【5章 こってり粉落とし紅ショウガ鬼マシマシチャーシュー抜き】『よい子のためのサンタクロース』

 港には看守たちの小隊が1つあった。たった3人。

 その中にはテルコもいた。

 退屈そうにあくびをして、その隣に立つ若い男に、たしなめられている。

 港には、等間隔に派手な色をした倉庫がある。おれたちはそのうちの一つの陰に隠れ、看守たちの様子を見ていた。海のそばは一層寒い。

 おれはトトに尋ねる。

「……作戦は? 何かないのか?」

「ぼくの身体能力があれば、作戦なんか必要ないよ」

《イイ作戦ガ ナイカラ クスブッテンダロ》

「なに、失敗したって麻酔銃で撃たれるだけさ。ここで指をくわえてチャンスを逃すよりは、やぶれかぶれでも行くべきだよ」

「……だな。ある意味では、囚人は護られているんだ」

 汽笛が鳴り響く。腹の底に響く重低音。煙は、雪の靄にそのまま馴染んでいった。

 船が、太陽を背にやってくる。雪は小やみになっていた。

 おれにとって全ての光景が新鮮だった。

「あの船は囚人たちを下ろしたら、すぐにとんぼ返りで帰っていく。自動操縦だからね」

「ふぅん。ある意味、好都合だな。入念にチェックをされるよりは」

「そうだ。あの船にさえどうにか乗り込めれば、あとはそのまま運んでくれる」

《アレ……》

 Pははす向かいにある倉庫を指さした。そこの陰には、おれたちと同じように身をひそめ、看守たちを見張っている男が二人いた。一瞬こちらを見るが、すぐに目を逸らした。

「彼らは結託して逃亡を試みる人たちさ。ぼくと同じ、治療を待ち切れなくなった人間だ」

「お前はなんで1人なんだ?」

「ぼくは、孤独な一匹狼なんだよ」

《単ニ はぶラレタンジャネ?》

 船が到着し、陸とをつなぐ橋がかかった。船からは、背を丸めてニヤニヤと笑っている囚人たちが30人ほど、看守の後に続いて上陸している。

 そのとき。

 逃亡を企む男たちが、船に向かって走り出した。膨らむように二手に分かれた。どちらかが生き残ればいいって作戦だ。

 悪くない。おれらも行くべきか?

 看守たちは、銃を構えた。外せば、侵入を許すことになるだろう。

 ――タン。タン。タン。

 素っ気ない乾いた音が3発。

 それだけ。

 男たちは倒れていた。

 眠らされたのか?

 いや、違う。雪の上には、男たちの血が染みている。雪の色とのコントラストで鮮明に映る。

 おい、麻酔銃じゃないのか!?

