第32話 託される

 目を覚ますと、花香はなかマンションの自室ベッドに寝かされていた。

 スマホで時間を確認すると、もう19時を過ぎている。

 急いでリビングに行くと、女性陣3人が食卓でだらけて座っていた。


「これは、どういう状況なんだ?」


やーさんよーお腹すいたよー……やーさんよ……」


「ああ、シバ君やっと起きたのね。早速だけど、晩ご飯作ってちょうだい」


「シバ……ひもじいよ」


 どうやら、3人ともお腹がすいているみたいだった。


「そんなにお腹すいたなら、自分たちでつくったり、何か適当に買ったりして食べればよかったのに……」


 ナビーと琉美るみの顔が急にギラついた。どうやら、言ってはいけないことを言ってしまったようだ。


「ねえ! 自分がどうやって帰って来たかって、少しでも考えての発言なの?」


「どうやってって、そういえば、あの後どうしたんだ?」


 俺がセジ切れで倒れてしまった後、少し休めば起きるだろうと休憩していたが、あまりにも起きる気配がなかったので、ここに連れ帰ったらしい。

 マンションまでは白虎びゃっこに運んでもらえたが、部屋に連れていくまではナビーと琉美が2人で担いだらしく、それの疲労で動く気力がないのだそうだ。

 ちなみに、ミシゲーしゃもじウッシーは、しばらくあの場所にとどまるのでいつでも会いに行けるみたいだ。


「軽率な発言すみませんでした。急いで作るから、ちょっと待ってて」


 急いでキッチンに向かって料理を始めた。

 野菜そばの衝撃から野菜料理の可能性を感じていたので、実家で作ったことがあり、自分も好きな野菜炒めのフーイリチー麩の炒め物を作ることにした。

 最初にくるまを一口大に手でちぎり、しばらく水につけておく。

 その間に、キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、もやし、ニラ、豚バラ肉で、普通の野菜炒めを作る。

 水に浸していたおを手で強く絞る。

 顆粒かりゅうだしを少量入れてしっかりと混ぜた生卵に、絞ったおを入れてまた混ぜる。

 それを、もう1つのフライパンで、スクランブルエッグをつくるようにごま油を敷いて焼いておく。

 野菜炒めの方は、顆粒だしや醤油などで味を調えたら、水分量を確認する。水分が多めなら、そのまま焼いたおを投入して混ぜ合わせると完成だ。


 急いでよそって食卓に並べた。お好みで花ガツオをひらり。


「お待たせしました。フーイリチーです」


『いただきます!』


 最初に、お麩の状態を確認するため箸で持ち上げると、鮮やかな卵の色に汁気を含んだ重みを感じた。

 野菜炒めを水分が残るように作ったのは、お麩に吸わせるためだったのだ。


 ……食べなくてもわかる。これは美味しくなっているはずだ!


 他の野菜も一緒につまみ、ご飯にワンバウンドさせて口に放り込む。

 もやし、玉ねぎ、キャベツのシャキシャキと、ダシ入り野菜汁を吸ったお麩のうまみが口の中に広がっていく。

 気が付くと、野菜汁で色づいたバウンド地点も一緒に咀嚼そしゃくしていた。たまにやってくる豚バラ肉との相性も抜群に良い。

 皆、黙々と食べている。多めによそっていたはずのナビーは、おかわりもしていた。


くわっちーさびらごちそうさまちゅふぁーらお腹いっぱいさー」


「おいしかったー。シバ君、また料理の腕上げたんじゃない?」


「そうですか? そうだといいんですけど……」


 琉美は最後の一口を飲み込んで少し怒り気味に言った。


「そうだよ! 美味しくなってるよ。だって、今の生活になって前より体を動かしているはずなのに、だんだん体重増えているんだから。シバのせいだよ!」


「それは自分で節制せっせいしろよ……」


 食べ終わった食器を洗うために流し台に持っていく。

 完食された3人分の食器が流し台に置かれているのを見ると、料理をしてよかったと思うようになっていた。



 かたづけを済ませ、リビングでくつろいでいるナビーと明日のことを話す。


「ナビー。俺、明日はごうさんと2人で会う約束しているんだけど、ナビーたちはどうするんだ?」


「んー、どうしようかねー? なんか、シバがいないと在来マジムンと会っても意味ない感じがするから、明日はここで待機にしようかねー」


「俺のセジ、あげる気満々だろ!」



 2019年6月4日、午前9時。

 待ち合わせ場所である、剛さんと戦った公園にバイクで向かった。

 剛さんはすでに公園のベンチに座って待っていた。


「剛さんおはようございます。早いですね」


 俺が来ても立ち上がる感じがしなかったので、そのまま隣に腰かける。


「家が近いからね。そんなことより、今日来てもらったのは、最後に僕の技を伝授したいと思ってるのだけど、受け継いでくれないかな?」


「え! 剛さんは、マジムン退治に復帰しないんですか?」


「僕より強い君が後任だから戻る必要がないし、一度逃げた身だからその気は全くないよ」

 

