グイグイ来る双子

「え、ハエレさん、いなくなっちゃうの!? 何で!? ここにずっと、いるんじゃないの!?」





 食事をいっしょにしたいという、ニコニコとした期待の眼差しに断る事が出来ず、俺は今、2人と診療室で食事をしている。

 俺はベッドで、スープを。

 ヴェルナーとリーゼロッテは、シチューとパンと、簡単なサラダを。

 シスターに許可まで貰って、小さな机まで持ってきてたのには、驚いたが。


 そんな訳で、3人で食事をしていたのだが、流行病(というか、瘴気によるものではあったが)も、落ち着いたし、数日後には街を出る予定を伝えた所、冒頭のヴェルナーのセリフが飛んできた訳だ。


「元々長く森の奥に住んでいたから、色々と現在の情勢がわからなくなって、情報を収集しに、この街へ来ただけだから」


 スープを飲む合間に、ヴェルナーの問いに答えると、2人とも、食べる手が止まってしまい、こっちを見つめてきた。

 ……強いて言うなら愕然というか、呆然というか、そんな表情になっている。

 そこまでショックな顔になる程の事か?

 2人とも可愛い顔が台無しだぞ……。


「で、でもさ! まだ、体だって本調子じゃないんだし! そうそう、ここの孤児院ね、裏に俺たちで育ててる畑があるんだ! ハエレさんも、一緒に耕したりしようよ! それにまだ、ハエレさん、この街きちんと見てないだろ? 面白いお店とか美味しいお店とか、俺、色々知ってるからさ、たっくさん案内するから!」


「そうよ! それにね、神父様も御礼言いたいって、伝えてくれって、仰ってたの。街の人達だって、きっと一言、お礼言いたいとかあると思うの。すぐに去ってしまわれたら、寂しいわ」


「ロッテもこう言ってるんだし。俺も、ハエレさんがいなくなるのイヤだし。ね、街にいようよ」


「え、ええと……」


 グイグイ来た。

 グイグイ来られた。

 物凄い勢いで来た。


 ……ここまで懐かれる事になるとは、思わなかった。


 そう言えば昔、父に「お前自身は子供が苦手なクセに、子供には逆にやたら好かれるよな、はははは!」と笑われた事があったのを思い出す。いや、本当になんで懐かれるのか。


 ただ助けただけでも、人間とは、こんな感じになるのだろうか?

 そう言えば、あの行商人の男も、助けた後は、やたらフレンドリーになっていた気がするな。


「……何でそこまで言ってくれるんだ?」


 俺の問い掛けに、2人は顔を見合わせると、屈託のない笑みを浮かべた。


「だって、俺もロッテも、ハエレさんが好きだから! だから一緒にいたいし、街にいて欲しいなって」

「私もヴェルナーも、ハエレさんみたいな、お兄さんがいたらいいねって言ってたのよ。だから一緒にいたいし、街にいてくれたら、嬉しいんだけれど……ダメかしら?」


 …………。

 照れくさくなるような、言葉を言われてしまい、軽く咳払いをして、上がりそうな口角を誤魔化す。本当に真正面から来る子達だ。

 ここの孤児院は、2人が1番年上の様だから、兄とか年上の、そう言った存在に憧れたりするとかなのかな。

 

 ……うーん、しかし、この街にか。

 最初の予定では、いくつか優良な情報を仕入れたら、次の街なり国なりに行くつもりだったから、引き留められる事なんて、当たり前だが、念頭にも無かった。

 そもそも、瘴気が漂う病の街だったと言う事事態が、想定外だった訳だし。


 どうしたものかと思いながら、細かく切ってある野菜を、咀嚼し飲み込む。うん、胃に優しい味付けだし、野菜も甘みがあって美味しい。リーゼロッテは料理が上手いな。


「考えてなかったんだったら、考えてみてよ!」

「え?」

「もしかしたら、街にいてもいいかなーって思えるかもしれないし」

「それにね、私ハエレさんに魔法教わってみたいわ」

「俺に?」


 リーゼロッテは、強く首をコクリと頷かせる。

 

