第4話 一寸話が戻って、連休初日から
例の家族会議から数日後、連休初めの興行をこなした後、僕は意を決して、三芳姉妹宅を訪ねた。
「目的は何、あたし、綾佳それともジャグジー?」アポを取るために掛けた電話に出た葵さんに心の中を見透こされているかの様な、応答が帰って来た。
「はあ、出来れば、葵さんと少しお話が・・・」
「おー、大歓迎だ。今日は丁度綾佳も不在だ・・・・」
何かを企んでいそうな応答だったが、虎穴に入らずんば虎児を得ずのたとえもあり、おじゃまさせて貰う事にした。手ぶらも失礼だとも思い、爺ちゃんの知り合いの和菓子屋でおみやげの品をあつらえて訪問した。
少し日が伸びて、まだ明るさが残る花水木の並木を通り、マンションへ向かった。
「よー、いらっしゃい。」愛想良く、出迎えてくれた葵さんに、一通りの挨拶をして広いリビングのソファーに腰を下ろした。
「柴花堂のきんつばか、好物だぞ。」
「ああ、良かった、甘い物大丈夫か一寸心配だったんですが。所で、綾佳さんは何か用事で?」
「うん・・・まーいいか、実は、見合いだ。正確に言えば見合いの下見だな。年がくれば、正式なお見合いをさせられるだろう相手と、パーティー形式での顔つなぎみたいなもんだ。」
「まさか、その相手て許嫁とか?」
「そう言うわけじゃないが、親の利益になる相手だ。私は、そう言うのが嫌で、三芳本家とは距離をおいて自分の仕事を始めたって訳だが、綾佳はまだ、親の庇護の元だからな。まあ、誰かと強引に結婚でもしちまえば、縁が切れるかもしれないがな。」少々複雑な事情がある、三芳姉妹の話を聞いて、僕の話のきっかけを探していた所に
「で、今日は何だ?まさか本当にジャグジーに入りたいわけでも無いだろうが?私は大歓迎だがな一緒に入るのは。」そう言いながら、コーヒーを持ってきてくれた葵さんのペースにはまらない様に、こちらの事情を話し始めた。僕を取り巻く、人間達の状況は綾佳さんから聞かされているため、幸子の事も
「美少年姿の薫君の幼馴染みさんか。」と理解されていた。僕は、数日前、この部屋を出てから我が家に帰って以降の出来事を話し、当事者の幸子に降りかかった、青天の霹靂のような遺産相続の内容と、鎌倉の土地の事を説明した。
「その土地の事は聞いた事がある。もともと、三芳家と硲家は代々に渡り犬猿の仲なんだ。何でも、鎌倉時代のご先祖様達が、戦陣争いの時に卑怯な手で家のご先祖様の出足を挫いたのが因縁らしのだが・・・
あの土地の事も、私が暫く前に、三芳コンツェルンの資産調査をしていた時に気づいたんだ。あんな一等地が、破格の値段で借りられているのがおかしいと思い調べた結果、先代が掛け将棋の末に、此方の言い値で借り受けたものらしいのだ。三芳の往年の恨みかなんか知らないけど、硲家は今じゃ、その幸子さんの父親とやらの状況が象徴するように、没落の一途をたどっている様だ。」そんな話の後で、お茶と僕が持参したきんつばを持ってきてくれた葵さんは
「あれ飲むか?」と聞いてきた。
「いや、やめておきます。飲んじゃうと、また泊まらせて頂く羽目に成りそうだから。」
「それは、一行に構わないぞ。綾佳も居ないし、そうなれば、今晩は私が添い寝をしてやるぞ。」
「だから、それが一番困ります。前回も何があったか覚えていないから。」
「そうなのか、綾佳は何だか嬉しい事をされたて喜んでいたぞ。気持ち良かった様だぞ。」
「まあ、その話はやめましょう、それに、今日は帰りますので。」
「まあ、しょうがないな。綾佳の居ないときに抜け駆けする訳にも行かないだろうからな。」
僕は、その後話しを戻し、幸子の今後の対応についてのアドバイスを貰うことにした。
「三芳側の私が、助言出来る立場に無いんだが、あまり硲家に関わらない事を進めるな。ただ両家に絡む幾つかの逸話の中で、一寸面白い言い伝えが有るんだが・・・それは、時期が来たら話す事にするよ。」
