第38話 野球回②

2回表 2アウト、ランナー3塁


 9番、金城琉美。

 ライジングさんに何か言われた琉美が、ガチガチになってバッターボックスに立った。少し内股になっている。


「琉美に何言ったんだ? さっきより緊張しているように見えるんだけど」


「わざと女の子っぽくして、怖がる演技してって言ったんだよ。男はか弱い女の子に弱いからね。ファーボール狙いだよ」


「意外とせこい手使うんだな」


「弱点を突くのは立派な戦略だよ。それより、琉美から作戦に乗る代わりに、後で僕とシバとタッペイのスリーショット写真を撮らせてって言われたんだ。試合終わったら一緒に撮ってくれよ」


 なんでそんなお願いをしたか気になっていると、無事に作戦成功した琉美は、ファーボールで1塁に進んでいた。2アウト、ランナー1、3塁


 1番比嘉昇。勝負をしてもらえず敬遠けいえん。2アウト満塁。

 2番糸数エリカ。初球の真ん中高めをバットに当てたが、球威に押されピッチャーゴロで3アウトチェンジ。


 2回裏から3回裏まではランナーが出るも無得点。


4回表


 この回は俺からの攻撃だが、その前に、前の打席が終わった時にナビーが言っていたことが何だったのかをきいてみることにした。


「なあ、ナビー。さっき言っていた、なんでにじり打ちしてたのか? ってどういうことなんだ? 俺は昔から右打ちなんだけど、もしかしてスイングがおかしく見えたのか?」


「ああ、あれはよ、シバがいつも屋上でコソコソ居合の特訓してるさー?」


「な!? 何で知ってるんだよ? 知っていて黙ってみてたのか? なんか、恥ずかしいだろ!」


 俺は舜天しゅんてん戦の後から、舜天の技を参考にできないかとコソコソ居合の自主練をしていたのだ。


「いつも琉美と一緒に覗いてたんだよ。それを見て思ったんだけど、居合って刀を自分の身体の左に構えて、斬る対象物も向かって左側さー。これってひじゃいバッターに似てないねー? 何千何万と居合してたから、ひじゃいの方が得意になってるんじゃないのかって思ったわけよ」


 その発想はなかった。少年野球時代は右バッターだったので、普通に右でやっていたが、もしかするとナビーが言うように左が得意になっているかもしれない。


「わかった、やってみるよ」


 左のバッターボックスに入って構えてみる。

 心なしかピッチャーが見やすく感じて視界がしっくりきていた。

 とりあえず2球見てみる。相変わらず速い球だが、しっかりと目で追えていることを確認できた。1ボール1ストライク。

 3球目、変化不足の高めのカーブを無心で振りぬくと、ファーストの正面にライナーで飛んでいったが、打球が速かったのでミットをはじき強襲きょうしゅうヒットとなった。


 ピッチャーの機嫌が悪くなっている気がした。

 素人感満載の俺たちを塁にだしてしまい、この打席、俺が左で打ったことで舐めてやっていると思われた可能性がある。0アウト1塁。


 8番のナビーがバッターボックスに立った。しかし、バッターボックス後方外側の角ギリギリで構えている。この位置では、ストライク球でもバットで届かないのでふざけているように映るかもしれない。

