第104話 異世界のキジムナー

 進路を防ぐように、黒いまだら模様で体高が5mほどのイカが現れる。

 それを見た佐司笠さすかさは、驚きながらもこのイカの正体を俺たちに知らせた。


「太めの胴体に短めのゲソ。あれはクブシミコウイカマジムン魔物じゃな。やしがしかし久高くだか島に向かう航路でマジムンを見るのは初めてじゃよ」


 佐司笠さすかさが不安そうなのもお構いなしに、ナビーは俺に場違いなお願いをしてきた。


「シバ、あれクブシミコウイカってよ! 刺身もイカ墨汁もでーじとてもまーさん美味しい奴だから、絶対に捕獲しようねー!」


マジムン魔物になった生き物を食べたくねーわ! 終わったら普通のクブシミコウイカ釣って料理してあげるから、あれは勘弁してくれ。って、そんな話している場合じゃないだろ!」


 海上での戦いは初めてなので、どう戦うかの脳内シミュレーションをしていると、萌萌モンモンが船首に立って振り返った。


「ここは任せるアル。萌萌モンモンが戦えるってことを、皆さんに見せるいい機会アルからね」


 その時、クブシミコウイカマジムンは高く飛び上がり、大量のイカ墨を噴射してきた。

 気配を感じ取った萌萌モンモンは、振り返り両手をクブシミマジムンに向けた。


「っはーーーーー!」


 間近に迫っていたイカ墨は、萌萌モンモンの放った風の様な技で跳ね返されると、クブシミコウイカマジムンが真っ黒に染まった。

 海面に落ちたクブシミマジムンに休む暇を与えずに、萌萌がもう一度同じような攻撃をすると、クブシミマジムンのヒンガーセジ汚れた霊力を払うことができた。


「これで萌萌モンモンの強さ、わかったアルか?」


「思った以上だったよ。今のは風のように見えたけど、どんな技なんだ?」


「萌萌の国では体を巡る気を力に変えて戦うね。今の技は気砲きほうと言って、気を圧縮して放っただけアルよ」


 話を聞く限りだと、気というのは琉球で言うセジ霊力と同じようなものと認識していいみたいだ。


 琉球ではセジを火や水に変換して攻撃することが多いが、気での戦い方は気そのものを放ったり、直接の物理攻撃で流し込んだりして、敵の外部と内部にダメージを与えるらしい。


 属性無しの攻撃なので敵の弱点を突くことはできないが、火や水を再現する力の分が威力に加わるので強力のようだ。白虎の咆哮波ほうこうはも同じような技なので、イメージはしやすい。


 琉美は萌萌の手を握って異常に喜んでいる。


萌萌モンモンさんになら、私たちの護衛を任せても大丈夫だね。強い女性なら、ケンボーに体を預けるよりも色んな意味で安心だし。改めてよろしくね!」


「そう言っていただけて、嬉しいアル」


 その後は順調な航海だったおかげで、15分ほどで久高くだか島に到着した。


 白虎を巨大化させ、佐司笠さすかさとノロ3人、俺たち4人と瀕死のごうを乗せた計9人でイシキ浜という神が初めて降り立ったとされる浜に向かった。


「まずは、ナビーとシバがキジムナーを呼び出して、協力してもらえるように説得しなさいね。これが一番の難関じゃから、ちばりなさいよ頑張りなさい


しわさんけー心配しないで。シバがいるから絶対大丈夫さー!」


「そんなに期待されても、困るなー」



 俺とナビーは皆と別れ、薄暗くて隠れることができる場所を探した。

 地面に円を描き、その中に小麦粉をまく。その中心に火を灯した線香を立てて呪文を唱える。


ちゅん来るちゅん来るちゅん来る、キジムナー。ちゅん、ちゅん、ちゅん、キジムナー……』


 呪文を唱え、物陰に隠れて20数える。

 すると、線香の煙がモクモクと広がり、青白く光ったので、まぶしくて目を閉じてしまった。


「ここは、どこだ……」


 ゆっくり目を開くと、向こうの世界のキジムナーと瓜二つのキジムナーが現れた。急に召喚されて困惑している。


 俺は少し観察して、この世界のキジムナーがどれくらいの脅威がありそうかを確認したかったが、ナビーは直ぐに接触を試みてしまった。


「キジムナー、はじみてぃやーさい初めまして! 突然呼び出してわっさいびーんごめんなさい


「お前がオラを呼んだのか? たっぴらかす叩きのめす……」


「待って! 話を聞きなさい!」


 ナビーは両手を上げて敵意がないことを示したが、キジムナーはガジュマルのひげを伸ばしてナビーを拘束した。

 聞く耳を持たないと思ったので、戦う覚悟を決める。


「ナビーを解放してくれ! 俺たちはお願いがあるだけだ!」


「お前も……たっぴらかす叩きのめす


 キョロッとした眼球をこちらに向けたと思ったら、ガジュマルのひげの槍が次々と襲ってきたので、セジオーラを発動させて逃げ回る。

 その時、拘束されたままのナビーがテレパシーで指示を出してきた。


「まさか、ここまで話を聞かんぬー聞かないやつと思わなかったさー。やしがだけどしわさんけー心配するな。シバがキジムナーに触れて、セジ霊力を流してあげればすべて丸く収まるさー」