「!? 俺が剛さんより強いってそんなわけないですよ。実際、この場所でやられているし。それに、ナビーが簡単に倒せないくらい強いって言ってましたよ」


「君は勘違いしているね。僕が君を倒せたのは、舜天しゅんてんからもらっていた膨大なヒンガーセジ汚れた霊力のおかげだったんだ。僕自身のセジ霊力だけで戦ったら、君が勝つと思うよ」


「そ、そうですか?」


「実際戦ってみて、君の戦いのセンスは相当なものだと感じている。舜天戦の時もそうだったけど、その敵にあったフェイントを戦いの緊張の中でやっていたのは、格闘家として震えたね」


 イシ・ゲンノー石ハンマーと見せかけてのテダコ太陽の子ボールと、舜天のすきをつくったセジ刀・千代金丸ちよがねまるのことだろう。

 あの2つは、急な思い付きの一か八かやって、たまたま成功した感じだったので、まさか褒められると思わなかった。


「あれはたまたま思いついて、それ以外やれることがなかっただけ、みたいな感じだったんですけどね……」


「それっていいかえれば、戦闘中に最適解を見つけているってことなんだよ。まだ経験が浅いうちにそれができているから、この先が楽しみだね」


 戦いに関してこんなに褒められたことがなかったので、うれしくて顔がにやけてしまっていると、剛さんは、もう一つの俺の勘違いを正してきた。


「それと、ナビーが簡単に倒せないくらい強いって言ったのは、セジなしでの殴り合いのことだと思うよ。修行で何度かやっていたからね。マジムン以外にセジの攻撃は当たらないから、生身で組み合っていたんだよ」


「そういばそうでした。そんな修行やったことなかったから、気が付きませんでしたよ」


「正直、ナビーの強さは異常だと思ったね。空手を20年真剣にやっていた成人男性と素手でやりあって、いい勝負をするんだからな……」


 ナビー以上に強くなるためには、セジの扱いもそうだが、やはり、身体能力の向上も重要なのかもしれない。


「それじゃあ、俺に空手を教えてくれるんですか?」


「いいや。君の戦い方に合わないと思うから、空手は教えない。僕が教えるのはオーラをまとう技の方だね」


「あのパワーアップする技ですか? あれを使えるようになれば、一気に強くなれるじゃないですか! とてもありがたいです!」


 剛さんの表情が急に険しくなった。


「言っておくけど、この技は簡単に習得できないよ。厳しい修行が必要で、考案した僕でさえ1月かかったものだからね」


「は、はい! 頑張ります!」


 少し空気が重くなった。

 セジの扱いが苦手な剛さんが、苦しんで手に入れた思い入れのある技を教えてくれるというので、真剣に受け止めなければいけない。


 剛さんは立ち上がり、俺に右手を向けてきた。


「少し黄金勾玉クガニガーラダマを借りてもいいかな? 一度、説明しながらやって見せるから」


「あ! でも、俺って見える人じゃないから、これがないと何しているかわからなくなりますけど……」


「僕も見えなかったんだけど、今は見えるんだよね。もしかしたら、君も見えるようになっているかもね」


 そういえば、今は家にいるとき以外はずっと首にかけているので、気にしたこともなかった。

 確認するために黄金勾玉クガニガーラダマを剛さんに渡し、セジを使ってもらう。


「じゃあ、やってみるよ。まとえ、初段のオーラ!」


 青いオーラが薄く、剛の周りにただよっている。


「見えました! 俺も、見える人になってたみたいです」


「やっぱり。でも、見えるだけでセジは使えないんだよね」


 試しに何か技を出してみる。


テダコ太陽の子ボール……できませんね」


 黄金勾玉クガニガーラダマでセジに触れ続けることで、セジを認識できる人になれたってことなのか? よくわからないが、これで修行が行えるので好都合だ。


 剛がオーラを引っ込めた。


「じゃあ、今度は説明しながらやるよ。最初に、セジを感じながら全身に力を入れて、一気に力を抜く。深呼吸をしながらだと力を抜く感覚がわかりやすいね。それから、セジを体の外に押し出すイメージで全身に力を入れる。まとえ、初段のオーラ!」


