八太郎館物語Ⅱ

愚息の一文

プロローグ

砂浜に近い車道に車を止め松林を抜けて浜辺にでると初めて歩いた時から変わらない風景が広がっていた。久しぶりの潮風を胸いっぱいに吸い込むと切なさと嬉しさが入り混じる懐かしさが込み上げてきた。


二度と来ることはないと思っていた。


仲間であった友人が寮から失踪したことで僕たちお互いがバラバラにならざるを得なかったあの日の喪失感が頭をよぎった。





成田から佐賀空港へのLCCのフライトは窮屈だったがレンタカーでの春のドライブは快適だ。県庁のある市街地を迂回しながら淡い緑の田園が遠くまで広がる道路をカーナビを見ながら走行した。さがびより、夢しずくが懐かしい。国道203号に突き当たり暫く山あいを走り続けると右側に川が見え始めた。



この地で過ごしたときから何年が経っただろう。


JR線に並走しながら市街地に入って河口を渡ると小さなお城が見えた。その向こうには山間部から洋上へと風力発電がつらなっていく。





ZOOM越しに憔悴しきったようにみえたワタルは、洋上風力発電による再生エネルギーを推進する国の仕事に就いていた。大手総合商社の内定を辞退して入社した再生エネルギー会社のエンジニアとしての参画だった。日本海側の原発を置き換える政策のなか政界の汚職疑惑から多方面にわたる調整業務で多忙を極めていた。リスペクトする上司が亡くなったこともその一因だったようだがワタルらしくないその姿にセイジとダイスケが次の連休に皆でワタルの陣中見舞いに行くことを提案したのだった。



待ち合わせの桟橋のあるヨットハーバーに続く車道に入るとセイジの姿が見えてきた。ゆっくり走っていくとおかえりと手を振るセイジがいる。中学生のときカラヤンに絡まれたのか門限過ぎに泣きながら帰ってきたのが語り草だったセイジ。高校に入る前に父親を病気で亡くしたがこの地の大学に進み苦学しながら今は大学院で放射線医療の先端技術の研究をしている。




-おい、来たぞ!


セイジの声に車に戻ってヘッドライトを点滅させた。陽が傾き始めた松林に反射する光の中に二人の姿が見えてきた。ワタルは、いつも家族のことや何か体調のことに悩んでいたが高校で後輩女子と出会ってからそれを口にすることがなくなった。


車をゆっくりだしながらセイジと声を張り上げた。



えんや~えんや~、よいさ~よいさ~




ところで僕は、相変わらず夢見がちな性格が災いして定職につけないでいる。アルバイトをしながらいろいろなことに手をだしたりするがやるべきことが見つからない。親の意向で法学部に進んだが女友達のいる文学部の授業にばかりでていたため単位が足りずに思い切って中退した。しかし今となってはしっかりと法律を学んでいればよかったと後悔している。





桟橋に続く浜には静かにさざ波がよせている。大きな帽子の形をした高島。手前が鳥島。右手に見える大きな山は鏡山、そしてその向こうは七山だ。左手は皆と探検して最後のキャンプを過ごした大島。西の空に薄桃色に染まり始める群雲が見えた。


今でも西の浜の夕暮れは長い。



暮色のなかみんなで桟橋を歩くとワタルが思い出したかのようにいった。ところでマクドナルドはどこにあったんだっけ。

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