「私も、聖魔法を使うのを得意としてるんだけれど……まだそんなに沢山使えないの。ハエレさんから、沢山の魔法を教わって、病気や怪我してる人を助けていきたいわ」


 聖魔法を……うん、なんか彼女らしいな。

 生来持ち合わせている、気品みたいなのを感じるからだろうか。

 神官とかの役職に就いて、皆に慕われていく姿が目に浮かぶし、大きくなったら、魔法で色んな人間を助けていく姿も想像出来る。


「あ、ロッテずるい。俺だって魔法使えれば、ハエレさんに教わりたいのに」

「なんだ、ヴェルナーは魔法使えないのか?」


 俺の問いに、あまり突っ込まれたくなかったのか、軽くそっぽを向いて、唇を尖らせている。


「んー……、俺は、簡単な初歩の魔法が、少しだけしか……。ロッテみたいに、魔力も多くないし、強い魔法は使えないんだ。あ、でもその代わり、剣を使うのが好きだから、毎日剣の稽古はしてる!」

「剣の? 危なくないか?」


 ヴェルナーは、まだまだ小さな子供だ。シスターとかが許可を出す様には、見えないんだが……。


「うん、だから稽古の時間とか限られてる。本当はもっと稽古してたいんだけれどね。それで、いつか冒険者になって、世界を旅してみたいなって!」

「騎士とかじゃないのか? ヴェルナーなら似合いそうだけどな」


 リーゼロッテもそうだが、ヴェルナーも、気品とか品格とか、そういうものを生まれ持ってる感じだから、騎士とか、なんなら王家直属の護衛になっても、いい気がする。


「はは、俺は騎士なんて、そんな柄じゃないよ。それよりも、冒険者になって、魔物を倒したり、困ってる人を助けていく方がいいな」

「そうか」


 とは言え、魔法が使えない事を、寂しく思うのか、若干眉がしょんぼり下がってる。なんとなく、ポンポンと頭を叩いてやれば、直ぐに人懐こい笑みを浮かべてきた。


 剣、剣か……俺も、昔それなりに鍛えさせられて、ある程度は使えるし。魔法が無理でも、剣なら、基礎的な事をヴェルナーに手ほどきはしてやれるかな。

 ……あ、いや、ここに留まると、まだ決めた訳ではないけれど。


 チラリと2人を見ると、返答を待ってるのか、ソワソワしながらも、俺の事をじっと見つめてる。


 ……どうするかなあ。


 ヴェルナーに剣を、リーゼロッテに魔法を教える事は、別に嫌ではない。

 情報収集も、人の出入りは多そうな街だし、すぐに他の所に行かなくても、問題はなさそうだ。


 とすると残ってる懸念は。


「……あぁ、住む所か」


 それ以外にも、まだあるけれど、住む所は必須だ。


 町外れで野宿でも全然いいんだけど、何となく、この2人にバレたら泣かれそうなので、それは避けたい。

 この街、ギルドみたいなのがあれば、依頼で宿の宿泊費とか稼いだり出来るだろうか。


「え、ハエレさん?孤児院ここに住むんじゃないの?」


 宿泊について、ポソリ零した言葉を、ヴェルナーが拾うが……いや、それはダメだろ。


「シスターなら、いいって言ってくれないかな。あ、でも部屋がないか。シスターと同じ部屋は、さすがにダメだよね」


 うん。付き合ってもない女性と、同じ部屋になるとか、色々噂になりそうな案は、やめような?

 というか、神に仕える女性と同室とか、有り得ないからな? ダメだからな?


「私、シスターに聞いてみるわ。空き部屋が無いかとか、宿のおじさんに安く部屋を借りれないかとか! 教会の部屋を借りれないかとか!」


 空の食器をトレイに重ねると、そのトレイを持ってリーゼロッテは、勢いよく部屋を後にした。







 ──で、結論から先に言うと。


 宿屋の一室を、しばらく無償で借りれる事となった。

 年頃の女性と同室とか、そんな事にならずに済んで、俺はひとまずホッとしたのだった。

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