第35話 キジムナー登場

 2019年6月6日、午後3時。

 晴天を映えさせるエメラルドグリーンの海に架かる橋を、白虎びゃっこに乗って渡る。

 白虎が特技【複数人乗り】を取得していることがわかったので、3人とマジムン2匹でぎゅうぎゅうに詰めて乗っている。

 ハーメー老婆マジムンの話では、今の時期はこの古宇利こうり島にキジムナーが滞在しているだろうとのことだ。

 しかし、ピンポイントでキジムナーの居場所まではわからないので、とりあえず島を1周できる道をただグルグルと回っている。

 4周しても見つからなかったとき、琉美るみが提案をしてきた。


「ねえ。ただ回っても見つかりそうにないから、観光スポットに寄ってみない? 古宇利こうり島に来たら行ってみたいところがあったんだ」


「それもそうだな。とりあえず、行ってみるか」


 来た道を戻り琉美の案内に従って行くと、ハートロックがあるティーヌ浜ビーチの駐車場についた。

 車で来ると有料駐車場を利用するのだが、白虎に乗っているのでスルーしてビーチに向かう。

 道が狭いので白虎から降りて歩いている時、俺は思ったことを口にした。

 

「ハートロックって、ただ岩の形がハートに見えるだけの場所だろ? なんでそんなのが見たいんだよ……」


「はあ!? 何言ってるの! 可愛いから見たいんでしょ! それに、写真映えもするし、恋のパワースポットって言われているイケイケの場所なんだからね! これだからシバはモテないんだよ」


「うるせえ! 自分はモテてるのかよ!」


 ペチ、ペチ、ペチ……


 無言で何度も軽くムチで叩いてくる。どうやらモテないことを気にしていた様だ。

 地味に痛いが、琉美のドSPが増えるので我慢しておくことにした。


 背の高い草むらを突っ切る細い一本道を進むと、真っ白な砂浜に澄んだ青い海が広がっていた。

 すぐそこの、ひざ下くらいの水深の場所に、根元が細くなっている大きな岩が2つあった。


「あー、コレコレ! 左の岩がハートロックだよ! ねー、みんなで写真撮ろうよ!」


「撮ろうシャモ! 撮ろうシャモ!」


 落ち込んでいたのが嘘のように、マジムンたちと一緒にテンションが上がっている琉美を横に、口数の少ないナビーに話しかけた。


「ナビー? あまりしゃべらないけど、体調でも悪いのか?」


「ああ、ごめんごめん。まさか、古宇利こうり島にも橋が架かっていると思っていなかったから、しかんでいたビックリしていたさー」


 ナビーの世界からすると、離島に橋を架けることは異常なことなのだろう。驚くのも無理はない。


「近い距離にある島には、だいたい橋が架かっていると思うよ。今度、時間があったら行ってみるか」


 ナビーとの会話をさえぎり琉美が急かしてきたので、ハートロックをバックに集合した。

 ハートと一緒に写真に写ることに抵抗があった俺は、写真を撮る側にまわる。

 琉美が白虎を抱きかかえて、すぐ右にナビーが立っている。その前でウッシーミシゲーしゃもじをもってカッコイイ風のポーズを決めたのを見て初めて、スマホ越しの被写体を見た。


「あ、やべ……」


 俺は悲しすぎてシャッターを押せないで固まってしまった。

 琉美が焦りながら言う。


「シバ、どうしたの? 白虎が重いから早く撮ってよ!」

 

