第2話 美魔女県議会議員

「えー、起きれー!」


 急に思いっきり鼻をつままれて揺す振られた。


「アガー! しに痛い!」


「いつまで眠るつもりか!」


「おい! どんな起こし方してんだ。もぎとられると思ったわ」


「もぎとるつもりでやったけど、脂がすごくて滑ったさー! 子守、汚いからゆーふるお風呂入ってきて」


「風呂は入るけど、俺のことはシバって呼んでくれないか。柴引子守しばひきこもりの引子守の部分が死ぬほど嫌いなんだよ……」


「じゃあ、ヤーグマイ家にこもるでどうね?」


「意味一緒じゃねーかよ! ってか、今までそれを言われすぎてコンプレックスになったんだよ」


「ごめんごめん。これからはシバって呼ぶから、早くゆーふるお風呂はいって。花香はなかねーねーの家に一緒に帰るから」


 言われるがままお風呂に入り身支度を整えると、ナビーが勝手に部屋の壁に飾ってあったお面型のシーサーを持ってきた。


「これは誰のものね?」


「あぁ、これは小学生の時、俺が学校行事で作った面シーサーだけど」


「この面シーサー、私が持っておいていいね?」


「えーっと……まあいいけど。大切にはしてくれよ」


 この面シーサーは、両親と作った思い出の品だったので少し戸惑ったが、今は両親との関係はこじれてしまっているので、渡してもいいと思った。


「でっ、その花香ねーねーの家はどこにあるの?」


「那覇市内のマンションだから、ここ沖縄市から1時間ってとこかねぇ?」


「遠いな……俺、お金持ってないけど大丈夫か?」


「もちろん、引きこもりがお金持っていると思ってないから大丈夫さー」


 満面な笑みのナビーは可愛らしいのだけど、憎たらしい顔にも見える。でも、人見知りの俺でも気兼ねなく会話ができる子なので、いい子なのだとは思う。

 気の強い妹とか後輩の女の子ができたと思えば、まあ悪い気はしない。

 住み込みになるというので、最低限の荷物をまとめてタクシーに乗り、花香さんのマンションに向かった。親に一言も言わずに。



 那覇市内、高層マンションの最上階の部屋に案内された。沖縄でどんな仕事をしたらこんな高そうなとこに住めるのか疑問に思っていると、部屋の扉が開いた。


「花香ねーねーただいまー! 柴引子守つれてきたよ!」


「おかえりナビー。それから、初めまして柴引子守さん。私は、古謝花香こじゃはなかといいます」


 俺と同じくらいの身長で、モデル体型の誰が見ても美人と認めるであろう人が、黒髪の長髪を緩いお団子にして、かわいい系の部屋着で迎えてくれた。

 しかも、超有名人だった。


「えっ!? 古謝花香って容姿端麗、頭脳明晰なのに38歳でいまだに独身で不思議がられている、美魔女県議会議員の古謝花香ですか?」


「えっ! ええええええ!? その古謝花香で間違いないけど、誰が不思議がってるのですか! しかも美魔女県議会議員ってなんなのですか!?」


「あれ? ネットでは有名なのに、本人は一切見てなかったんですね。一度、エゴサーチしてみたらどうですか?」


 リビングに案内してもらい、すぐさまノートパソコンでエゴサーチをはじめた。

 いくつかの掲示板を見た後、しばらく頭を抱えてもだえている。普段、テレビで見る古謝花香のイメージと違いすぎて、心配になる程だ。


「あの……大丈夫ですか?」


「あ、ああ……大丈夫。取り乱してすみません。まさか、こんなイメージがついていたなんて思ってなかったので……。でも、もう大丈夫です」


 それでもまだ、落ち込んでいるようなので別の話をすることにした。


「それにしても、あの古謝花香にこんな変な妹がいたんですね」


「えー、シバ! こんな変なって私のことか!?」


 怒るナビーを見て気が晴れたのか、古謝花香はゆるんだ表情になった。


「私のことは、ナビーのように花香ねーねーとでも呼んでちょうだい。ナビーはあなたのことをシバって呼んでるみたいだから、私もシバ君と呼ぶね」


 仕切り直すように真剣な表情になった古謝花香は、これまでの経緯を説明してくれた。


「ナビーは私の妹ではありません。この世界で面倒を見ているうちに、なついてくれてねーねーと呼んでくれているだけです」


「この世界って言うことは、まさかナビーは別の世界から来たとでも? いくら変な力を持った変な娘でも、それはないでしょう」


「えー! また変なっていったなー!」


