入浴中の出来事

「嫌な予感がしますね……」


 竜城の大浴場に入浴しているエルクは一人そう呟いた。嫌な予感がしていた。懸念材料は多くある。

 魔王の存在もある。さらには四天王の存在もあった。不気味だ。魔王の四天王は依然健在であった。

 勇者パーティーの力を譲り受けたイシスは対抗できるだけの力を得たが、残りの二人、リーネとリーシアに至っては今まで通りである。

 

 エルクが考え事をしていた時だった。ガラガラと浴場の戸が開く。


 入ってきたのは黒髪の少女だった。バハムートである。当然すっぽんぽんだ。

 少女の見た目をしているが、それなりに胸に肉がついていた。歩く度にたゆんたゆんと揺れる。


「なっ!?」


 嫌な予感がするとは言ったが、こんな事を予感していたわけではない。さらにはバハムートの後ろには竜人の双子姉妹がいた。当然二人もすっぽんぽんである。


「なんじゃ。貴様も風呂に入っていたのか」


 身じろぎひとつせず、バハムートはエルクの前に立つ。


「おー。お肉くれた錬金術師様だ」

「錬金術師様だー」


 呑気にフィルとフィアは言っていた。当然二人も身じろぎひとつしない。


「な、なぜ?」


「なぜ? 疑問の意味が一切理解できない。貴様は何に対して疑問を抱いている」


「……い、いえ。なんでもありません」


「リーネ、飲みすぎよ。そんなんでお風呂入っちゃ危ないわよ」


 食事の席では酒も振舞われた。そのため、リーネは飲みすぎ酔っていたようだった。


「先生の匂いがするんです。きっとこっちです」


「い、犬みたい」


 三人もまた大浴場に入ってきた。当然全裸である。


「ん? あの娘たちも入ってきたか」


「あっ! ああっ! せ、先生がまた! 浮気です! 私以外の女の人とお風呂に入るなんて!」


 リーネは騒ぐ。


「浮気? あの雌ガキと結婚しているのか? 貴様は?」


「しておりません」


「方恋慕か」


「特別否定する要素はありません」


「この状況に何か問題があるのか?」


「あなたに説明するのは難しそうです」


「そうか……」


「い、いったい、どういう事ですか? 先生! 竜人の人たちと混浴するなんて!」


「いえ。私に言われても困ります」


「……何か問題でもあるのか?」


「フィル、何かあったの?」

「フィア、私にはわからないわ。みんなで仲良くお風呂に入ればいいだけじゃない」

「そうそう。お風呂に入ると気持ちいいんだよ。何も悪い事はないじゃない」

「そうそう」


 エルクは顔を赤くして目を背ける。あまり見てはいけない。煩悩は人を狂わせる。


「……どうかしたか?」


「愚問かもしれませんが。竜人には恥ずかしいという感情がないのですか?」


「恥ずかしい? なんでじゃ。貴様は犬に裸を見られたからといってどう思う?」


「どう思うと言われましても。なんとも思いません」


「わしも同じじゃ」


 つまり何か。エルクは犬だとでもいうのか。同程度の認識なのだろう。大体犬は常に全裸である。服を着ていないと恥ずかしいという文化は人間独自のものか。


「なんだ? もしかしてわし等の体を見て欲情したのか?」


「したとしても私の責任ではないように感じますが」


「自慰行為は浴槽が汚れるから、風呂からあがってやってはくれぬか?」


「しませんよ! そんな事!」


「ふむ……そうか。本番の方がしたいか?」


「そこでしたくないというと男として機能を失ってしまっているようですが」


「なんじゃ。貴様は童貞なのか?」


「童貞だったとしてそれが何なのです?」


「……くっくっく。情けない奴よの。この童貞錬金術師め」


「ひどい言われ様です。童貞とつけられるだけで錬金術師という肩書がこうまで貶められるとは」


「くっくっく。童貞め。この童貞め」


「バハムート様はそういう経験あるんですか?」

 

 フィアは無邪気に聞く。


「それはもう、わしほどの存在となれば……」


 バハムートは頭を悩ませる。


「特にそういう経験はないな。竜王という事で恐れられ、男に迫られる経験もない」


「……なんなんですか。人をあれほどバカにしておいて」


 2000年間、経験がないってよほどの事である。


「そういえば興味があるな。竜人は人の子を孕むのか。竜人の血には竜の血と人の血が混在している。だからやってできない事もないかもしれぬ」


 バハムートはエルクに伸し掛かってきた。いろいろと見えてしまう。


「よし。貴様、わしを抱け!」


「「「「なっ!」」」」


「……何を言っているんですか。あなたは」


「貴様の童貞をわしがもらってやると言っているのだ。ついでに人の子を身ごもるか試してみたい」


「だ、だめですっ! 先生の童貞は私のものなんですっ!」


 リーネは手をぶんぶんと振って抵抗してきた。


「なんじゃ。貴様のものか。だったら貴様の後でよいわ。さっさと済ませろ」


「しませんよ! そんな事!」


「据え膳食わぬは男の恥というのだぞ。たわけめ。貴様は不能なのか」


「わ、私は出ます」


 エルクは立ち上がる。


「じーーーーーー…………」


「リーネさん……あまり見ないでください」


「すみません。立派なものだったので。つい」


「はぁ…………」


 エルクはため息を吐いた。


こうして入浴時間が過ぎる。この時はまだこの後とんでもない事になるとは誰も思ってもいなかったのである。

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