葵さんの話で、三芳家と硲家との確執は理解できたが、どうするのが一番の解決策なのかは依然模索の状況だった。あのお抱え弁護士も、硲家の者だろうから何とか一族を再興させたいと考えているのだろうし。
お土産に例のウヰスキーまで貰ってしまって、恐縮しながら帰宅した。
連休も後半に入り、嵐の後は春を一挙に通り過ぎて初夏の気候と成っていた。どたばたした休日の前半を乗り切り、やっと落ち着いて思案ができる環境になったと思い、大学の自治会室まで出向いた。嵐のためか木々の小枝や葉っぱが散乱していたが、それなりに活動している部署では、何時もの活気が有った。自治会室には既に運び込まれた、アンプやら照明器具が置かれていて、事務所には人影は見えていなかったが数人の気配が感じられた。僕は、歓迎会のスケジュールと会場配置、音響関係のセッティングを確認しながら、チューナーとアンプの状況を見ていた。人の気配に気づき振り返ると、後ろに綾佳さんと一緒に自治会の仕事している、時折顔を見る女性がいた。
「はあ、どうも・・・ご苦労様です。一寸スケジュールの確認に。」
「こんにちは、何時もご協力有り難う御座います。」
「いや、大した協力はしてませんけど・・・このアンプ一寸配線変えて置かないとハウちゃいますね。」
「あら、そうですか、機械の事良く分からないもので。」
「あの、佐藤さんと身近でお話するの初めてなんですが・・・」
「あ、そうでしたか、綾佳さんとよく一緒にいる方ですよね。」
「はい、栗山恵子と申します。」
「あ、どうも、佐藤薫です。」
「綾佳が、何時も薫さんて呼んでいるので、存じております。私も最初は女の方と思っていましたが、最近になって男の方と知りまして、綾佳への疑念が払拭されました。」
「はは、とんだ勘違いをされていたようですね、綾佳さんに。」
「今度、お仲間に加えて頂いて良ろしいでしょうか?」
「仲間?」
「もう一人の佐藤さんと一年生の方と綾佳と、それとやたらと薫さんの行方を捜している赤毛の方の。」
「赤毛?」
「赤毛で髪の長い女性ですわ。」
「ふーん、誰だろう?・・・一行に構いませんので、気楽に声を掛けてください。」
「私、バイオリンを少し弾きますので、お役にたてれば。」
「はい、大歓迎です。」
僕は、栗山さんから歓迎会の詳しい内容を聞いた後、照明とアンプの配線とスピーカーの配置の相談に乗った。そうこうしている間に、昼を少し過ぎていて、学食は休みだったので、自治会所蔵のカップ麺をお裾分け頂き、外のテーブル付きのベンチで栗山さん他の自治会委員メーバーと共に食べていた。
食べ終わりかけた頃、お茶を持ってきてくれた栗山さんが、僕に目配せした。彼女の示した方向に、赤毛の長い髪をした、女にしては背の高そうな、僕よりはやや低いかな、女性が此方に向かって来ていた。炎髪が午後の日差しに輝いて、燃えてるいる様に風になびいてまるで何処かのドラマの一シーンの様な光景だったが、一瞬やな予感が脳裏をかすめた。
「薫さん、あの人です。何度か、薫さんを訪ねて来て行方を調べ回っていた方です。」
「ええ、知らないなぁ。赤毛の女性に知り合いは居ないけど。」
その女性を追い掛ける様に、雪乃が走って来ていた。そして雪乃の一声で僕の予感が的中した事が分かった。
「ジョナさん!いきなり行っても・・・」相手は僕を視認した様子で、小走りに近づき
「薫ちゃーん、さんざ探したんだからね。」そう言いながら、僕に抱きついて来た。当然、周りの皆さんは唖然として僕らを見ていた。
「はあー、ジョナさん、何で此所に居るの?」
「入学し直したのよ、ここへ。」
「だって、M大の三年だったんでしょうが!」
「結局、薫ちゃんほど良い男居なくてね。」