「あれ!? ナビーはまだ、異世界琉球のこと話してなかったのね」


「いっ、異世界琉球!? なんですかそれ?」


 花香ねーねーは呆れたようにナビーを叱った。


「ちょっとナビー! あんた何も説明してないの!?」


わっさいびーんごめんなさい! でも、もうマジムン魔物と一戦してきたよ」


「マジムンと一戦って、説明もしないで戦わせたの? 全部説明して了承を得てから連れてきてと言ったのに、あんたはもう……」


「だって、私が説明するより花香ねーねーが説明したほうが分かりやすいと思って……」


 怒るのも面倒くさくなったのだろう、花香ねーねーはそのまま話を続けた。


「ナビーは、異世界の琉球からマジムンを退治しに来た異世界人なのです。異世界琉球では、ヒンガーセジ汚れた霊力を生み出している源為朝みなもとのためともという人のマジムンが、琉球を征服しようとマジムン軍で攻めてきて、琉球王国はそれを迎えうっている状況だそうです」


「源為朝って、歴史上に出てくる伝説的な武将でしたよね? それがなぜ琉球に攻めてきたんですか?」


 ナビーは少し怒りながら「悪者の考えなんかわかるわけないだろ!」と言っていたが、花香ねーねーは何か引っかかることがあるようだ。


「シバ君は、最初の琉球国王は誰と認識している?」


尚巴志しょうはしですけど間違ってますか?」


「いいえ。おそらく尚巴志で間違いないと思います。ですが、第二尚氏王統時代に作られた歴史書に、初代琉球国王は舜天しゅんてんと記載されています」


「舜天……聞いたことないですね。それがどう源為朝とかかわりがあるのですか?」


「歴史書によると、舜天の父が源為朝と書いてあり、為朝は日本から海を渡ってきたそうです」


 ナビーは舜天の名前を聞いて驚いていた。


「確か、為朝のほかに人型の強いマジムンで舜天しゅんてん舜馬順熙しゅんばじゅんき義本ぎほんってやつらがいたね。それぞれ千代金丸ちよがねまる治金丸じがねまる北谷菜切ちゃたんナーチリーという刀を持っていて、でーじとても強くてなかなか倒せないでいたさー」


「その3人は、3代続いた舜天王統の王の名前です。しかも、その刀は琉球国王尚家の3振りの宝剣として伝わっているものですね」


 2人の話を聞いているうちに、異世界という言葉が引っかかってくる。


「歴史書に出てくる人たちが、異世界琉球にいるということは、異世界っていうより過去なんじゃないですか? ナビーはタイムスリップしてきたとか?」


 俺の疑問を2人とも否定してきた。

 花香ねーねーは、この歴史書は信憑性しんぴょうせいがとても低いと思っているようで、つじつまが合わないことが多々あり、記載されていることを鵜呑うのみにしてはいけないと言っている。

 ナビーのほうは、この世界には野生のシーサーがいないからだとか、ファンタジー要素がないから世界自体が違うのだと言っている。この世界ではナビーが来るまで目立ってファンタジーな現象は起こってないのだ。


「俺が考えた仮説ですけど、ナビーの世界はファンタジー要素がある世界線で、特殊な力があったがために、こっちの世界とは違う歴史を歩んでいる世界なんじゃないのかな。だから、この世界の歴史と照らし合わせて、いろいろ考察しても意味がないし、正解も出ないと俺は思います。まあ、今までアニメや漫画を見てきた感覚での話ですけど……」


 花香ねーねーとナビーは納得してくれたようで、ナビーが来た理由の説明を再開した。


「琉球王国と為朝軍の戦いの最中、為朝はヒンガーセジ汚れた霊力をいたるところに振りまいて、マジムンを量産しているそうです。その時、なぜかこちらの世界にヒンガーセジが流れ込んでしまい、何かあってはいけないとナビーが送られてきたようです」


「私はある程度ちゅーばー強いだったから、この世界に流れてくるヒンガーセジくらいは対処できると見込まれていたわけよー。やしがだけど、最近はヒンガーセジの量が増えて一人での対処がきつくなってね。だから、仲間を増やしたくてシバを勧誘かんゆうしたわけさー」


「それなら、俺はヒンガーセジ汚れた霊力がこの世界に流れてこなくなるまで、ナビーと一緒に戦うってことか」


「あっちの世界のみんなが、為朝軍を倒してくれるといいんだけど……最近のマジムン出現度からすると、押されてるっぽいからよー。まあ、いつまでかかるかわからないけどゆたしくねーよろしくね


