第12話 襲撃

     ◆


 誰何もなしか。

「剣を下げられよ」

 こちらから声を向けても無言。

 立ち位置を変えようとするが、二人はこちらを逃さないようにしながら、必殺の一撃を繰り出せる場所を保つ。

 短い声と同時に、左側面からまず一人が切りつけてくる。

 半身になって避けたところヘ、間をおかずにもう一人の横薙ぎが来る。

 体を転がし、頭上を際どく刀が走り、起き上がった時には先ほどと大差ない位置関係で、また三人が立つことになった。

 しかし二人ともがこちらの実力をおおよそ把握したようで、容易に攻めるようでもない。

「剣を抜け!」

 ひとりが叫ぶというには押し殺しているが、強い口調で言った。

 からかうつもりでもないが、こちらが今度は無言を向ける。もうひとりが足の構えを変える。切り込んでくるか。

 しかし相棒がすっと間合いを取ったので、斬りかかる寸前の一人がそれに従うことで、二人と一人の間には今度は大きな間合いができた。

「なぜ剣を抜かない? 無礼であろう」

 より場が見えている方、先に下がった方の男の言葉だが、先ほどよりは気迫が感じられない。怯えが少しずつ芽を出しているのだろう。

「侍が剣を抜いているのだ、そなたも剣を抜いて向かってこられよ」

「無駄な殺しはしたくありません」

 無駄、という言葉を選ぶことは、この時、大きな意味を持っていた。

 その単語だけで怒りを抑えきれなくなった、先ほど、切り掛かってこようとして中止した方の男が、飛び出してくる。

 一瞬だった。

 頭上からの唐竹割の一撃は、確かに早く、重い。

 それが逆に作用することもあることを、彼は身を以て知ることになった。

 手首を押さえるのと同時に足を払い、腰をぶつけ、変則的な背負い投げのようになった。

 足が一度、天を向き、受身も取れずに背中から鈍い音を立てて男は墜落し、うめき声を少しあげたきり、もう何の反応もなくなった。

 ざわっと周囲にできていた人垣が声を上げる。

「これで剣を抜かない理由を示すことができました」

 仲間をあっさりと倒された剣士が、吹き出す冷や汗をただ流しながら、刀の位置を調整するが、すでに気迫は全て消えている。形だけの構えだ。怯えの種は今、満開に花開いたということになる。

「どなたの差し金か、お聞きしてもよろしいかな」

「は、ハカリ様の御指図にて……」

 そんなところだろう。詳しい話を聞きたかったが、何かが引っかかった。

 こちらの技量は、一度とはいえ手合わせしたハカリがよく知っている。この若い剣士二人で切り殺せると果たして思っただろうか。自分より実力のないものが二人で、万全と考えるか。

 つまりこの場にいないハカリ自身にもやるべきことがあったことになり、それは……。

 気づいた時には駆け出していた。

 大通りを走り、脇道へ抜け、路地から路地へ。

 その先に生垣が見え、長屋も見えた。

 人の声がする。

「何も知らない! そちらの言っていることはでたらめだ!」

「腕の立つ剣士ならミツを嫁がせると言っておいて、俺の申し出を断っていたかと思えば、旅の剣士を抱き込んで、そうまでして俺の面子を潰すつもりか!」

 先の声はタルサカ、次の声はハカリだった。

 生垣の向こうで二人が向かい合っている。ハカリは剣を抜いている。タルサカは剣を持ってすらいなかった。

 さっとハカリが剣を振り上げた。本物の殺意がある。一歩、タルサカが後退した。

「やめろ!」

 止めるために叫ぶと、ハカリがこちらを刹那だけ横目で見た。タルサカは愕然とした顔でやはりこちらを見ている。

 ハカリの気配に禍々しいものが宿る。

 一瞬の勝負。

 足元から小石を拾い上げ、投げる。

 ハカリの剣が翻る。

 ほとんど同時。

 悲鳴が二つ上がり、片方は鈍い音、片方は湿った音を伴っていた。

 そしてタルサカが倒れこみ、ハカリがこちらを烈火の視線で睨みつけた。

「手出し無用! これは正当な決闘だ!」

 振り返ったハカリと向かい合うが、それよりも彼の奥で倒れているタルサカのことが心配だ。

「ハカリ殿は何か勘違いしている。私には他意はない。それに、剣を抜くどころか持ってさえいない者を相手に、決闘などという言い訳は通用しない」

「お前をここで切れば、全てが丸く片付くと気づいたよ」

 ゆっくりと送り足で間合いを詰めてくるハカリは、狂気に支配されているようだ。こちらもこうなっては剣を抜かないわけにはいかないだろう。

「待ちなさい」

 その低い声は、長屋から出てきた男性のものだ。

 片足を引きずりながら、腰に刀を帯びた男がやってきた。

 ハカリが振り返り、しかし舌打ちすると刀を鞘に戻した。そして改めてこちらを睨みつけると、いつかとは逆に彼の方がこちらの横を抜け、去って行った。

 しかしハカリを見送る余地はない。タルサカが心配だ。

 すでにタルサカのそばにヒロテツが膝をついて、様子を見ている。タルサカの手足が動いているのは見えたので、生きてはいるのだ。

「大丈夫そうですか?」

「浅い傷ですな。振りが甘かったのでしょう」

 タルサカは首のあたりから胸を切られて、そこだけは赤く染まっている。着物も切れていた。しかしすでに出血の勢いは衰えている。

「医者に連れて行ってやってください。私では担ぐこともできない。すぐに目を覚ますでしょうが」

 ヒロテツがこちらを見上げてそういうので、了承することを伝えた。

 医師の場所を聞いているうちに、タルサカの意識がはっきりした。苦鳴を上げ、しかしそれも最初だけで、あとは歯を食いしばっている。自力で立てるが不安なので肩を貸し、そのまま医師のところまで付き添うことにした。

 ヒロテツが先ほど、ハカリに歩み寄った時、何をしようとしたのかが気になったが、それよりも今はタルサカを治療してもらう方が優先だ。



(続く)

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