もし君がかぐや姫だとしたら

@rokunanaroku

第1話 かぐや病

『死にたいなあ。消えたい。もう、無理だよ』

 

 そんな文言で始まる手紙を受け取るのは、もう五回目だ。

 一ヶ月ごとに送られてくるその文面や字面から、書き手の状況が徐々に悪化していることは火を見るより明らかだった。

『疲れたよ、いい加減。もう嫌だ。

 どこか遠くに行きたい。ずっと遠くの空の上から呼ばれている気がするの。こっちへおいでって。

 だからね、そっちに行きたくなるんだ。ふらふらって。

 拓真の方は元気に過ごしてるかな? もしそうなら、嬉しいよ。

 もし私がいなくなったら、私のことなんて忘れて幸せになってね』

 上品な花柄の便箋に記された少し丸みがかった文字をもう一度通し読みしてから、僕はそれをため息と一緒に引き出しにしまった。

 机に置いていたスマホで、ネットニュースを開く。気晴らしのつもりだったにも関わらず、そこには「かぐや病」についての特集が組まれていた。


 かぐや病。かぐや姫から名付けられたその病名を僕が初めて知ったのは、半年ほど前だ。


 かぐや病を患った人は、今いる場所からどうしようもなく消えたくなる。

 

 初めて聞いた時は都市伝説かと思った。だけど、その病は確かにあって、九割以上が女子中高生の患者だ。

 患者たちは突発的に精神を病み、自殺衝動に襲われる。

 もう一つの特徴は、本人に病の自覚がないことだ。つまり、患者はかぐや病の存在は知っていても、自分がそれにかかっているということは理解できない。

 竹取物語において、月に帰らなければならなくなるかぐや姫。そこに本人の意思があるのかどうかを除けば、かぐや病というネーミングセンスは中々いいと思った。

 ネット上では、かぐや病患者は「かぐや姫」という名称で呼ばれている。女性患者の数が多いからこそなのだろうけど、僕はそれを見るたびに不快な気分になった。

 座り込んでいた自室のベッドから立ち上がる。僕はもう一度机に向かい、こちらは地味な便箋とペンを取り出し、手紙の返事を書き始めた。

 開いた窓から、涼しい夜風が入り込んでくる。時間が止まってしまったみたいに、何の音も聞こえなかった。

 そんな落ち着いた周囲とは違い、僕の心には火が灯っていた。

 もう、我慢できないな、と思った。

『今度の土曜日、会いに行くよ』

 僕は、幼馴染である神木 つむぎに向けて書いた手紙を、そんな文章で締めくくって、窓の外を見やる。

真っ黒な空にポツンと佇む、満月の少し前の月。

その縁から飛び出すみたいに見える光の一粒一粒が、かぐや病患者を迎えにくるのかもしれない。

今日も一人。また一人。

気まぐれに、無慈悲に、吸い込んでいく。


僕は、ただの高校生だ。

そして、つむぎはかぐや姫だった。

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