「ほらね、やっぱりジョナさんだったでしょ。」雪乃が自慢そうに口を挟んだ。そして、この情景を見ていたもう一人の観客が遅ればせながらやって来ていた。それは、雪乃の後から付いてきた綾佳さんだった。多少息を切らしながら
「この方が、ジョナさんですか?」僕は、
「また話がややこしくなるな・・・」と呟いたが、ジョナさんの歓喜の演説でかき消されていた。
まとわりつくジョナさんをやっと剥がして、綾佳嬢と会話が出来る状態となった。ジョナさんは標的を雪乃に変えたらしく
「雪乃ちゃんまた大きく成ったわね。」そう言いながら、胸をわしづかみにすると、雪乃の悲鳴と共に空振りした手が空中を舞っていた。
「そんなに嫌がらなくても良いでしょうが、私の触ってみて。」空振った手を自分の胸に当てた。
「ええ、どうしたんですか?これ!」
「付けたのよ。」そんな会話を聞きながら、
「おかまを通り過ぎちゃった様ですね、もう変態の領域ですよ、あれじゃー。」
事情を多少は理解している者以外は、事の成り行きに戸惑っているのか呆れているのか、言葉を無くしていた。少し落ち着いてから、綾佳さんと話す事が出来た。
「どうでしたか、お見合いの方は?」
「姉から聞きまして?本当に顔見せ程度の事なんですわ。親も期待はしていないですから。心配ですか、何処かに嫁いでしまう事が。」
「え、いやー綾佳さんの幸せが第一ですから、僕にどうこう言う資格はありませんので。でも急な話であれば大変残念に思います。」
「ご心配なく、急に嫁ぐ様な事はありませんので、薫さんに貰って貰うと嬉しいですけど。」
「はあ、今はまだ一寸無理ですね。」
「あら、じゃー将来は見込み有りかな・・・・それより、幸子さんの事・・・」
「ええ、今日はその事もあり、頭を整理しようかと思い、来てみたんですが・・・」
「まさか、幸子さんが硲の血を引く方とは、以外でした。」
「何だか、解の無い偏微分方程式でも解かされている気分で、両家を和解させる事なんて出来るでしょうか?それより先に、幸子の父親の問題の方が重要なんですが・・・」
「幸子さんは、どんな考えでいらっしゃるのかな?」
「何とか、父親とは和解できたんですが、大喧嘩の末にね。やはり、当事者の父親から具体的に話しを聞くしか無いかもしれませんね。そうなると、一つ関門が有りまして・・・」
「関門?」
「ええ、次に会う時は、もう少し女ぽくして行くのが条件なんですよ。」
「ふんー、それは一寸難問かな。外見だけなら、可愛い人だからどうにでも成るけど・・・あの性格が・・・」
珍獣ハンターの綾佳さんは、的確にその珍獣の特性を捉えていた。
「恋いでもしたら、劇的に変わるかもしれませんけど・・・一寸悔しかな、その対照が薫さんだったら。」
「彼奴が・・・恋い?」僕は、その時幸子の唇の感触が脳裏をかすめていた。そして、ふと目をやると、さっきまでじゃれ合っていた、雪乃とジョナさんがなにやら大人しく会話をしている光景が目に入って来て、同じ様に見つめている綾佳さんの視線と一致した。僕よりやや背が低いジョナさんは、雪乃より少し背が高い位で、今日は、フレアのスカートに結構ハデなブラウスを着ていた。恐らくメイド服でもイメージしたのだろう。
「あのお二人て、そう言う仲なんですか?」綾佳さんの質問に、少々戸惑いながら
「ここから見る限り、そんな感じですね。もともと何かとじゃれてましたけど。」
「お兄様としては複雑なご心境?」
「いーえ、でも、相手がおかまなんで、たぶんそれで、雪乃が心を許してるのかもしれませんが。あっそうだ、彼、ジョナさん、丈南(ジョウナン)三四郎て言うですが、一年として入学してきたので、また綾佳さんのお世話になると思いますので、宜しくお願いします。」
「はあー、それでジョナさんなんですか・・・はい分かりました。珍獣観察員の私としては、またとても興味深い珍獣が現れてくれて嬉しいです。」
