甘いお菓子と〜trick or treat ! 〜

小鳥遊 蒼

Happy Halloween !

「いい? ドアをコンコンってして、おうちの人が出てきたら『Trick or Treat』って言うのよ?」


 柑菜かんなのママがそう言うと、柑菜はぼくの後ろに隠れた。

 ぼくが振り返って大丈夫だよ、と言っても柑菜はぼくの袖を掴んで離そうとしなかった。


「あらあら、しょうがないわね。じゃあ、みつくんお願いね」


 柑菜ママが困ったように笑うと、ぼくはその言葉に頷いた。

 ぼくは歩きにくさを感じながらも、柑菜を連れて、柑菜の家を出発した。


「柑菜は、今年は魔女なんだね」


 かわいいね、気を紛らわせようと声をかけると、柑菜はどちらに対してかわからないけど、頷いてみせた。

 黒いワンピースに、黒いとんがり帽子をかぶっている柑菜は、右手でぼくの服の袖を、反対の手でワンピースを強く握りしめていた。

 その大きな帽子のせいで、柑菜の表情までは見えない。


「大丈夫だよ、柑菜。ぼくがいるから」


 ぼくはそう言うと、柑菜の手をぼくの袖から離し、その代わりにぼくは柑菜の手を握った。これで少しは歩きやすくなる。


 柑菜はぼくの言葉に返事はしなかったけど、繋いだ手をギュッと握り返した。




「Trick or Treat」


「あらあら、かわいい魔女さんと、狼男くんね」


 一番初めのおうちに着くと、前原まえばらのおばあちゃんが出迎えてくれた。

 前原のおばあちゃんの家の前には、カボチャで作ったランタンがいくつも飾られていて、きれいに明かりが灯されていた。


 前原のおばあちゃんは腰が悪くて、ぼくたちとちょっとしか目線が変わらない。

 おばあちゃんはいつもニコニコしていて、ぼくはおばあちゃんが大好きだった。それは柑菜も同じはずなのに、やっぱりぼくの後ろから出てこようとしない。それでも、挨拶するときは帽子を外すこと、という柑菜ママの言いつけは守っていた。


「柑菜ちゃん、どうしたの?」


「柑菜は、カボチャのオバケが怖いんだ」


 あら、と前原のおばあちゃんが言うのと同時くらいに、柑菜がぼくの手を引っ張った。

 言わないでほしかったのだろうか。本当のことだし、別に隠す必要もないじゃないか、とぼくは思うのだけど、柑菜は不満なようで、口を膨らませて拗ねたような顔をしている。

 そんな柑菜の表情を見て、ぼくとおばあちゃんは顔を見合わせて笑った。


「ランタンは確かに、柑菜ちゃんくらいの子には怖いかもしれないねぇ。

 じゃあ、怖い思いさせちゃったお詫びに、ちょっと多めにお菓子あげようね」


 もちろんみつるくんにもね、とおばあちゃんは優しく微笑んだ。


「おばあちゃん、ありがとう。ほら、柑菜もお礼言って」


「……あ、りがと」


「ふふ、どういたしまして」


 おばあちゃんはもう一度笑顔を浮かべると、ぼくと柑菜の頭を撫でた。






 柑菜ママが用意してくれたカゴにお菓子が増えていくと、柑菜は見るからに嬉しそうだった。


「柑菜、もう手離していい?」


 もう気も紛れたころだろう、とぼくは繋いでいた手を前に出したのだけど、それとは反対に、ぼくの力よりも強い力が加えられて、ぼくは少し転びそうになった。


「柑菜?」


「…やだ。つないだままがいい」


 柑菜は握った手に力を込めた。

 それがあまりに必死だったから、ぼくはそっとその手を握り返した。



***



「そしたらみつくんがね、まだ怖い?って聞いてくれたの」


 ハロウィンだからと、懐かしいアルバムを取り出してきて、柑菜は子どもの頃の思い出話に花を咲かせていた。


「よくそんな昔のこと覚えてたね」


「だって…」


「準備できたー!」


 柑菜ママに連れられてきた女の子は、あの時、柑菜が着ていた魔女の衣装に身を包んでいた。


「服ぴったりだねぇ。かわいい魔女さん」


 柑菜がそう言うと、実柚みゆうは嬉しそうに、くるっと回って見せた。


「うん、かわいい。さて、かわいい魔女さん。何て言うか覚えてますか?」


「バッチリだよ! トリックオアトリートでしょ?」


「さすが」


 手を出してハイタッチを要求すると、実柚は勢いよくその手を叩いた。

 ソワソワした様子で、もう早く出かけたくてしょうがないと言わんばかりに、柑菜ママに出発を急かしている。

 柑菜ママが柑菜に目配せすると、柑菜は承諾の意味で頷いた。

 実柚もそれを見ていたようで、より一層嬉しそうにはしゃぐと、柑菜ママの手を引いて玄関へと駆けて行った。


「あの格好すると、やっぱり実柚は、君似だなって思うね」


「え、そうかな? 私があのくらいの頃は、絶対一人じゃ他所のおうちに行けなかったよ」


「カボチャのオバケも怖いし?」


 僕はさっきまでの話を思い出して、思わず笑ってしまった。


「……本当は、あの時怖くなかったって言ったら、怒る?」


「え?」


 僕は柑菜の予想外の言葉に目を見開いた。


「どういうこと?」


 カボチャのオバケが怖かったのではないのか?

 もしそれが違うというのなら、この25年、おそらく柑菜しか知らなかったであろう真実が明らかになるということか。


「昔は怖かったよ。でも、あの頃にはもうオバケじゃないって知ってたし」


「じゃあ、僕のうしろに隠れたのはどうして?」


 柑菜は鼻の頭を掻きながら笑った。

 これは、柑菜が照れたときにする癖みたいなものだ。


「みつくんと手をつなぎたかっただけなの」


「え?」


 柑菜はもう一度、照れたように笑った。


「そんなの言ってくれれば、手くらい繋ぐよ?」


「うん、知ってる。みつくん優しいもん」


 それなら、やはりわざわざ怖がっているフリをする必要なかったのではないかと思うのだけれど、30年近い付き合いでも、あの行動の意味について全く検討がつかない。


「でも、だからこそ、私の大切な思い出になったよ」


「? どういうこと?」


「ママー! パパー! 見てー!」


 何だか今日は、実柚に柑菜の言葉を遮られるような気がする。

 それにしても早々にまわり終えたのかと、実柚のところまで向かえば、もらったお菓子を見てほしかったらしい。

 その表情からは、嬉しさが滲み出ている。


「ちゃんともらえたんだね。すごい、すごい!」


「えへへ」


 実柚はさらに顔を綻ばせると、柑菜ママの待つところまで走って行った。

 その姿を見つめながら、柑菜も幸せそうに笑っている。


「で? さっきのどういう意味?」


「え?」


 柑菜は一瞬何のことかわからないかと言うように、きょとんとした表情を浮かべた。

 それでもすぐに思い出したようで、本日3回目の照れ笑いを浮かべる。


「だって、みつくんをもっと好きになった日だから」





 Happy Halloween !

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