「セジを流すって……もしかして、あれか!? 俺のセジは在来マジムンたちの好物みたいだから、それを頼りにしていたってことか?」


 ……はずっ。キジムナーの事で俺を頼りにしてたのは、強くなったからではなく、こういうことだったのか。


 俺はさらにスピードを上げて、キジムナーとの距離を一気に詰める。攻撃をかわしながら背後に回り、背中にサッと触れてセジを流してから、効き目がなかった時のことも考えて、念のために急いでその場を離れた。

 拘束されたままのナビーを庇うように立ちふさがり、息を吞むようにキジムナーの反応を観察する。


「後ろ!」


 ナビーの叫びで振り返ると、ナビーを絡めていたガジュマルのヒゲの一部分が伸びてきて、目の前で止まった。


「おおおおおおおおお!」


 今度はキジムナーの叫び声がしたので振り返ると、反応できない速さでキジムナーに抱き着かれた。


「セジ、セジをくれ! セジをくれ!」


ちびらーさんすばらしい! セジ中作戦、成功やっさー!」


 ……アル中みたいに言うなよ!


 解放されたナビーは1人で喜んでいるが、俺は力の強いキジムナーを振りほどけないままだ。


「落ち着いて、1度離れてください! 痛いです!」


「わかった、離れる」


 すると、ナビーはキジムナーの前で仁王立ちをして、威張りながら交渉を始めた。


「キジムナーさんよ、そんなにシバのセジが欲しいか? ふん、欲しいだろ?」


「シバ、シバのセジ、美味い、気持ちい。もっと、もっと欲しい」


「そうだろ、そうだろ。でも、キジムナーは私たちに攻撃を仕掛けたさー? それなのに、セジが欲しいというのは虫が良すぎると思わないねー?」


「オイラ急にここに連れてこられた。驚く、警戒、だからしょうがなかった」


「それは……あの……」


 ナビーは正論を言われて急に口ごもり、俺に助けを求めるように見つめてきた。


「急に呼び出したのは申し訳ない。だから、その分の報酬として俺はこの特別なセジをあげたんだよ」


「そうか、それならそのことは許す。でも、もっと欲しい。どうしたらくれるのか?」


「俺たちの手伝いをしてくれれば、その報酬として俺のセジを上げることはできるけど、どうする?」


「それで構わない。オイラができる事なら何でもする」


「それじゃあ、よろしくな。友達になった記念に、特別に少しだけ」


 キジムナーと握手を交わしながら少量のセジを流す。


「おう……いい、すごく……いい」


 気持ちよさそうにしたキジムナーの手を離すと、儀式で書いた円の前に行って立ち止まった。

 キジムナーがその円に手をかざすと、円が青白く光って空中に浮かび上がり、それを俺の身体に押し付けた。


「これで、いつでもオイラを呼び出せる。何かあったら呪文だけ唱えてくれ」


 体は何ともないが、得体のしれない物を入れられた感じで少し気持ち悪い。


「わかった。じゃあ、とりあえず仲間の所に連れて行くけど、大丈夫?」


「ああ。シバの仲間なら問題ない。だけど、一旦帰らせてほしい。オイラの仲間、オイラが消えて心配している」


「わかった。じゃあ、しばらくしたらまた呼ぶから」


 うなずいたキジムナーは、俺をめがけて飛び込むと、身体に入り込んだかのように消えてしまった。


「はっ! これって体に入ったのか?」


「これは、シバに施した儀式の円が、もともと居た場所を繋げるゲートってことかもしれないねー。でも、これで強力な協力者ができたさー」


 体に影響がないのなら気にするだけ無駄なので、ここは便利になったということで喜んでおくことにした。


 そして、落ち着いた今、1つの疑問が生まれた。


「1つ気になったけど、あっちの世界のキジムナーとこっちのキジムナーって、どっちが強いのかな?」


「多分、こっちのキジムナーなんじゃないかねー。この世界はあっちよりもセジくーたー霊力が濃いな世界だから、セジの化身みたいなマジムンは、それに伴ってちゅーばー強くなってるさー」


 俺たちの世界のキジムナーでも相当強かったのに、それ以上の強さだと知って、何事もなかったことに感謝した。


「ナビーはキジムナーが危ないってわかってたのに、何で強気で交渉始めたんだよ?」


「いくらこの世界のキジムナーが強くても、今のシバの強さと中毒セジがあれば大丈夫って思っていたからさー」


「そ、それなら最初から言ってくれよ。ナビーはもう、しょうがないんだからー」


 ナビーが俺の強さも頼りにしていたと知って、嬉しくなって表情が緩んだ。

 それを見たナビーの口角が上がったのを確認した。


 ……あれ? 俺って踊らされている? ちょろいと思われてないか?

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