雪乃に手なずけられたジョナさんは時折僕にちょっかいを出しながら、正門の方へ移動し始めていた。何故なら、約束より少し早いが、雪乃を竹林亭に連れて行く事にしたからだ。
「今日は、車が無いから電車だと少し時間が掛かりますけど・・・」と前置きして栗山嬢にも声を掛けた。途中ジョナさんがアパートに寄って着替えている間に、竹林亭の叔母と幸子に連絡入れたが、幸子は応答が無かった。(メールだけ残して置くか、でも雪乃が居るからな)と思い、一応同席者の状況も連絡して置いた。ジョナさんは、それまでのおかま姿(別に大してケバイ格好では無かったのだが)から、僕に会わせたような、シャツとスラックス姿で戻ってきた。その姿をみて早速雪乃が
「おっぱい無くなちゃったよ!」
「良いのよ、久しいぶりの薫ちゃんとのデートだもの、合わせなきゃ。」
「これは、雪乃のためなんだからね!」
「そーんな事ないわよ、私の歓迎会よ。」
ジョナさんと雪乃がまたじゃれ会っている様子を見て、栗山さんが、
「あの方て、やはり男の方ですか?」
「はい、日本でも一二を争う女形ですわよね、もちろん一番は薫さんですけどね。」綾佳が助言した。
「はあー、もっと平たく言えばおかまです。彼は本当に男が好きなんですよ。」
「薫さんも大変ですわね。異性はもちろん、同性からも好かれてるなんて。」
全く事情を知らない人なら、このグループは、仲の良い女性の一団に見えているかもしれないが、多少知っている人間には、その複雑さゆえに詳細を理解する事を諦めるかもしれない。案の定、栗山さんが
「薫さんと雪乃ちゃん、一年の、は兄弟何んですよね。」
「ええ、一寸ブラコンのね。」綾佳さんが小声で言った。
「ブラコンなんですか・・・で、あのジョナさんて方は、男の方で女形?そして、薫さんが好きなんですか?」
「いやー、僕がと言うより、男が好きなんです。」
「あの、もう一人、美少年タイプ方が何時も一緒にいらっしゃいますよね。」
「ああ、あの方は、女性ですわよ。男装好きな。」
「え、女の方!」
栗山さんは途中から、理解する事を諦めたらしく、
「ケセラセラですね。」と言ってめがねを直した。
竹林亭に付くと、早速雪乃が叔母に甘えていた。
「久しぶりね、雪乃ちゃん。」そう言って、母親の様に抱きしめてから
「あら、随分大きくなったわね。うちの家系なのよね、胸は。」
「今まで受験勉強中だからて、お兄ちゃんが連れて来てくれなかったのよ。自分はしょっちゅう来てるくせに。」
「お仕事の人達がいるからね。大人のお付き合いよ。」
雪乃が叔母と奧に消えると、それぞれに陣取った席で、出されて来たものを摘み出した。
「ジョナさんは初めてじゃないんですか、此所。」
綾佳さんが、早速情報収集活動に入った。
「薫ちゃんの爺様、金吉さんと何回か来たことあるわよ。まだ、薫ちゃんは凛々しい高校生だったわね。今は、感じちゃう女形だけどね・・・・。所で、今日はあの軟体女は居ないの?」
「幸子はたぶん来ないと思う。」
「薫ちゃんは前から変な女が好きだからね。あたし見たいにさ。」
「別に好きてわけじゃ無いよ。それにジョナさんは女じゃ無いし。」
「ジョナさんとは古いお付き合いなんですか?」綾佳さんの事情聴取が始まっていた。
「金吉さんとはね、私が一番弟子みたいなものなのよ。でも、さすがに血を分けた孫にはかなわないて言うか。もう薫ちゃんが本格的に女形やりだしたら、全然太刀打ち出来ないし。本物を見たら、濡れちゃうわよ。」
「今でも、十分素敵ですわ。何度もモーション掛けているんですけれど・・・」
「綾佳、抜け駆けはいけないわよ。」
大分酔いが回って来ている栗山嬢が横槍を入れた。
「恵子たら、ペース早いですわよ。」
「栗山さんて絡み上戸なんですか?」