「ごめん、俺には撮れない」


「あー、もう限界!」


 琉美が砂浜まで戻り白虎を降ろすと、俺の元まで来た。


「これ見て」


 琉美にスマホ越しのナビーたちをのぞかせた。


「あー! ミシゲーとウッシーが映っていない!」


 それを聞いたウッシーは泣き叫んだ。


「モーーー、ウッシーたちマジムンは写らないこと忘れていたんだモー。みんなと一緒に写りたかったんだモー!」


 ウッシーがモーモーと声上げて泣いていると、ミシゲーも寄り添って泣き始めた。

 あまりにも悲しんでいるので、俺たちは何もかける言葉が見つからないで黙っていると、子供の声が聞こえてきた。


「モーモーモーモーかしましいぞ! オラ、昼寝の邪魔されたら、わじわじーイライラするんだぞ!」


 ハートロックの上のくぼみから姿を現したのは、肩まで伸びたボサボサの赤い髪が特徴で、赤黒く日焼けをした5歳児くらいの男の子だった。

 すこし頭身が低いのと異様なオーラを放っていることから、すぐに人間ではないと感じ取った。

 泣いていたミシゲーとウッシーは涙が引っ込んで固まっている。


「キ、キジムナーシャモ……お、怒らせてしまったシャモ……」


「キジムナー、ごめんなさいモー! 悪かったんだモー!」


「ぐうううう!」


 白虎が警戒して威嚇いかくを始めようとした。


「白虎! 何もするな!」


 ナビーが威嚇を止めると、白虎は黙って後ろに引いた。


 ハートロックの上に立っているキジムナーは俺たちを見下ろしている。


「オメーらは、ハーメーと仲良かった奴らだな。わざわざオラに嫌がらせをしに来たのか? わじった怒ったぞ!」


 キジムナーは右手を握りハーと息をかけると、拳が熱せられた鉄のように赤くなった。


「違うシャモ! 違うシャモーー!」


かしましいうるさい! くらえー、ヤーチューメーゴーサーお灸をすえるげんこつ!」


 このままではミシゲーとウッシーがやられると思い、咄嗟とっさに足元の砂を握ってイシ・ゲンノー石ハンマーの要領でセジをめ、キジムナーの拳を受け止めようと考えた。


花笠はながさシールド、カタサン硬化!」


 ナビーは俺よりも先に花笠シールドを構えて、ミシゲーたちの前に立っていた。

 そこにキジムナーの拳が振り下ろされる。

 それをカタサン硬化で補強した花笠シールドでナビーが受け止めると足元にクレーターができた。

 キジムナーの拳は、押し込むようにグイグイとナビーを沈ませている。

 俺はすごい衝撃にとばされそうになっていたが、自分の後ろにヒンプンシールドを設置して体を支えた。

 同時に、琉美たちの前にもヒンプンシールドを設置していたのでみんな無事だったが、この後のことも考えて琉美たちのヒンプンの前に移動して身構えた。

 正直、舜天しゅんてんレベルというキジムナーと戦っても勝てないので、敵対意識がないことを知らせなければならない。

 そのため、攻撃系の技をしたら1発アウトだろう。ナビーもそれはわかっていたから、攻撃ではなく守りでいったのだと思う。


 ……ヤバイ!


「ナビー踏ん張れー、ヒンプンシールド!」


 増々沈んでいく姿にヤバいと思い、ナビーの足元にヒンプンシールドの足場を設置した。

 沈まなくはなったが、全圧力がもろにナビーにかかってしまい、もう耐えられそうにない。


「シバーーーー! おねがーーーーい!」


 ナビーは最後の力を振り絞って、キジムナーを俺がいる方向に誘導するように、花笠シールドでいなした。


 ……なんで誰もいない場所にとばさないんだよ! まあ、よければいいか。いいや、ダメだ!


 後ろには琉美たちがいる。守ろうと思ったのが裏目に出てしまった。

 向かってくるキジムナーに俺ができることは、最初に握っていたこの砂を使うくらいだった。


「とまれーーーー!」


 思いっきりセジをめた砂の塊が、キジムナーの姿が見えないくらい大きくなったと思ったら、ドシッと重みを一瞬だけ感じた。

 サンドバックのように衝撃を吸収して、キジムナーを止めることができたようだ。

 襲ってくるかもしれないので身構えながら後ずさる。

 ナビーも体制を整えて反対側で様子をうかがっていた。

 しかし、キジムナーはその場で立ち尽くして自分の右手を見ている。


「あれ? 止められちゃったのか? こんなのはじめてだぞ……」


 ミシゲーとウッシーは、慌ててキジムナーの前に立ちふさがり事情を説明した。


「キジムナー、落ち着いて聞いてほしいんだモー! ウッシーたちはキジムナーに会いに来ただけなんだモー!」


「そうシャモ! この人間たちがキジムナーにききたいことがあるそうなんだシャモ」


 緊張が走った。

 次のキジムナーの言葉でこれからのことがすべて決まってしまうので、俺は話し合いをしてくれるようにと願っていた。多分、みんなもそう思っているはずだ。


 グゥーーーーー!


 右手を見て固まっていたキジムナーのお腹から、緊張の糸を切る音が鳴った。


やーさんどーお腹すいた! よし、うまんちゅーでみんなであさばんだ昼ご飯だ!」

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