんな酔狂なことをしているというわけではなく、始業までの一時間でやることはある。他人からしたらそのっていうのも酔狂なことかもしれないけれど。


 そんなことを考えながらいつも通り教室の扉を開けると――いつも通り、彼女がいた。


「おはよう」


「おはようございます」


 扉を開けると真っ先に目に入る廊下側の先頭の席に座る女子、宮長翡翠といつものように挨拶を交わすと、俺は窓際の最後方にある自分の席に向かった。彼女は本に集中していてこちらの方に目線は全く向けなかったし、表情一つ動いていなかったが、いつものことだ。


 宮長翡翠。全国でもそこそこの進学校である私立駒西高校の入学早々に行われた中間テストにおいて全科目一位を取る天才だ。


 童顔とツーサイドアップの髪型が相まって、幼さが目立つ容姿をしている宮長だったが、常時無表情かつ塩対応で男女問わず近寄らせないオーラを放っていたため、授業での団体活動や事務的な作業を除いて誰かと一緒に行動しているところは見たことがない。


 ここまで尖ってるといじめられたりしそうなものだが、曲がりなりにも進学校だからか、同級生はみな藪蛇になりそうなことを理解しているらしい。

 その代わりかはわからないが、ついたあだ名は「孤高の狼」。女子高生につけられるあだ名とは思えない。


 かくいう俺も、たまたまお互い早朝に登校し、挨拶を交わすというだけの関係。


 一言挨拶した後は俺も彼女もお互いの存在を気にせず、自分の行為に没頭する。彼女はスラッと伸ばした綺麗な姿勢で読書を続け、俺はルーズリーフを広げた机に突っ伏しながら


 時間が経つにつれだんだんと生徒が増えていき、静寂が雑然とした雰囲気に変わり、俺と彼女だけの世界がゆるやかに終わっていく。


 入学してから二か月ずっとそうだったし、進級してクラスが変わるまで同じなんだろうなと勝手に思っていた。


 だからこの時の俺は、これから彼女のあんな一面を知ることになるとは想像してなかったんだ。




 彼女、宮長翡翠は


 頭がとてもよく、


 でも異様なほど愛想が悪く、


 そして――小説を書くのが致命的に下手だった。

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