第36話 ステータス閲覧できた

「ご飯にしたいところだけど、先にティアマトの解体からやった方がいいか」

『しまったっす! 獲物を置いてきてしまったっす!』

 

 微妙な沈黙を打ち破るため、 お座りして待っているギンロウの頭を撫でながら、ワザとらしく独り言のように呟く。

 すると、ヨッシーがピクリと尻尾をあげ叫んだ。


「ギンロウが引っ張ってきてくれていたぞ」

『それはギンロウ兄貴が狩った分っす! 自分のは上に』

「競争に夢中で落としたのか……」

『面目ないっす。行ってくるっす!』


 あ、止める間もなく行ってしまった。

 既にギンロウが狩ってきた獲物だけで十分なんだよねえ。

 彼が狩ってきた獲物は大型の鹿ぽい何かである。サイズがギンロウとヨッシーを合わせたくらいあるから、既に食べきれないほどの量なのだ。

 そうか。ヨッシーが持って帰ってきたものも含めて、ラージプートとオルトロスにおすそ分けしてすれば無駄にならない。

 オルトロスは巨体だし、いっぱい食べそうだもの。

 

「んじゃま、俺は解体作業に入るとするか」

「ノエル」

「ん?」

「……っつ」


 動き出そうとしたところでラージプートに腕を掴まれる。

 そうなると自然と彼女の方へ顔を向けるわけで。

 そうしたら彼女とまともに目が合っちゃって……さっきのことを思い出したのか彼女が顔を逸らしてしまった。

 そんな態度を見ると俺まで恥ずかしくなってくるじゃないか。

 

「え、ええと。ティアマトは山分けで」

「君が倒したんだ。君が好きにすればいい。だが、血のことを考慮せねばならないぞ」

「月の石を探していてさ。ティアマトの体内にあるって聞いてて」

「月の石? それなら解体する必要はないさ。石も価値があるものだが、硬い鱗は持っていった方がいい」

「鱗は一部だけ持っていくかなあ。亀の甲羅もあるから。それほどは持てない。ラージプートも持てるだけ持っていけば?」

「君が良いというのなら、ありがたく。謝礼は必ず」


 なんでそこで、自分の体を抱くようにして小刻みに震えるかなあ。

 まるで俺が彼女に対して何かするようじゃないか……。俺も一応男ではあるけど、無理やり襲い掛かったりなんてことはしないってば。

 酷い風評被害だよ、全く。

 ミリアム辺りが見たら、数ヶ月はネタにされかねん。


 いや、そこじゃなくてだな。

 彼女は重要なことを口にしていたぞ。

 

「ラージプートは月の石の在りかを知っているってこと?」

「君は知らずに月の石を追っていたのか」

「いや、一応、ギルドマスターから情報をもらってきたんだけど、ティアマトの体内にって書いてて」

「体内というのは必ずしも間違いじゃない。見た方がはやい。そろそろ煙も収まっている」


 言うや否や歩き始めた彼女の後ろを慌ててついていく。

 ティアマトから流れ出た血は地面をこれでもかと溶かしていたが、彼女の言う通りもう勢いは無くなっていた。

 おもむろにしゃがみ込んだ彼女は指先で血で溶けた跡に触れる。

 

「うん。もう大丈夫だ」

「乾く? と表現していいか分からないけど、血の効果はすぐに切れるんだな」

「そうだね。まだティアマトの体内に新鮮な血は残っている。月の石が足りないようだったら、利用する」

「ん? ひょっとして溶けた跡に月の石がある?」

「そうだとも。ほら、ここを」

「お、おお。薄紫になっているな」

「これが月の石さ。月明かりに照らすとぼんやりとした光を放つ」

「へええ。さっそく回収するとしようか」

「手伝おう」


 そんなこんなでティアマトの血から生成された月の石を回収することに成功した。

 これ、ラージプートがいなかったら別の何かを持って帰っていたところだったぞ。マスターめ。帰ったら頭をペシペシしてやろうぞ。

 この後、彼女と共にティアマトの鱗をはぎ取った後、食事をすることになった。

 

 ◇◇◇

 

「ティアマトの肉はさすがに食べるのをよそう」

『フルーツ』

「ほい」


 食事時になって復活したロッソに向け、予め採っておいた大粒のブドウぽいフルーツを五粒ほど転がす。

 前脚でパシっと受け取った彼は、すぐにむしゃむしゃと食べ始めた。

 

 エンとオルトロスは仲良くヨッシーが取りに行った獲物を生のまま食べている。

 彼らは焼くよりそのまま食べることを好む様子だった(オルトロスの好みはラージプートから聞いた)。

 そうそう、エンなんだけど、ティアマトを倒した後に孔雀の羽を持つあの姿に変化……いや進化したんだ。

 きっと、爪を装着した状態で大物を狩ったからだな。


「そうだ。せっかくだし」


 例の片眼鏡型魔道具を通してエンを覗き込む。

 

『名前:エン

 種族:フェニックス

 獣魔ランク:S+

 体調:空腹

 状態:くあああ』

 

「お、おお。やはり進化している」

「なにしているのー?」


 装着した片眼鏡を見上げ、首を傾けるスイ。


「エンの姿が変わったから、どうなったのかなってさ」

「ん?」

「あ、スイのステータスも見えるのかな?」

「なになにー?」


 彼女は獣魔じゃなかったから、ヨッシーのように鑑定してなかったんだ。

 試しにラージプートをこれで覗き込んでみたけど、やはりステータスを見ることはできなかった。

 スイも同じかなあ。

 

『名前:スイ

 種族:湖の精霊

 獣魔ランク:A+

 体調:良好

 状態:えへへー』

 

「うお。見えた」

「えっちー」

「誤解されるような言葉を言うんじゃない」


 ほら、ラージプートが汚物を見るような目でこちらを窺っているじゃないか。

 

「違うんだ。誤解だって。ラージプート」

「そんな愛らしく小さな湖の乙女にも欲情しているのかい、君は」

「だから違うって。え、湖の乙女って? スイは湖の精霊じゃないの?」

「別名だね。湖の乙女と精霊は同義だよ」

「へええ。あ。ってことはスイの涙が月の涙か。これで全部揃う」

「……知らずに連れていたのかい。本当に面白い人だね。君は」


 スイに涙を流してもらう必要があるってことだな。

 でも、焦る必要はない。彼女は俺たちに「ついてくる」って言ってるわけだし。街に帰ってからでも問題ない。

 どうやって涙を流してもらうかだけど、俺に名案がある。

 タマネギを買って、まな板にちょこんとスイに座ってもらって、彼女の目の前でタマネギを切ればいい。

 我ながら素晴らしいアイデアだ。自分の才能が憎い。

 

「何かよからぬことを企んでいそうだね」

「いや、平和的に月の涙を手に入れる方法について考えていただけだよ」

「へえ……」

「何だよ。その顔。信じていないだろ!」

「信じているさ」


 棒読みのラージプートであった。

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