第33話 くああああ

「ん。犬の遠吠えが聞こえてきたきたような」


 気合の入ったギンロウの凛々しい姿を想像し、思わず顔がにやける。

 ところが俺の妄想に水を差す長い舌のぺしゃり。

 頬についた唾液を拭いつつ、幸せな妄想を邪魔した主に目をやる。

 別に俺はギンロウだけを愛しているわけじゃあないのに、実は嫉妬していたりするのか?

 普段はクールな態度をとるペットリザードの内面を想像し、ますます頬が緩む。

 

『準備しておケ』

「ん? 準備?」

「くああ!」


 ロッソが俺の肩を伝って手元まで降りてくる。

 彼の動きに合わせるかのようにファイアバードのエンが空高く舞い上がった。

 

 ガアアアア!


「う、うおお」


 獣の咆哮が途端に大きくなり、ビリビリと体全体が揺さぶられる。

 こ、こいつは相当……。

 この音の感じからして、全長は少なくとも十メートルはあるはず。

 そいつが――。

 

『ロッソ!』


 彼の名を呼ぶと、白い煙が舞い上がる。

 一方の俺は彼の変化を待たず、全速力で後方へ向かった。

 ドシイイイン。

 巨体が降ってきたあああ!

 しかし、間一髪間に合った。スレスレだったけど。

 言葉通り、髪の毛の先の方は触れていた。それほどの距離だ。

 

 上空から落ちるようにして地面に着地した巨体はまるで山のようなドラゴンだった。

 真っ黒な鱗に、鋭角的な尻尾と翼を備え、頭が二つ。

 この容姿はどこかで。

 

「あ、これって。ティ……」

『ガアアアア!』


 俺の声をかきけすように二首ドラゴンとは別の獣の咆哮が耳に届く。

 上だ。

 二首ドラゴンと対峙していたのかもしれない。

 ゆったりとした速度で上空から降りてきている獣もまた黒色の毛に二つの首を備えていた。

 こちらはドラゴンではなく犬に似る。

 

「オルトロスのクレインか!」


 って。ちょっと待て。俺だっているんだぞ。

 オルトロスの口元から炎がチロチロと見えたかと思うと、炎のブレスが吐き出された。

 ブレスは一直線に二首ドラゴンに向かう。

 どおおんと派手な音を立てて直撃した!

 

 万が一にでも二首ドラゴンが炎のブレスを回避していたらと思うとゾッとする。

 一方で炎のブレスの直撃を受けた二首ドラゴンはまるで傷付いた様子もなく、右の首をオルトロスに向け――。

 青色のブレスを吐きだした。

 これに対しオルトロスが再び炎のブレスで迎撃しそれを打ち消す。

 次の瞬間、小さな影がオルトロスの背から飛び出してきた。

 

「無茶だ」


 俺の嘆きなど聞こえているはずもなく、小さな影――ラージプートは反り身のショートソード……いや小太刀を落下する勢いそのままに二首ドラゴンの右の頭に突きつける。

 だが、小太刀が砕けってしまい首を振った二首ドラゴンによって彼が空中に投げ出されてしまった。

 

「エン! 少しだけでいい、気を引いてくれ。ロッソ! 変化だ!」


 再度ロッソから白い煙があがり、弓へと転じる。

 弦を引くと光の矢が出現した。

 

「くああ」


 エンが気の抜けた声で鳴き、二首ドラゴンの左の首後ろ辺りを旋回する。

 煩わしい子虫のようなエンもさることながら、奴の意識はオルトロスに向いていた。

 杞憂だったな。この中で二首ドラゴンの次に存在感を放つのはオルトロスで間違いない。

 幸いなことに二首ドラゴンは自分がまず打倒すべき相手はオルトロスであると認識している様子だった。

 

 少しだけホッとするものの、まだ安心できない。上手くいってくれよお。

 ロッソの変化した弦から手を離す。

 光の矢が勢いよく落ちていくラージプートに向かい、彼に当たる直前で網へと姿を変えた。

 ふわりと彼を絡み取った光の網はブーメランのように回転し、俺の手元まで彼ごと戻って来て霞のようにふっと消える。

 

「大丈夫か?」

「大事ない……まさか君とここで出会うとは」

「無茶し過ぎだよ。あの二首ドラゴン、相当硬いぞ」

「私の不覚だった。まさかヒヒイロカネの小太刀が折れるとは」

「何だか凄そうな素材だな……。ぐ、エン!」


 ラージプートに手をかし、彼を立ち上がらせた。

 しかし、悠長に会話をしている場合じゃなくなった。そもそも、既にオルトロスと二首ドラゴンが怪獣大戦争中だから、一瞬でも気を抜いちゃあダメな状況である。

 一つだけ言い訳をさせてもらうなら、彼の様子を確かめることは必須だった。もし大怪我をしているようなら急ぎ脱出して治療に当たらなきゃいけなくなるからな。

 

「ロッソ、もう一発だ」


 脳内でイメージし、ロッソに再び変化をしてもらうよう念じる。

 俺が「気を引け」と言ったばかりに、エンの奴……二首ドラゴンから無視されていたってのに大胆にも奴の頭の上に乗っかって嘴で激しく突きはじめたんだよ!

 いつものようにロッソが変化した弓から白い煙があがったのだけど、ペットリザードの姿に戻ってしまった。

 

「魔力切れ……?」

『魔法を使ウ。その方が楽ダ』

「え?」

『対象はあの鳥ダ。行くぞ。ノエル』

「あ、ああ」


 するすると肩口まで登ってきたロッソが長い舌を出し、ぎょろりとした目を閉じる。

 

『全能力を開放し、覚醒せヨ。アルティメット』


 ロッソの口から力ある言葉が紡がれると共に、エンの体全体を白く輝くオーラが覆う。

 

「くあああああああ!」


 エンの体が二回り、いや更に大きくなり尻尾が孔雀のように形状が変わった。

 広げた翼の上部から炎がゆらゆらと吹き出し首元に純白の三日月型の模様が浮かび上がる。

 

 続いて、大きく首を振りかぶったエンが鋭く嘴を振り下ろす。


『ガアアアアア!』


 二首ドラゴンから絶叫があがった。

 エンの嘴が奴の硬い鱗を貫いたのか。

 

「エン。戻ってこい!」

「くああ!」


 ど、どえええ。

 怒り心頭の二首ドラゴンの左の首がこっちに向いている。

 一方、右の首からは青いブレスが吐き出され、オルトロスの炎のブレスと相殺しあっていた。

 

 エンが俺の頭の上を旋回し着地しようかという時に二首ドラゴンの赤のブレスがこちらに向かう。

 よ、呼ぶんじゃかなかった。いや、俺が受け止めればエンもラージプートも安全だ。

 ま、まあ。ロッソの力を借りるんだけどね。

 

 しかし、俺が動き出す前にエンが翼をばさーっと開き、閉じる。

 彼の動きに合わせるかのように暴風が赤のブレスにぶつかって、お互いに打ち消し合ったのだった。

 

「ティアマトのブレスを……。あの姿……まさか、伝説に聞くフェニックス!」

「ファイアバードなんだけど……」

「あれがファイアバードなわけあるものか! 君も分かるだろう。フェニックスから立ち昇る膨大な魔力を」


 興奮した様子のラージプートであったが、俺にはよく分からない。

 ロッソの魔法で一時的に能力をアップさせているのだろうから、フェニックスとやらではなく、ファイアバードだよな?

 

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