アーベントロートの流行病 3

 そして、孤児院が近づくにつれて、俺は違和感に気が付く。


 この辺りだけ、瘴気が他より濃い。

 勿論、魔法の効果があるから、俺には効かない。が、見てるだけでも、気分が悪くなりそうな程だ。


「……」


 孤児院の建物の上。

 あの、真っ黒な瘴気は、もはや煙か何かかと言える様相を、呈している。

 あの瘴気にやられたら、子供の体力じゃ、そう長く耐えられそうにない。

 

「くる、し……」


 小さな声が聞こえてきて、俺はそちらへと体を向ける。

 そこには、恐らく少し前までは、外で遊んでいたのだろう、子供らが数人倒れていた。


 1番呼吸が弱ってる子を抱き上げてみた。

 熱がかなり高く、既に1度吐いてしまってるようで、口元の周りが、吐瀉物で汚れている。

 俺は袖口で、そっと吐瀉物を拭ってやった。

 その刺激でか、子供はフルリと目蓋を震わせて、小さな眼をゆっくり、わずかに開かせて俺を見つめてくる。


「……だ、ぇ……?」

「喋らなくていい。今、楽になるからな」

「?……」


 俺の言葉が分からないのか、上手く聞こえてないのか分からないのか、首をやや傾げた。

 安心させるように、その子の頭を、俺は軽くポフリと撫でてやる。

 子供は撫でられて嬉しいのか、苦しげな顔ではあるが、わずかに口角が上がった。

 その様子を見て、俺はその子の燃えたぎる様な額に、そっと手を触れると、浄化と回復魔法をかけた。


「っ……、……」


 体力が限界だったのだろう。

 回復したのが分かると、そのまま気絶するかの様に、眠りに落ちていった。うん、この子はこれで、大丈夫そうだ。

 眠ってしまった子を腕に抱き上げたまま、俺はそばに居た他の子供達にも、同じように魔法をかけていった。


「あ、からだ、かるくなった」

「ほんとうだ、くるしくない。おにいちゃん、ありがとう!」

「ここは、まだ他に体調悪い人間はいるのか?」

「え?? たいちょ?」

「あ、えぇと……体が、苦しいとか痛いとかって、言ってる人げ……人はいるのか?」

「うん、あのね、なかに、たくさんみんないる!」

「こっち、きて!」


 子供らは、俺の左手を取ると、グイグイ引っ張って、孤児院の中へと入れてくれた。




 ──……孤児院の中は、更に倒れてる子供達で、いっぱいだった。






 子供達が集まってる部屋を覗くと、数人の子供達が、全員床の上で横になっている。


「ここの子供達で、全員……みんないるのか?」

「うぅん、まだほかのところにもいるよ」

「みんなね、どんどん、げんきなくなってきてね。そしたら、しすたーが、あぶないからって、おそとであそんでてねっていうから、あそんでたの」

「そうか」


 元気な子は、伝染らないようにしたかったのだろう。

 結果としては、外にいても、変わらなかったわけだが。


 ……他にも子供がいるとの事だし、大部屋に移動させる事は可能だろうか。

 体力的にも難しそうなら、部屋ごとの魔法で──。

 

 その前に、そのシスターとやらに、一言話をしてみようかと思った時、部屋の扉が開いた。


 部屋に入ってきたのは、1人の女だった。

 修道服を着ていることから、この女が、子供らの言っているシスターなのだろう。

 水桶を持っている事から、子供らの様子を、見に来たと言った所か。


「あ……」

「きゃあああああーーーーー!!!!!」


 絹を引き裂かんばかりの悲鳴を、シスターは上げた。


 いや、無理もない。

 良く考えなくても、見知らぬ男がいきなり居れば、驚くだろう。

 子供達が案内してくれたとはいえ、シスターからしたら、俺は不法侵入者以外の何者でもない。


 どう説明しようかと思った時、


「ま、魔物! なんでここに魔物が!」

「え」


 その言葉に、俺はなにか言おうとした言葉が止まる。

 思わず背後を振り返るが、そこに魔族の姿はない。

 つまり、シスターは俺を魔族と……魔物と認識してるのか?

 念の為頭に手をやるが、そこにツノはやはりないし、髪も変えられたままの色だ。

 俺は今は、魔族としての力は全て無い筈だから、人間と外見も能力も、変わり無いはず。

 どうして、それなのに魔物と思われたんだ?


「こ、子供達をどうする気ですか! 離しなさい!」

「いや、俺は……」

「しすたー?」

「どうしたの、しすたー?」


 子供達が俺の後ろから、ヒョコっと顔を覗かせる。


「これ以上、子供達を、ヴェルナー様とリーゼロッテ様を、苦しめるおつもりですか!」

「……ヴェルナー?」


 ……うん、誰だ、それは?

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