 外角ギリギリを攻められボール、ストライク、ストライク。

 ナビーはスイングする気配がなかった。1ボール2ストライク。

 4球目、外角ギリギリより少し内側に入ったボールをナビーは見逃さなかった。

 バッターボックスの奥から助走をつけて、身体全体を使ったものすごい大振りをした。

 バットの芯に当たったボールはライナー気味にライト側に飛んでいくと、そのままスタンドに突き刺さった。


 3-0になった時、相手はピッチャーを変えてきた。左投げで145キロくらいの速球に、落ちるスライダーとチェンジアップが武器のエースがマウンドに上がった。


 それからは、徹底的にライジングさん、タッペイ、ナビーは敬遠されて、他のメンバーは全く歯が立たないので点が入らなくなっていた。


 7回裏。先発のタッペイに疲れが見え始めた時、2ランホームランを打たれてしまったので、ライジングさんとバッテリー交換した。2アウト、ランナーなし。

 しかし、ライジングさんは高校時代に壊した肘が痛むようで、まともにストライクが入らないようだ。2アウト満塁。

 我慢ができなかったナビーは、ライトからマウンドに走っていった。

 その時、ナビーが俺も来るように手招きしていたのでマウンドに急いだ。


「ライジング。やーお前は痛いのに無理して投げてるんだろ?」


「やっぱりバレたか……どうしても抑えたかったけど、肘が痛んで力が入らないんだ」


「大丈夫! これから私とシバでバッテリー組んで0点で抑えるからよ。後はまかちょーけ任せて!」


「ナビーちゃん達ならどうにかしてくれるか……わかった、よろしく頼むよ」


 ライジングさんはナビーと交代でライト。タッペイは俺と交代でレフトに入った。

 俺は言われるがままにキャッチャー防具を装着して、ナビーと作戦を話し合う。


「ナビーは何か考えがあるんだろ? 俺はなにをすればいいんだ?」


「シバは、ただ真ん中に投げるボールを取るだけでいいよ」


 それだけ言われて投球練習に移った。

 本当はもっと速い球を投げられるだろうが、目立ちすぎも良くないので130キロ前後に抑えて投げている。ここまでは何ともない。


 7回裏、2アウト満塁。

 4番、比嘉4号。満塁で4番バッターは最悪の場面である。

 ナビーは振りかぶって第1球を投げた。


「ストライーーーク!」


 ナビーが言っていたように、真ん中にストレートを投げてきたが、バッターはこの絶好球の球を思いっきり空ぶった。

 そして、同じ球をもう2球投げて3球3振で抑え、この試合最大のピンチを見事に切り抜けた。


 ベンチに戻るとライジングさん達がナビーをたたえた。


「ナビーちゃんすごいよ! あれってどんな変化球投げていたの? スプリット? それとも速いナックルとか?」


「消える魔球さー」


 ライジングさんが小さい声で俺にきいてきた。


「もしかして、前に見せてくれた不思議な力使ったの?」


 ナビーは投げたボールにセジをめ、バッターの手前でボールを一瞬だけセジ化させ、普通の人に視認できないようにしていた。まさに消える魔球だ。


「そうだけど、みんなにはうまくごまかしてくれよ」


 8回、9回と追加点を取れなかったが、相手も消える球を打てるはずがなく、そのまま3-2でライジングレキオスズが勝利した。


 試合後、ベンチ裏でライジングさんが相手キャプテンから3万円を受け取っている姿を見ると、なんだか気分が悪く感じた。



 そのまま直行で、焼肉食べ放題の店で打ち上げをすることになった。

 みんなで勝利を喜びながら楽しい食事会が行われた。

 食事も終わりごろ、琉美がライジングさんにお願いしていた男3人の写真を撮ることとなる。


「ライジングさんはシバの肩を組んでください。タッペイさんはもっと後ろに立ってください。もっと、もっと……はい、そこで悔しそうな顔を」


 カシャ。


「んー、いい! すごくいい!」


 写真を見せてもらうと、嫌そうな顔の俺にニコニコ笑っているライジングさんが肩を組んでいて、その光景を悔しそうなタッペイが見ているという構図だった。


「琉美、これは何がしたかったんだ?」


「はっ……別に何でもないよ。ただ、思い出の写真を撮りたかっただけだよ。ほら、今度はみんなで撮ろうよ!」


 なんか怪しく思っていると、ナビーが答えを知っていた。


「シバ、あれさー。琉美は、いきがんちゃーぬかなさBLの3角関係を妄想して楽しんでいるわけよ」


 琉美がBL好きなのを忘れていた。


「おい琉美! 妄想するのは自由だけど、それに俺を入れないでくれ!」


「も、もももも妄想してないよ! ナビーも変なこと言わないでよ!」


 打ち上げが終わり解散の流れになった時、気になっていたことをライジングさんだけに言った。


「ずっと引っかかってたんだけど、ライジングさんは何でクソみたいに正義感が強いくせに、明らかにやってはいけない草野球に参加しているんだ? 手をかした俺が言うのもなんだけど、正直見損なったんだけど」


「シバは痛いとこついてくるね……信じてもらえるかわからないけど、僕も本当は参加したくないんだ。今日戦ったチームがこの大会を主催していてね、ほとんどの人がレキオス青年会のOBで、そのOB方の勤め先からボランティアに加勢してもらったり、資金提供してもらっている手前、参加したくないと言える立場じゃないんだ……」


「はあ!? お前はそんな奴じゃないだろ!」


 事情を聴いてなんだかイライラして、柄にもなく熱くなっていた。


「お前は正義感の塊で、ダメなことはダメと人を選ばずに言えるまっすぐな人だと思っていたのに、そんなつまらない理由でなに流されてるんだよ!」


「つまらないだと! 僕だって野球できる機会をなくしたくないし、資金調達がないとレキオス青年会の活動が難しくなるし、先輩たちとの関係だって……」


 俺の言葉に声を張って反論していたライジングさんは、急に10秒ほど黙ったあと左手で顔を覆い暗い声でつぶやく。


「ダメだ。自分で言い訳していると気が付いたら、気持ち悪くなってしまったよ……でも、僕はどうしたらいいのかわからないんだ……」


「ライジングさんはライジングさんらしく、堂々と正義を貫けばいいんだよ」


「僕らしくってどんな?」


「初めて俺とあった時、ろくに確認もしないで犯人扱いしただろ? ライジングさんはあれなんだよ」


「あの出来事は反省したんだけど、シバはあれで良かったって言いたいの?」


「確かに疑われたときは腹が立った。だけど、自分の正義感に従って真っ直ぐ進む姿はかっこいいとも思っていたんだよ。それに、多分、そこにひかれてタッペイさんとエリカさんはライジングさんをしたっているのだと思うよ」


「そ、そうなのか……それなら、あの2人にもシバみたいに見損なわれているかもしれないな」


 ライジングさんは、とてもつらそうな顔からパッと明るい表情になると右手を差し出してきた。


「シバ、気づかせてくれてありがとう! 過ちを正す決心がついたよ」


 青春している感でむず痒いまま、がっしりと握手を交わした。

 すると、不意に引っ張られて体の右半分を軽く抱擁ほうようされた。


「シバはいいやつだな!」


「やめろ、気持ち悪い!」


 カシャシャシャシャシャ……


「いい。すごくいい!」


 音がするほうを見ると、琉美がスマホをこちらに向けて興奮していた。


「連写すんな!」



 この数日後、ライジングさんは大会主催と話し合いを設けたが、相手が利く耳を持たなかったので一切の関係を断ったらしい。

 草野球は続けていきたい気持ちが強かったみたいで、新しい大会をライジングさんが主催することになると、すぐにたくさんのチームが参加したいと集まったとか。

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