第25話 知らない人ですね

「あの、ノエルさん」

「ん?」

 

 ミリアムではないもう一人の丸眼鏡をかけた受付嬢から声がかかる。

 またしてもミリアムより先に彼女の受付が終わったみたいだった。

 俺の後に並んだ冒険者がいたのだけど、もう三パーティほど彼女のところで手続きを終えている。

 さすがに更に俺を待たせるのは彼女が気を遣って呼びかけてくれたってわけだ。

 

 ん、せっかく呼んでくれたことだし彼女の方に聞くか。

 

「三日ほど前に受けた依頼がまだ有効かの確認と、新しく採集依頼を受けたいんだ」

「畏まりました」

「あ、先に言い訳させてくれ。前に受けた依頼ってのがミリアムから出してもらった依頼でさ。なので、彼女にと思っていただけなんだよ」

「以前ミリアムさんが出したものでしたら、その方が早いです! ちょっとお時間をいただき恐縮ですが、改めて調べます。依頼書をお持ちですか?」

「うん。ミューズ、手間をかけてごめん」

「いえ。どんどん持ってきていただいても問題ありません! それが私たちのお仕事ですから!」


 眼鏡とおさげを揺らし、力強く応じるミューズ。

 対する俺は、懐からゴソゴソと依頼書を出そうとしてロッソを掴んだままだったことを思い出す。

 先にロッソをカウンターに乗せてから、ポーチの留め具を外して折り畳んだ依頼書を引っ張り出した。

 

「これなら急ぎません。継続依頼ですのでギルドの仲介案件ですね」

「そういう依頼もあるんだ。あと、ミレレ草と月の雫の依頼があれば一緒に受けたい」

「ミレレ草も継続依頼がありますので、こちらを。月の雫の依頼は今朝出ていた記憶があります。見てきますね」

 

 一枚の依頼書をカウンターに置いたミューズはすっと立ち上がり、奥の部屋へ依頼を探しに向かう。

 継続依頼ってギルドが常に素材をプールしておき、街のお店に素材を卸しているってことかな。

 在庫を抱えるリスクはあるけど、安定供給ができるのでお店としては願ったりだよね。お店側からわざわざ依頼をかける必要もなくなる。

 特にミレレ草は薬草としてメジャーな種なので、常に供給不足なんじゃないかな。

 ポーションにも使われるし、安価な傷薬なんかの原料でもある。

 どっちにも使われる薬草なのに、片やポーション、片や傷薬になるのは何で? と疑問に思うかもしれない。

 実のところ、原料は殆ど同じである。ポーションにはミレレ草に加え幾つかの別種の薬草が入っているのだけど、最も大きな違いは魔力が込められているかどうかなんだ。

 詳細は異なるんだけど、傷薬に錬金術や僧侶の聖なる加護といった魔力を加えるとポーションになる。

 ポーションは傷薬の数倍の価格がするけど、多少の傷なら一瞬で治療してしまう便利なお薬なのだ。

 これがもし、現代日本にあったとしたら……外科手術に大改革が起きることだろう。

 といっても、ポーションはアマランタだけでなく小さな村でも一般的な商品なので、小さな子供でも慣れ親しんだものである。

 

 ――ガチャリ。

 栗色の髪色をしたおさげの女の子を待っていたはずが、いかついスキンヘッドが出てきた。

 「よお」と右手をあげているが、きっと俺じゃない後ろにいる誰かだ。

 因みに、後ろに人の気配は感じない。

 人じゃない動物はいるにはいるが……ギンロウは俺の隣でちょこんとお座りしているし、ファイアバードは定位置のリュックの上だ。

 スライムはたぶん、リュックの中に潜んでいる。

 

「よお、ノエル」

「ノエル? 知らない人ですね」

「アマランタのギルドにはノエルという名は一人しかいねえ。お前さんだ」

「……冗談の通じないマスターだな。月の雫の依頼を持ってきてくれたのか?」

「月の雫の依頼はこれだ。この依頼主は他の依頼もしていてな」


 ドカリと椅子に腰かけたマスターはカウンターにバサリと二枚の羊皮紙を置く。

 どれどれ。

 片方は月の雫の依頼だな。もう一方は、月の石と月の涙の依頼か。

 どっちも聞いたことはないけど、月の雫が採集できる地域で取れる?

 

「石はまんま石として、涙は水か何かか?」

「まあそんなもんだ。場所は似たようなところだし、どうだ?」

「どうだと言われてもだな。月の石と月の涙が何を指すのか分からないからなあ」

「月の雫をわざわざ採集しに行こうって奴は中々いねえんだよ。山奥の秘境だしな」

「確かに、遠い。めったに父さんの店で不足することがないから、俺も二回しか行ったことがない」

「二回行って、易々と戻って来るお前さんなら平気だ。ついでに頼まれてくれねえか?」


 うーん。そうだなあ。

 分量にもよるけど。月の石がギンロウくらいのサイズがある岩でしたーとかだと、持ち帰るのが無理だ。

 ちゃんと確認せずに安請け合いしてしまうと、二往復するはめになったりするから、ちゃんと依頼を確認せねばならぬ。

 

 構えた俺に対し、マスターはガハハと豪快に笑い追加情報を口にする。

 

「依頼主はさぞ困っていてな。手綱と装蹄のために必要なんだとよ」

「な、なんだと! それはとってもお困りじゃないか。行くよ。詳しく教えてくれ」


 この世界の装蹄師が困っているとあれば、協力しないわけにはいかない。

 装蹄ができないとなると、馬の健康によくない。こいつは早く素材を取ってこないと。

 

「そうだろうそうだろう。困り切っていたからな。なかなか頼める奴がいなくてよお」

「奥地も奥地だからな……。冒険者にも生活があるし」

「まあな。実入りがいい仕事は他にもある。特に高ランクの連中は、そうなんだよ」

「俺は実家の手伝いが行動理由だから、いずれにしろ月の雫を取りに行くし」

「ちょっと待ってろ。詳しい情報を描いてくる」

「丁寧に頼む。前の地図は荒っぽすぎて」

「分かってる分かってる」


 ヒラヒラと手を振るマスターだったが、不安しかねえよ!

 ま、まあ。読み取り辛いけど、彼の情報は正確だった。それがせめてもの救いだろう。

 

 しばらく待っていると、今度はミューズが顔を出す。

 

「お待たせしました」

「あれ? マスターは?」

「マスターは他の商談に向かってしまいました」

「忙しいもんな。マスター」

「はい。申し訳ありません。ノエルさん、これ」

「ありがとう」


 マスターのメモを懐に仕舞い込む。

 んじゃま、行くとしますか。

 立ち上がったところで、ミューズが何か言いたそうにして口をつぐむのが目に留まる。

 いつもなら、ミリアムと違って普通の笑顔を浮かべ見送ってくれるんだけど。

 

「まだ何かあったかな?」

「いえ、くれぐれもお気をつけてください……」

「ごめん、ノエル。待っててくれたんだよね」

「お、ミリアム。終わったの?」


 意味深なことをのたまうミューズに割り込むようにしてミリアムから声がかかる。

 そんな彼女にミューズがぼそぼそと何かを耳打ちした。

 途端に彼女の顔が曇る。

 

「マスター、また……」

「何かまずいことが?」

「ううん。ノエル。無理しちゃだめよ。絶対に帰ってきてね」

「無理はしないさ。いつもそうだしさ」

「ノエルは安全を第一に動くことは知っているけど、そうね。フェイスの時もちゃんと帰ってきてくれたし。気を付けてね」

「おう!」


 親指を立て、ニカッとミリアムに向け笑顔を返す。

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