 ナビーが来た理由はわかった。しかし、まだわからないことがあったので聞いてみることにした。


「花香ねーねーは、よく異世界から来たというナビーを受け入れましたね」


「実は、私はノロと言って霊的な力を祖母から受け継いでいます。ナビーが来る前に、異世界琉球のノロから夢を伝って、ナビーをよろしくといわれていました」


「沖縄で霊的といえば、ユタみたいなものですか?」


「ユタは個人同士で関わるいわば自営業だけど、ノロは国全体を考える公務員みたいなものと考えればわかりやすいかな。ちなみに、ナビーもノロなのよ」


「一番下っ端だったけどね」


 今すぐ古謝花香こじゃはなか掲示板をひらいて、ノロのことを書き込んだら話題になるだろうなと思ったが、これからお世話になるのだからやめておこう。

 それより、まだ気になることがあった。


「なんで、引きこもりの俺なんかを選んだのですか? スポーツできる人とか格闘技できる人とかにすれば、もっと効率がよさそうですけど……」


「それは、マジムン魔物退治がこの世界では異常で、その異常をすんなり受け入れてくれる人じゃないといけないし、しかも、戦うにはセジ霊力を使った攻撃じゃないといけないから、セジを扱う特訓が必要で時間がかかる。異常を受け入れ、時間を持て余している人といえば、オタクで引きこもりがベストだったのよ!」


 オタクで引きこもりがベストと聞いて、なんか複雑な気持ちになったが、それはもう気にしないことにしよう。


「俺が最適だったってことはわかったのですが、何でナビーは異世界人のくせにゲームとか知っていて少し中二病っぽいんですか?」


 なぜか、中二病と言われて喜んでいるナビーを横に、少し落ち込んでように見える花香ねーねーが理由を説明した。


「2年前にナビーと出会ったころ、とても方言がきつくて大変だったのよ。言葉が通じないわけではなかったから、よく外国人が日本語を覚えるとき、アニメで勉強しましたっていうじゃない。それ参考にしたらこうなっちゃったのよ……」


 ナビーは得意げな笑みを浮かべている。


「だから、私はオタクに偏見へんけんもってないから安心してね!」


 他に気になることがすぐ思いつかなかったので、晩御飯を食べながら、明日からの活動の説明を聞いた。


「シバ君には、明日から早急にバイクの免許を取ってもらいます」


「えっ!? 何でバイクなんですか? 俺、お金もないし親とも仲違なかたがいしてるから、払ってくれると思わないですけど……」


「お金のことは一切心配しなくていいわ。それと、もう親御さんには許可を取っているからそれも心配しないで」


「まさか、前もって親に会っていたとは思わなかったな……」


「未成年を預かるのだから当り前よ! 危険なこともある仕事を任せると言ったら、本人に任せると言っていたわ」


 すると、ナビーが横から馬鹿にしたように言ってきた。


「親のすねをかじらずにすんで、よかったなー」


「ああそうだな。これからは親のすねをかじるじゃなくて、親のすねにギプスくらいしないとだな」


 ナビーのけなしに、ユーモアで返そうとした俺のギャグを、まさかの花香ねーねーがツッコミをしてきた。


「ギプスって、かじり過ぎてすね折ってんじゃん!」


 一瞬、時間が止まり、花香ねーねーの顔が赤くなっていると、ナビーが聞いてきた。


「ギプス? ってなんね?」


「わっ、わからないならもういいのよ……」


 古謝花香はツッコミもできると掲示板に書きたい気持ちを抑え――というか、この短時間で俺の古謝花香に対するイメージは変わっていく。

 いつもは完ぺきな女性を取り繕っているのだろう。実際はもっと緩い人なのかもしれないので、これから関わって行く中で、ボロが出てくるのが楽しみに思える。


「そうそう。何でバイクの免許が必要なのか説明してなかったわね。マジムンは、沖縄本島のありとあらゆる所に現れるのだけど、そこに行く移動手段がタクシーだったのよ。流石にこれからもタクシー代を払い続けるのは大変だから、いっそバイクを買ったほうがいいと思ってね。バイクならシバ君の年齢でも取れるでしょ!」


「でも、それじゃあ2人分の武器って、持ち運びできないですよね?」


「もちろん、銃刀法違反になる物や、職質されてアウトな物はダメだね」


「ええええ!? 本当ですか? 俺、剣とか弓なんかを使えると思ってウキウキしてたのに……」


 すると、ナビーも不満そうに言った。


「私も、自分の世界で使っていた武器で戦いたかったのに、花香ねーねーがダメだって言うわけよー。だから、この世界に来てからは基本、武器は現地調達しているわけさー」


 だから石で攻撃したりシーサー使ったりしてたのか。でも、俺は武器なしでどう戦えばいいのか? と聞く間もなく、花香ねーねーが明日の話を始めた。


「早急に免許といえば合宿! 手続きはこちらがするのでシバ君は明日から合宿免許頑張ってねー」



 次の日から10日間の免許合宿生活で、普通自動二輪車免許を取得した。

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