「それほど酷くは無いのですけど、今日はもしかして混乱しているかも知れませんわ。私もお二人の前だと、うっかり気を許しそうですから。」
「そうよ、まったくあなた達は、男でしょ。そこらの女よりよっぽど綺麗な姿しているくせして・・・」
栗山嬢は、ジョナさんを肴にして、ぼやき絡みを初めていた。
「私、女には興味ないわよ。」
「私だって、女なんかに興味は無いわよ。あの大学に入るために脇目も振らずに勉強して、それまで男なんか無視して来たんだから。でも、もう解禁よ。目の前に、見たこと無い様な良い男が居るかと思えば、おかまだったり、紛らわしい女形の男だったりして・・・・あんたらちゃんとハッキリしなさいよ。」
「怒り上戸ですかね。」僕が、綾佳さんにこっそり声を掛けていると、叔母が雪乃を連れて来た。
「まあー、お似合いですわ。」綾佳さんの声で、みんなの視線が注がれた先に、和服姿の雪乃がいた。
「叔母さんのを頂きました。」
「梢(僕の母)が生きていれば、もっとましな物をあつらえただろうに・・・」叔母がすまなそうに言った。
「さすが、薫ちゃんの妹ね。良い女形になるわよって、元々女かって!」ジョナさんは、雪乃の蹴りを器用に交わし、いつものじゃれ合いが始まった。その後、胸が苦しいからと言って、洋服に着替えて来たが、和服を着せて貰って嬉しそうだった。終盤には、叔母も加わり、昔話やら、チンドンコンクールの話題で盛り上がっていて、気づくと雪乃が潰れていた。
「今日は、雪乃か。まあ、幸子ほど面倒じゃあ無いだろうけど。」僕のぼやきに、納得した様に綾佳さんが笑っていた。
それから暫くして、濡れ縁で僕が風に当たって居ると、
「そろそろお開きにしても宜しいですか?」その声に振り返ると、少し顔を赤らめた綾佳さんが居た。
「良い風が来ますわね。」
「ええ、でもこの間の嵐で、すっかり散りましたね、山桜。前回は少し残っていたんですが・・・。ここの創業者、うちの爺ちゃんの叔父に当たる人らしいですが、赤い桜を嫌って、山桜だけ植えたんですよ。」
「赤い桜?」
「ああ、所謂ソメイヨシノとか八重桜の事でしょう。なんでも、戦争の事を思い出すとかで、都市伝説みたいな話で良くあるでしょ、赤い桜が咲く木の下には死体が埋まっている見たいな話ですが。」
庭では、その桜の代わりに、藤や皐月の花があちこちに咲いていた。
「雪乃ちゃん嬉しそうでしたね。」
「ええ、久しぶりに叔母に甘えられたんでね。叔母は母の双子の姉でして、面影が有るんでしょうね母の。叔母は叔母で、子供がいない、実際は出来ない体なんで、僕らを実の子供の様に接してくれてます。」
「薫さんも甘えたいじゃ無いですか?」
「え、叔母にですか?」
「叔母さんとは言わず、薫さんてみんなを受け入れちゃってるから、女にせよ男にせよ、疲れちゃうでしょ。だから、たまにはこんな風に甘えて見て下さい。」
そう言って綾佳さんは、僕の顔を自分の胸で優しく抱きかかえてくれた。柔らかくてふくよかな感触と暖かい温もりが顔全体で感じられて、そのまま眠りにつきそうであった。ふと、我に帰ると
「ご免なさい、一寸酔ってますか、私。」
「いいえ、とっても良い気持ちでした。」
「これは、先日のお返しかな。この間、お泊まりに成った時、私こっそり薫さんと添い寝したんです。その時、雪乃ちゃんと思ってたのか、今みたい優しく抱いてくれて、私そのまま寝入っちゃったんですよ。」
「ええー、あの時は酔い潰れていて、意識が無くなってまして、何か変な事しちゃいましたか?」
「うんー、変な事は無かったって事にしておきましょうか。私も、寝入っちゃってましたから。」
ふと、綾佳さんと共有しているこの時間がとても愛しいものに感じて、ゆっくりと深く息を吸った。微かな竹の香りと、それ以上に微かな、綾佳さんの香りがしていた。