 トトの顔つきは少しこわばっているが、怯えているようには見えない。

「……実弾ってのは聞いてなかったけどね」

《ナンデ 急ニ 変ワッタンダ?」

 逃亡者がリスクなしに脱獄を試みるのを、抑えるためだろうか。

「さ、行こう。早くしないと、船が行ってしまうからね」

「何言ってんだよ!」

 おれが止めなきゃ、こいつはホントに行きかねない。

「1年でも2年でも、待てばいいだろ! 死んだら、何にもならない」

「ダメさ。女の子を待たせるのは主義に反する」

 看守の一人が怪しみ、こっちの倉庫に向かってくる。倉庫を一つ一つ調べるつもりだろうか。

 まずい。ここから動くこともできないが、このままいてもバレる。

「……お前、本気なんだな?」

 おれが尋ねると、トトは頷いた。

 バカだ。しかも、マジでイかれてるんだ。最高にイカれてる。

「好きな女のために、命かけるんだな?」

「当然だよ」

「なら、まずおれに賭けてみてくれないか?」

「え?」

《エ?》

 おれは、ずっと考えていた。

 このまま外の世界に出て、一体何ができるんだろうと。

 考えれば考えるほど、何もないんだ。

 ただ、おれは一つだけやれることができた。それは外の世界じゃなく、中の世界で。

「おれに任せろ。トト、お前は一度収容所に帰れ」

《ドウイウ コトダヨ?》

 おれは、トトを指さしてPに言う。

「この王子サマを、三日で外の世界に出してやるのさ。安全な方法で」

 トトは息まいた調子でおれに詰め寄る。

「そんなことができるのかい?」

「できる。なにせおれは、スーパーアンドロイドだ」

 生まれて初めて、誰かの役に立ちたいと思った。

 おれの冷静な部分が「さっき会ったばっかりのやつのためにどうして?」と問う。

 おれはこう答える。

「おれは変わりたいんだ」と。こういうバカに、なってみたいんだと。

「お前の恋のキューピッドになってやるさ」

 力いっぱい、おどけてみせたんだ。

 トトは笑った。そしておれの手を握った。

 はは、やめてくれ。男に手を握られるのは、趣味じゃねぇ。

「わかった。まかせたよ、トナカイくん。信じるぞ」

「……だから、トナカイじゃねぇって」

「また会おう!」

 トトは雪なんてもろともせず、跳ねるようにその場から去って行ったんだ。

 あっという間にいなくなって、まるで、いたのが幻なんじゃないかって思えるくらい。

「誰かそこにいるのか?」

 看守がこっちに向かって叫ぶ。トトにはどうやら気付かなかったらしい。

 トト、待っててくれ。おれからのクリスマスプレゼントさ。

 もっとも、おれはサンタじゃなく、トナカイだけど。

「P。お前はここにいろ。おれは一回塔に戻る」

《……塔ニ?》

「少しだけ会えなくなる。でも、大丈夫だ。すぐ、帰ってくる」

 おれは、少しだけやらなきゃいけないことがある。

 トトを救うために、塔に帰らなきゃいけないから。

 ただ、Pだけは塔に帰すわけにはいかない。

 Pを護るためには、こいつをここに残すしか方法はなかった。

《ズット ココニイナキャ イケナイノカヨ?》

「……一週間だ。必ず帰ってくる。愛の集う場所で、待ち合わせだ。はは」

《ソシタラ サッキノ 続キ……》

「しねーよ! ……行くわ、じゃあ」

《めりー……》

 おれは姿を隠すのをやめ、看守の前に姿を現した。

 船は濁った音を立てて引き返して行った。

 足元に転がった男たちは、もう死んじまったんだろうか。

「誰だ?」

 看守がおれに銃口を向けた。

 大丈夫だ。この距離なら当たらない。

「待ってくれ!」

 おれはうんと息を吸って、大声で叫ぶ。

 喉が痛い。声がひび割れる。

 それでも叫ぶ。

「待ってくれ! おれたちは!」

「……大丈夫だ。撃つな!」

 テルコがおれに気付いたようだ。

 ま、このカッコならすぐわかるよな。

 テルコがいさめると、男は銃をおさめた。はは、ヒラのくせに偉そうじゃんか。

 おれはおそるおそる、テルコに近づいていく。

「さっきのトナカイか。彼女はどうした?」

「はは、ちょっとふられちまってさ」

「ははははは! ざまあみろ! ばーか!」

 喜びすぎだろ、このクソアマ。

「……こいつらは? 大丈夫なのか?」

 おれは、倒れた男たちを見た。細く呼吸をし、手足が微かに動いている。

「死にはしないさ。ただ、いいかげんな決意で逃げ出すやつだ。銃弾喰らって立ち上がる気力もないんだろ」

「はは、ヒラのくせにふんぞり返ってるじゃねーか。止めてくれて助かりはしたけどさ」

「あれは、嘘だ。あたしは正真正銘、看守長だよ。この2人は、私の部下だ」

 2人の看守はただおれを睨みつけるだけだ。

「あんたらを試したんだ。あの車の中で。すぐ、看守じゃないってことはわかったよ。あたしのことを知らないってことは、まず看守の関係者じゃなってわかるからな」

「……じゃあ、なんですぐに捕まえなかったんだ?」

「言ったろ? 面倒事は嫌いだ。それに……」

「?」

「悪だくみできそうなほど、頭がよさそうにはみえなかったしな」

 ……はは。こいつも、バカだ。

 テルコは、無線が入ったポケットを叩いた。

「さっき連絡がきた。塔から逃亡者が出たらしいが……あんたらは、あの塔のやつらだったんだな……。想像以上にめんどくさいやつだったか……」

 そう言って、テルコは塔の方を眺めた。

 威圧的にふんぞりかえっている塔。

 おれが生れて、おれが育ってきた場所。

「なにせ、あたしはあの塔にいる偉そうで頭のイイやつらが大嫌いだ。だが、あんたらみたいなアホもいるんだな。はは」

 おれはまたあそこに戻る。

 戻らなきゃいけない、用事ができちまったからさ。

「すぐに、塔に連絡してくれ。おれは、ここにいる」

「お手上げってことか?」

「逃げるのは、もうおしまいだ」

 そうだ。ここからはおれの意思で、おれのやりたいことをやる。

 Pを置いて行くのは不安だけど、またすぐ脱出してやるさ。

 おれが絶対守ってやる。もう迷わない。

「連絡の必要はないみたいだな」

 ――ババババババ。

 塔の方から、ヘリの激しい音が近づく。

 こちらに近寄ってくる。ドロシーのじゃない。

 おれら我が愛国の国旗がプリントされてやがるんだ。

 悪趣味なんだよ。

 はは。お迎えが来やがった。おれは安堵の息をつく。

 ……そのときだった。

 おれたちが隠れていた倉庫から、Pが飛び出してきたんだ。

 どうして、こんなタイミングで来るんだよ!

