第76話 予想外

「琉美に良いところ見せればいいさー」


 ナビーがそれだけ言うと、ケンボーはやる気満々になっていた。

 天邪鬼あまのじゃくに心を読まれることがあっても大丈夫なように、直接戦うケンボーには作戦を一切伝えていない。


 太陽の光が夜空ににじみだしてきた頃、再戦の地である今帰仁城なきじんぐすくのすぐ側に到着した。


「琉美さん。わんちばります頑張りますので、見ていてくださいね!」


「ち、ちばりよ頑張って。ナビー、シバ、早くお願い」


 俺とナビーはヒンプンシールドで石垣を超えられる階段を作った。

 待ちきれなかったのか、白虎に乗ったケンボーは直ぐに階段を駆け上って行ったので、俺たちも慌てて追いかけた。

 すると、前を走っていた尚忠しょうちゅうが石垣の頂上で急に止まって叫んだ。


「待て!」


 尚忠しょうちゅうの隣で止まって辺りを見渡すと、戦場が予想外な状態になっていた。

 不意をつき奇襲をかける作戦のはずが、天邪鬼あまのじゃくは完全体のウフウニ大鬼2匹と3000のグナァウニ小鬼で待ち構えていたのだった。

 俺たちの方が意表を突かれて固まっているのをみて、天邪鬼はあざ笑っている。


「ハーッハッハ! まさか、戻ってくるとは……とでも言うと思った? お前らの考えくらい心を読まなくてもお見通しだよ。それに、先輩も応援に……ってお前、少しは話を聞け!」


 ケンボーと白虎はこんな最悪な状況もお構いなしに、自分のターゲットである天邪鬼に向かって行ってしまった。


 ……この状況で突っ込むって、心臓に毛でも生えているのか?


「はーっし。少しくらいしかんでも驚いてもいいと思うけどねー」


「城を奪還だっかんしにきたんだ。ひんぎる逃げるための力を残す必要はない。あんくとぅだからむるじから全力で戦えるからしかまんけー驚くな


 尚忠しょうちゅうの言葉で戦意が戻ってきた。


 ……そうだった。今は偵察ていさつじゃないから、逃げなくてもいいのか。


「琉美は白虎に乗っていないぶん機動力がないから、無理に近づいて回復しなくてもいいからな。忠さんの指示で動いてちょうだい」


「わかった。あのウフウニ大鬼さっきのより強そうだから、2人も気を付けてね」


 俺とナビーはウフウニ大鬼を1匹づつ、琉美と尚忠が3000のグナァウニ小鬼を倒す流れになったので、それぞれの位置に着く。

 アースン合わせ技を使わせないためだろうか、戦闘が始まると2匹のウフウニ大鬼はお互いに距離をとりながら、遠距離から弓矢で攻撃してきた。

 明らかにみんなをばらけさせる攻め方をされて、4か所の戦場ができている。

 天邪鬼あまのじゃくと戦っているケンボーと白虎が見えたが、白虎が攻撃をひたすらかわして、ケンボーは揺られながらも槍で攻撃する戦い方をしていた。

 息があっていないのが、天邪鬼からしたら対処しにくいみたいで、善戦しているみたいだった。


 ……ウフウニ大鬼グナァウニ小鬼を倒して、作戦通りの状況に持っていけば、絶対に勝てそうだな!


 俺はセジオーラを使いつつ、ウフウニ大鬼の矢を避けながら千代金丸ちよがねまるを腰に構えた。

 その時、背後に強い殺気を感じたので、振り返りながら抜刀したが空を斬った。

 殺気を放っていた影はさらに背後に回り込むと、俺のターゲットのウフウニ大鬼の隣に立って笑い始めた。


「ハッハッハ! おいらがいることも知らずに、勝てる気でいるな。お前はおいらにとって1番の敵になりそうだから、ここで殺させてもらうよ。首里城での戦いの続きをしようか!」


 ……クソ! 義本ぎほんまでいたのか!?


義本ぎほん先輩、来てくれたのですね」


 ケンボーから逃げて来た天邪鬼あまのじゃくが、ウフウニ大鬼と入れ替えで義本の隣に立った。


「それが、あの男は頭を使って戦っていないみたいで……」


「勝手においらの心を読んで答えるな! 気持ち悪いんだよ! お前の能力と相性が悪いなら、おいらがあの男を殺してくる。他はお前の仕事だ」


「ありがとうございます、先輩。言葉はきつくても、思いやりがある事、僕は知っていますから」


「バカ、仲間の心は読むなって言っているだろう! だから、お前は嫌われるんだよ」


 俺と戦うはずだった義本ぎほんは、最善策を取るためにケンボーと白虎に狙いを定めて向かって行った。


 ……こいつ、能力のせいで仲間から避けられているのか。かわいそうに。


「勝手にあわれんでほしくないんだよ!」


 天邪鬼あまのじゃくが飛びながら金棒を振り降ろそうとしてきたので、後方に避けることにした。

 すると、金棒が伸びて届いてきたので千代金丸ちよがねまるで受け流し、最速で距離をとった。

 視野が広がったので仲間を確認してみると、ナビーがティンサグホウセンカモードになってすでにウフウニ大鬼を倒し、ケンボーと白虎の加勢に向かっていた。

 琉美と尚忠しょうちゅうは、外側から少しづつグナァウニ小鬼を倒している。

 俺がここで負けてしまったら、この戦い自体の敗北になると感じてしまった。


 ……全力でやれば、何とかなるだろうか?