 剛の周りにオーラができたが、すぐに引っ込めた。


「あれ? セジを使ってないから、最大SPが減っちゃってるのかな? それはいいとして、今の説明でわからないことあったらきいてちょうだい」


「最初の深呼吸ってやる意味あるんですか? すぐに力を入れればできそうな気がするんですけど……」


「この技は、脱力状態から力を入れるふり幅を使ってセジを押し出しているから、無力と最大力の差が大きいほど成功率が上がるんだ」


 剛は続けて野球のバッターの構えをした。


「少年野球でよく、ガチガチの子に力を抜けっていう人がいるでしょ? でも、本人は力を入れている気がないから、どうしようもなくてガチガチのまま三振する」


「でも、ガチガチの子に深呼吸させてもガチガチのままですよね?」


「そうだね。深呼吸で落ち着くのは、どちらかというと精神面の方だからね。身体の緊張をほぐすには、逆に一度思いっきり力み、それから脱力をすることで、力を抜く感覚をつかめるんだ。試しにやってみよう。はい、力を抜いて!」


 言われた通り力を抜いてみる。

 脱力している意識はあるが、元々力んでなかったので力が抜けているのかあまりよくわからなかった。


「意識してやっているんですけど、ちゃんと抜けているかわかりにくいですね」


「そうなんだよ! 人間って力を抜くのがヘタクソなんだ。それを理解したうえで、今度は僕の指示通りにやってみよう」


 剛さんの言うとおり、そのままやってみる。

 大きく息を吸い、吐き出さずに止めながら全身に思いっきり力を入れる。

 5秒程たったら、息を吐き出すのと連動させて体の力も一緒に抜くと、今まで感じたことのない脱力状態になっていた。


「どう? 何か感じた?」


「はい。力が抜ける感覚を頭で理解できた感じです。力を抜くには力を入れる、その必要性がわかった気がします」


「それはよかった。でも、ここからが本番だからね」


 剛さんから黄金勾玉クガニガーラダマを受け取り、今度はオーラの出し方を教わる。


 先程のやり方で脱力する。この時、体内にあるセジを感じておく。

 そして、感じていたセジを力みで体外に押し出すイメージで力を入れる。


まとえ!」


 次の瞬間、体中が青い炎で燃えているようなオーラが現れた。目の前の剛さんは目と口を大きく開けて驚いている。どうやら成功したみたいだ。


「いっ、1発でできたのか!? それに、4段のオーラじゃないか……」


「4段って、舜天の時、剛さんがやっていたやつですか?」


「そうだ。俺がやったのはセジオーラ、レベル4。一度、ステータスで確認してみてくれないか」


 特技の項目だけ見てみる。


特技 テダコ太陽の子ボール Lv.10    ティーダ太陽ボール Lv.6


   イシ・ゲンノー石ハンマー Lv.6    セジ刀 Lv.8


   ヒンプンシールド Lv.9   セジオーラ Lv.4



「セジオーラ、レベル4が新しく追加されてます」


 それを聞いた剛さんは何とも言えない表情になっていた。

 習得に1月かかって、それからレベル4まで上げた技を簡単にやられてしまったので、ショックを受けている様だ。


「君はすごいよ。セジの扱いがうまいとは思っていたけど、まさかここまでとはね……」


 俺が何も返す言葉が見つからないでいると、剛さんの落ち込んだ顔が優しい笑みに代わり、さみしい気持ちになることを言った。


「君のおかげで、本当に未練がなくなったのかな……これで僕は新しい人生を歩んでいけそうだ。だから、これからのことはシバ君に託すとしようかな」


「わかりました! この技と共に剛さんの思いも受け継いで、これから頑張っていきます!」


 剛さんは目を閉じながら頭を下げた。


「ありがとう……頑張ってな」


 そう言った剛さんは後ろを振り返り、肩を震わせていた。

 俺はその背中に向けて深くお辞儀をして、大きな声で叫んだ。


「ありがとうございました!」


 剛さんは振り返らずにそのまま家の方向に帰って行った。

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