《めりー! ヤッパリ オレ 一人ハ イヤダ!》

「次から次へとちょこまかと……」

 看守がPに向かって銃を構えた。テルコはヘリに気を取られて気付いていない。

 やめろ!

 ――タン。

「っつ!!」

 熱い。

 腕が燃えるように、熱い。

 わからない。

 感覚がない。ただ、血が出ている。

 雪に落ちる。

 真っ赤な血。熱い血が、雪を溶かしていく。

 おれは、Pに向けられた銃口の前に、咄嗟に立ち塞がったんだ。

 はは、よく考えたらあいつは、弾丸なんかじゃ蚊に刺されたくらにしか感じないだろう。

 頭が真っ白だったんだ。

 でもよかった、当たったのが腕で。他の場所なら死んでたかもしれない。

 おれは死ねない。まだ、死ねない。

「何をしている! 撃つな! あの女も、塔の……

 テルコが言った。男は青ざめ、銃を落とした。塔の人間に発砲したとなれば大事になると思ったのだろう。

 安心しろ。おれたちはそんなことどうだっていい。

《めりー!》

 Pは、すぐにその男に殴りかかろうとする。おれは、大声を出して制止する。

「大丈夫だ! 痛くもなんともねぇ!」

《血ガ……》

「お前も女だってんなら、もっとおしとやかにしろよ……ふぅ……」

 おれはそのまま膝をつく。立っていられない。

 大丈夫だ。意識がなくなるほどじゃない。

 大丈夫だ。大丈夫だ。

 言い聞かせる。血が止まらねぇ。

 いてぇ。

 感覚が、少しずつクリアになる。熱さが、痛みになる。はっきりした知覚になる。

 いてぇいてぇいてぇ!

「あぁぁぁぁあ!」

 声を出す。

 それしか痛みを和らげる方法はない。喉が擦り切れるまで叫ぶ。

 ヘリの音がうるさい。あのときと同じだ。ヘリが、おれの頭をぐちゃぐちゃにする。

「腕を出せ! 早く!」

 テルコは鞄からスプレーを取り出し、おれの傷口に噴射する。

 熱ぃのか冷てぇのか、さっぱりわかんねぇ。

 ――バババババ。

『あいや待たれい!』

 上空から、声がする。ヘリから誰かが半身、体を乗り出しているんだ。

 そいつは上等そうなキャメルのコートに、きざったらしい帽子を被ったジジイだったんだ。

「待てるか!」

 テルコが叫ぶ。

『はははは! いや、別に待たなくてもいいけど、こっちみてくれ! ヒーローは遅れて登場するもんだっちゅーの!』

 クソ、なんだ。何のつもりだ。

 つーか誰だ?

「はぁ、はぁ……いや、誰だよ?」

『メリーくん。娘が世話になってるね!』

 娘? Pの親父?

 はは、まさか。

「……あれ、副総統だわ。老けたなー……」

 テルコは、この場にそぐわない間抜けな声で言った。

「……はぁぁ!? 副総統?」

 なんで、いきなりお偉いさんがここに?

 おれの人生がもし物語なら、プロットがずいぶん狂ってやがる。

 よく知りもしねぇジジイが、こんなとこで登場しちゃいけねぇんだ。

「なんで、こんなとこに」

 いや、とにかくおれの傷どうにかしてくれよ。

『メリーくん! もう、Pちゃんの心配はいらないから塔にもどっておいで! カモン!』

 心配?

 そうだ、Pを塔に戻すわけにはいかない。塔に戻るのはまずい。

 これじゃあ、塔を出た意味がないじゃないか。

 だけど、体が動かねぇんだ。ちっぽけな鉄の塊に屈っしちまっている。

 おれはどんな機械よりすごい、アンドロイドだってのによ。


 おれとPはすぐヘリに乗せられ、塔へと戻ることになった。

 ヘリの中でのことは、ほとんど覚えていない。

 腕を一か所怪我しただけとは思えないくらい、頭がガンガンするんだ。

 その副総統とやらがべらべらと喋っていたが、よく聞こえないんだよ。

 ただ、繰りかえし言うんだ。

「Pちゃんのことは心配いらないよ。科学者たちには私から話をする。記憶なんか消させはしないさ」と。

 本当だろうか?

 信用できるわけがない。

 でも、おれの体は動かないんだ。体を預けるしかないんだ。

 Pはともかく、おれは塔に帰らなきゃいけない。

 塔に一刻も早く到着してもらわないといけないんだ。

 やらなきゃいけないことがある。トトのために。

 おれが今までやってきたことは、もしかしたら取り返しがつかないことかもしれない。

 ただおれは今、誰かのために動こうとしている。

 人間かアンドロイドか。

 なんだっていい。今は、よい子のためのサンタクロースなんだ。

 雪は、激しく降り続く。

 サンタだってプレゼント配りを諦めちまうくらいの雪の中を、切って。

 ヘリは飛んでいく。

 自力で飛べもしない、おれたちを乗せて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る