勇者の塔へ向かう

「さて、バハムートさんがパーティーに入ったという事で」


「ぱーっと、一杯やりましょう!」


「いえ。違います」


 リーネの提案をエルクは即否定した。


「ええ!? 違うんですか!?」


「リーネさん。あなたは食欲と色欲で生き過ぎですよ。竜人の国を抜けたところにある塔に行くに決まっているではないですか」


「はい! そうでした! すっかり忘れていました!」


「忘れないでくださいよ。我々が竜人の国を訪れた目的を。勇者の残した力を得るために我々はここまできたのです」


 エルクは溜息を吐く。


「ふむ。あの塔に行くのか」


「知っているのですか? バハムートさん」


「なにせわしは2000年前から生きているからの。割となんでも知っているのじゃ」


「男の人の事は何にも知らないのに。ぷすぷすっ」


 リーネは笑った。


「う、うるさいわっ! 雌犬! 貴様も処女のくせに黙っておれっ!」


 バハムートは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「そういうわけで、あの塔に行くというなら話は早い」


「どうやって行くんですか?」


「決まっておろう。誰が仲間になったと思っているのだ! わしは竜王だぞっ!」


 バハムートは巨大な黒竜の姿に一瞬で変化する。


「うわー近くで見るとやっぱりでっかいです」


「すごい」


 パーティーメンバーはその雄大な姿に思わず息を飲んだ。


「さあ、いいから乗るのじゃ」


「乗りましょう皆さん」


「「「はい! 先生!」」」


 その他パーティーメンバー四人を乗せて、バハムートは飛び立った。


「すごい風です……きゃっ」


「大丈夫ですか。リーネさん」


「大丈夫です……先生」

 

 吹き飛ばされそうになったリーネはエルクに身を寄せる。


「……先生。全部ただのリーネの計算だから」


「わかっています。この娘はそういう娘です」


 エルクは溜息を吐いた。


「な、なんでですか!? どうしてそうなるんですか!?」


「くっ! 人様の背中で乳繰り合ってるんじゃないわっ! この発情犬が!」


「うっ。バハムートさんに怒られました。発情犬だって」


「発情犬。ぷっぷ。リーネにぴったりの表現」


「ふっふ。本当」


 イシスとリーシアは笑った。


「し、失礼なっ! 誰にでも発情するわけじゃないですっ! 先生だけですっ!」


 リーネは怒鳴った。


「っと。ふざけている場合ではありません。塔が見えますよ」


「本当だ。あっという間ですね」


「それだけバハムートさんの速度が凄まじいという事でしょう」


「ありがとうございます。バハムートさん」


「うむ。礼には及ばぬ。貴様達は一応わしの仲間じゃからな」


「一応はつくんですね」


「わしに認められたくばせいぜい努力せい。降りるぞ。しっかりと捕まっておれ」


「「「はい」」」


 バハムートは高度を落としていく。そして、地表へと降り立った。


「ありがとうございました。バハムートさん」


「うむ。役に立てたのなら幸いじゃ」


「大助かりです」


「エルク殿のお役に立てて本望じゃ」


「なんか私達相手態度全然違うです。声が乙女モードです」


「リーネだってそうじゃない」


「否定する要素ない」


 イシスとリーシアは苦笑する。


「さて……わしも人の形に戻るとするかの」


「あっ」


 エルクは言葉を漏らす。ある想定があった。人の形から巨大な竜になり、また人の形に戻る。そんな過程を経れば、着ている服はどうなるのか。恐らくマジックアイテムでもなければ元通りなんて事にはならないだろう。

 前回だってそうだった。


「ん? なんじゃ?」

 

 バハムートはすっぽんぽんになっていた。エルクは顔を赤くする。


「ひ、ひいっ! 見るなっ! 見るでないっ!」


「いっそ前のように平然としている方がこちらとしてはやりやすいんですが。そう恥ずかしがっていると、こちらとしても気恥ずかしいです。なぜか悪い事をしている気分になります」


「わ、わしはエルク殿。どうしてもお主に見られるのだけは恥ずかしくて耐えられぬのだ」


「他の人間の男にも平気で見せないでくださいよ。痴女として有名になられたら動きづらくなります」


「誰が痴女だ! この竜王を捕まえておいて」


「ともかく、服を着てください」


 エルクは錬成した服を渡す。


「おお。すまぬな。ありがとう」



「大きくなったり、小さくなったりする服ってないんですか?」


「できなくもないんですが。そうなると竜になった時、ドレスをまとった不気味な黒竜が出来上がります」


 伸縮性のありそうなパッツパッツの服だったら可能かもしれないとエルクは思った。水着のような。だがそれはそれで絵面として問題だと思った。

 水着を着た人形(ひとがた)のバハムートはともかく、水着を着た黒竜型のバハムートは物凄い絵面である。


「それはそれで見てみたいかもしれませんね」


「わしは着せ替え人形ではないぞ」


 バハムートは憤った。


「ともかく、ここにいてもしょうがありません。勇者の塔へ行きますか」


「「「はい」」」


「うぬ。入るとするかの」


 一人だけ返答が異なっていた。五人は塔へ入る。





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