「無理だね。義本ぎほん先輩が来た時点で、お前らの負けは決まっていたのさ」


 その時、城門がある方角から力強い声が響いた。


「無理あらんどーではないぞ!」


 そこには、尚泰久しょうたいきゅう率いる100人のシーサーに乗った兵隊が、ぞろぞろと城内に入ってきていた。


護佐丸ごさまる殿の厚意により、越来ごえく軍、中城なかぐすく軍のシーサー兵を引き連れて、加勢しに来ました! 先日の恩を返させてもらいます」


 シーサー兵が戦場に流れ込んできて、グルグルとかき乱したと思ったら、いつの間にか俺の元にみんなが集まってきていた。


 尚忠しょうちゅうは驚きながら、弟の尚泰久しょうたいきゅうの元に駆け寄った。


泰久たいきゅう、よく来てくれた! やしがだけど越来城ごえくぐすくは大丈夫なのか?」


やっちー兄貴、その話は後まわしです。今は、敵を倒すことに集中しましょう」


 シーサー兵の登場で、戦場の流れが明らかに変わった。

 そのまま戦うと、グナァウニ小鬼ウフウニ大鬼は簡単に全滅できそうだ。

 そして、残る義本ぎほん天邪鬼あまのじゃくを数の力で攻め込めば、負けはしないだろう。


「バカが。雑魚が増えたところで何も変わらない。皆殺しって痛いです! 何するんですか先輩!?」


 義本ぎほんはやる気満々の天邪鬼あまのじゃくの頭を殴り、ウフウニ大鬼に残りのグナァウニ小鬼2000を吸収させた。


「バカはお前だ。ここは引く」


「どうしてですか? 3将軍である僕たち2人なら、勝てない敵ではないですよ」


「いや、あの援軍の存在は大きい。見た感じだと、小鬼を全滅させるくらいは強いだろうな。そもそも、お前に勝てる作戦を立てたから、こいつらは戻って来たということを忘れるな。お前が敵から援軍の存在を読み取っていたら勝てたかもしれないが、仲間同士で知らなかったみたいだから、今回はしょうがないさ」


「そういえば、前任の駿馬順熙しゅんばじゅんき先輩を倒すくらいは強いのでしたね……わかりました、今回は撤退します。為朝ためとも様はこの城はもういらないらしいから、怒られませんよね?」


舜天しゅんてんは怒るだろうよ」


「ほかの城を落として帰ろうかな……」


 義本ぎほん天邪鬼あまのじゃくウフウニ大鬼は、こちらを見向きもせずに城外に消えて行った。


「か、勝ったぞ……やっと戻って……」


 尚忠しょうちゅうは腰を下ろして気の抜けた表情をしていたが、尚泰久しょうたいきゅうが無理やり立ち上がらせると、剣を上空に掲げさせた。


「3将軍を追い出し、今帰仁城なきじんぐすく奪還だっかんした。わったー俺たちの勝利だ!」


『うおおおおおおおおお!』


 シーサー兵と共に勝鬨かちどきをあげると、空気の振動が体と心を震わせた。

 いつもはクールな尚忠しょうちゅうが涙を流しながら叫んでいるのを見ると、こちらもこみあげてくるものがある。

 尚泰久しょうたいきゅうは皆をしずめると、尚忠しょうちゅうを高台に連れて行った。


今帰仁なきじん王子、指示をうにげーさびらおねがいします


「まだ、残党がいるかもしれない。見つけ次第たっぴらかして叩きのめしてくれ。それに、ぐすくというものは落とした瞬間が一番よーさん弱くなるから、見張りの強化をうにげーさびらおねがいします。それと、たしきに助けに来てくれていっぺー本当ににふぇーでーびるありがとう!」


 尚忠しょうちゅうは泣き顔を隠すように深いお辞儀をしている。

 その姿を見た兵士の中には、号泣しながら任務に向かって行く人がいて、その光景を見たナビーがつぶやいた。


「元今帰仁なきじん軍の兵士たちもいるみたいさー。この戦いに参加できてよかったねー」


 尚泰久しょうたいきゅうが俺たちの所にきて、嬉しそうに話し始めた。


「それもこれも、護佐丸ごさまる殿のおかげなんだ!」

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