第103話 久高島へ

 佐司笠さすかさはニライカナイへの行き方の説明を始めた。


グソーあの世イチミこの世を繋ぐ場所は、神が降り立った島といわれ、ノロの聖地である久高くだか島じゃ。グソーあの世、つまり、ニライカナイに行くとすれば、そこしかないということじゃ」


 たしか久高島は、元の世界で花香ねーねーが修行に行った島だ。

 俺は久高島への行き方が気になっていたが、ナビーはもっと大事なことを佐司笠さすかさに尋ねた。


やしがだけど、ニライカナイは死者のマブイが住む世界だから、私たちもマブイの状態じゃないと行けないですよね? どうやって安全にマブイだけを取り出すんですか?」


「マブイを身体から引き離す方法はいくつかあるが、身体が無傷のままマブイを落とす方法と言えば、古くから琉球に住んでいるマジムン魔物に股をくぐらせる事じゃな」


 今までの自分の常識と乖離かいりした方法だったので、思わず反応してしまった。


「マジムンにマブイを落とされるのが、本当に安全なんですか?」


わったー私たちノロが近くで見守っておれば、なんてことないさー。まあ、マブイを何度も落とすことは危険じゃがな」


 マブイを何度も落とすと、ごうのようにマブイが身体に入ることを嫌うかもしれないということなのだろう。


「それなら大丈夫そうですね。そうと分かれば、急いで久高島に向かいましょう」


「いいや。まずは、そのマジムン魔物を探さないといけないのう。これが1番の難関かもしれないさー。ナビー、シバと琉美に説明してあげなさい」


わかやびたんわかりました。わかりやすく言えば、この世界の在来マジムンを探さないといけないってことだけど、為朝ためとも軍のマジムンが現れるようになってからは、おびえてどこかに隠れてしまったわけよ。だから、探すのが大変ってことだわけさー」


 この世界での在来マジムンの記憶を探っても見つからない。それは、琉美も同じだったみたいだ。


「そういえば、この世界で在来マジムンを見ていないかも。カマドおばーたちとの旅でも1度も見なかったし。ねえ、ナビー。この世界の在来マジムンってどんなのがいるの?」


「向こうの世界とほとんど変わらないと思うよ」


 ……じゃあ、ここにもキジムナーとかミシゲーしゃもじとかウッシーがいるってことか。


 キジムナー達を思い出して懐かしい気持ちでいると、ナビーと2人でおこなったあの儀式を思い出した。


「ナビー! それなら、俺たちでキジムナーを呼び出す儀式をやればいんじゃないか? こっちの世界のキジムナーにもできるかわからないけど」


やさやーそうだね! その手があったさー」


 俺とナビーは喜んでいたが、琉美だけは不安そうにしている。


「でもさ、キジムナーって仲良くなれればいいけど、それまでは恐ろしいイメージがあるんだよね。大丈夫なのかな?」


「あ……」


 俺はキジムナーが危険だということを忘れていたので、一気に不安になった。

 しかし、ナビーは不敵な笑みを浮かべながら、俺の肩をポンポンした。


しわさんけー心配するな。シバがいれば、どんなマジムンでもなんくるないさー何とかなるよ


 俺が以前よりも強くなり、キジムナーレベルが相手でも対応できると言いたいのか?

 ナビーからの高評価をもらえていい気分になっていると、佐司笠さすかさが話をまとめた。


「キジムナーを呼び出す儀式ができるのなら大丈夫じゃな。それではあちゃー明日、剛と数人のノロを連れて久高くだか島に出発じゃ。それまでに体とくくるの準備をしなさいね」



