第6話 双子

「ジリアン、立ち入ったことを尋ねますが」

 ノエルの前置きは遠慮がちだった。ジリアンはキャベツに突き立てた包丁と格闘しながら、はい、と背中越しに応じる。いちいち手を止めなくていいです、と言われたからでもあるし、芯が硬くて進退窮まっていたからでもある。

 全体重をかけてどうにか八つ割にしたキャベツを、バターを敷いた厚手の鍋に並べ、落とし蓋をぎゅうぎゅう押しつけて焦げ目をつける。もう片面にも焼き色をつけ、塩をすり込んで寝かせておいた豚肉のかたまり肉、じゃが芋、人参、玉ねぎ、マッシュルームをぽいぽい放り込んだ。ひたひたに水を張った鍋に入れる小さじ一杯の塩はおいしくなあれのおまじないに似ている。ローリエとローズマリー、オレガノ、粒のままの黒胡椒は、ペーパーフィルタに包んで最後に鍋へ。煮立つまでは強火、それからは弱火でことことと。

 手軽だが、ノエルはこういったシンプルな家庭料理を好んだ。三つ星レストランの限定コースだって、知る人ぞ知るビストロのおすすめだって、いくらでも食べられるだろうに。かれは必要があってマエストロの冠を捨てたのだろうと、ジリアンはぼんやり想像する。

「身近に、チェスをするひとがいたのですか?」

 不意の言葉に、包丁を取り落としそうになった。作業が落ち着くのを待ってくれていたのだろうが、すっかり忘れていた。

「……ええ、兄が……双子の兄がいました」

「お亡くなりに?」

「いえ、十二歳の秋に行方不明になりました。誘拐されたのか、失踪したのか、事故に遭ったのか……今もわからないままです」

 両親は嘆いた。とりわけ、母の取り乱しようは祖父母にも心配されるほどで、彼女は魔法の才能を見出されていたジリアンに、何とか彼を探して頂戴と泣きついた。

 双子には不思議な繋がりがあるといわれる。ジリアンと彼のあいだにも非言語的繋がりは確かにあったが、性別が異なったためか、性格が真逆だったからか、長じるにつれ紐帯はゆるやかに消えつつあった。そんな中での兄の失踪に、力添えしたい気持ちはあれど、十を過ぎたばかりの子どもに何ができるわけでもなかった。

「失踪届は出したみたいです。毎年ものすごくたくさんの人が失踪するんだって、そのとき初めて知りました。ほとんどが帰ってこないことも。母はひどく悲しんでいましたけど……僕には何もできなかったから、なんとなく家にいづらくなって、十六歳でソーンネルの寮に入って、それから実家には帰っていません」

「そうでしたか。つらい話をさせてしまいましたね、すみません」

「いえ、所在はわからないままですが、整理はついていて……。帰れないなら不幸なことですが、帰りたくないのであれば、その気持ちを尊重したい。兄だってもう大人ですからね。僕と同じくらいには」

 そうですね。神妙に頷いたノエルは、かれの癖である指先でリズムを取るとん、とん、を何度か繰り返した。

「……ジリアン、折り入ってお願いしたいことがあるのです」

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