「また後で相談に乗って貰うかもしれません。」
僕の独り言の様な言葉に
「え、何の?」
「あ、まだ一寸先の事だと思いますが。その時は宜しくお願いします。」
「はあー、じゃあー予約ですね。」僕らは、そんな会話の後暫く夜風に当たっていた。
その後、呼んで貰ったタクシーに、栗山さんと綾佳さん、僕と雪乃、そして、かなりハイテンションとなったジョナさんの三台でそれぞれに帰宅する事にした。
「それでは、明後日の連休最終日に、最後の打ち合わせをしましょう。」
まともな意識があるのは、僕と綾佳さんだけ位だったが、全員に話しは伝えお開きにした。雪乃は完全に沈没していて、最初は抱きか抱え様かと思ったが、幸子の二の舞に成りそうだったので、タクシーから家の部屋までは負ぶって移動した。叔母も雪乃が訪ねてくれて嬉しかったのか、大分雪乃の羽目を外させたらしく泥酔状態で寝入ってしまった様だった。爺ちゃんと親父は既に寝入っているようで、僕は雪乃をおぶり部屋まで行ってベッドに寝かそうとすると、雪乃が腕を絡めて来た。
「何だ起きているなら、着替えて寝ろよ。」
「まだ酔っぱらってるもん。ねーお兄ちゃん一緒にいて・・・」そう言いながら再び寝入っていた。(今日は少し羽目を外しすぎたな)と思いながら、暫く雪乃の寝顔を見ていると、携帯にメールの着信があった。それは、幸子からだった。
「行けないって、今更遅ぇーし。まったく、何考えてるんだか。」独り言を言いながら、僕は自分の部屋に戻って、部屋の電気を点けようとした時、誰かに抱きつかれた
「点けないで」その声は幸子だった。
「どうしたんだ・・・」それは聞くまでも無い状況だった。確か、玄関に幸子の靴は無かった事から、事務所の裏口から気付かれない様に入って来たのだろう。暫く、僕の胸にしがみつく様にしていたが、やがて手探りで顔を探り、唇を重ねて来た。なにかその必死さに、押されて僕も幸子の行為を受け入れていた。
「辛いんだよ、せつないんだよ、一人になると。あれから・・・」その言葉は、幸子の心の中にある紫色をした暗闇が、僕の心の中に広がっていく様な感覚だった。その暗い底から沸き上がってくる激しい感情に二人が飲み込まれるのにさほどの時間は掛からなかった。互いの服を脱がしあうと、素肌の温もりを求めるかの様に絡み会い重なり会った。幸子の小さな溜め息と共に僕の行為は頂点に達していた。
「ご免、責任は取るから・・・」
「誘ったのはこっちだ。」そう言って、裸のまま立ち上がった幸子の肢体に窓越しから月の光が当たっていた。僕は思わず、後ろからその体を抱きしめていた。僕の手のひらに収まった自分の乳房を見て
「もっと大きければ良かったのにな・・・」幸子がぽつりと呟く様に言った。無意識に伸ばしていた指先が幸子の太ももに触れてた時、再び僕らは深いキスにのめり込んで行った。そのまま、ベットに倒れ込むと、体の芯にくすぶっていた思いに再び火が付き、二度目の行為が始まった。二人の間では時の流れが止まっていた。今まで満たされなかった互いの思いが、一挙にそれぞれの心の中に押し入ってきて、あやふやな空白を塗り替え、満たされて居なかった空間を埋めていった。明け方、幸子が長屋の端にある自分の部屋に戻るため、うちの居間を通り、事務所を抜けようとした時、恐らく雪乃に見られたのだろう。
幸子と雪乃の直接的な修羅場とはならなかったが、僕の部屋に乗り込んで来た雪乃は、激しく僕を詰問し、挙げ句に、幸子にした事を自分にもしろと言い出す始末だった。思わず、雪乃の頬を叩いてしまった後は、泣きじゃくる雪乃にいたたまれなくなり、家を飛び出していた。後は、幸子の母と爺ちゃんが雪乃を宥めてくれたらしい。逃亡中の無責任な兄に代わって。
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