 話がまとまったので準備をすることになったが、明日から久高島に行くことを鍛冶屋かじやにいる萌萌モンモンに伝えなければいけない。

 なので、鍛冶屋の事は伏せて、萌萌の事をナビーと琉美に伝えることにした。


「2人に言ってなかったけど、護佐丸ごさまるさんに頼まれてあの女の子の面倒を見ることになったから」


 ナビーは眉間にしわを寄せながら、さげすむように言った。


「はあ!? 抱き着かれていい気にでもなったねー? あのいなぐちゅらがーぎーかわいいだったからねー」


「だから、護佐丸ごさまるさんに頼まれたって言っているだろ! 次のみんの交易船に乗せてもらうまでだからって、お願いされたんだよ」


 今度は琉美が、心のこもっていない声で淡々と話す。


「そうなんだー。私たちに相談もなしに決めちゃったんだねー。テレパシーだって使えるのにさ」


 ……そうか! 相談しなかったことに怒っているのか。


「2人ともごめん。俺が悪かった。今度からはちゃんと相談するから許してください」


「許してって、別に怒ってないんだけど。それよりも、明日から久高島に行くって伝えに行くんでしょ? 早く行ってあげて」


「わかった。後で紹介するから」



 俺は白虎に乗って鍛冶屋に急いだ。

 すると、萌萌モンモンは隅っこで膝を抱えてうずくまっていた。


萌萌モンモンさん、何かあったんですか?」


 パッと顔を上げて俺を確認すると、急に飛びついてきた。


「やっと来てくれたね! シバ様がいないと、言葉が通じない事を忘れていましたアル」


「そうでしたね。気が付かなくてごめんなさい。とりあえず、仲間に紹介したいので家に行きましょう。下地さん、これがあれば萌萌モンモンさんがいなくても大丈夫ですかね?」


 ナビーが護佐丸ごさまるから借りていたヒーヤー火矢を、今度は俺が貸してもらって持ってきていた。


「おお! 実物があるのでしたら問題ありませんよ」


「さっき頼んだばっかりなのに、コロコロ話が変わってすみませんでした。俺たち明日から久高くだか島に行く用事があるので、ヒヤー火矢の方はそんなに急がなくてもいいですから」


わんが作りたくて作るので大丈夫さー! 帰ってきたら出来上がっていると思うので、取りに来てください」


「はい、よろしくお願いします」



 鍛冶屋を後にして家に帰ると、剛はどこかに移動させられていて、ナビーと琉美はくつろいでいた。

 萌萌モンモンを家に招き、とりあえず自己紹介をさせる。


「ナビーさん、琉美さん初めまして。萌萌モンモンと言います。言葉も通じないなか出会ったあなた方は、萌萌にとっての光です。なるべく迷惑をかけないようにしますので、どうぞよろしくアル」


 ナビーがサッと立ち上がり、萌萌に迫った。


「アル? 今アルって言ったねー?」


「ハイ! 面倒を見る条件として語尾にアルを付けてほしいと、シバ様に言われたアル」


 琉美がゴミを見る目を俺に向けて、吐き捨てるように言った。


「何それ、キモ」


 琉美とは違い、ナビーは俺に親指を立てながらニコッとうなずいた。


「流石シバ、わかっているさー。中国人キャラはこうでないとねー」


 ナビーを取り込むことはできたようだ。

 琉美は、真剣な顔で萌萌モンモンを舐めるように見始めた。


「でも、近くで見たら本当に綺麗な方ですね。これならしょうがないか……私的には青系のチャイナ服を着てもらいたいかも」


「アルにチャイナ服とか、でーじ最高さー! よし、なまから首里を案内しながら、チャイナ服を作りに行こうねー」


 女子3人はキャッキャ、ウキウキしながら白虎に乗って、何処かに行ってしまう。

 俺は1人置いてけぼりにされたが、萌萌と仲良くなれそうなので安心した。




 次の日の朝。急いで作らせたという藍色のチャイナ服を受け取り、首里から西方向にある海岸に来ていた。

 俺がいない間に、萌萌モンモン久高くだか島に連れて行くことになるほど、仲良くなっている。

 佐司笠さすかさが準備していた20人乗りくらいの船に、剛と3人のノロが乗船して待っていた。他に操船してくれる船乗りたちも5人乗っている。


 本当はケンボーを同行させて、俺たちのマブイが抜けている間の身体と、回復をかけ続けるノロたちを守ってくれるはずだったが、俺たちの抜けた分、戦場に向かわないといけないということで来ていない。


 ケンボーの代わりに萌萌モンモンが護衛をすることになったが、強さが未知数で正直不安だ。


 今朝は晴天のため、目的地である久高くだか島が確認できる。

 この世界での航海は危険なイメージだったが、これくらいの距離なら大丈夫かもしれないと最初は思っていた。


 何事もなく数十分たった頃、船乗りの焦り声が船上に響く。


「進行方向に、でーじとてもまぎー大きいいちゃイカが現れた! このままじゃぶつかるぞ!」

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