第34話:悪夢

 俺を喰らおうと後ろからゾンビが追いかけてきている。

 石を投げつけたいのに、何故か石が全くない。

 石以外に何か投げる物がないかと探し回るのに、どこにも何もない。

 俺にできる事は、ただ逃げる事だけだ。

 ゾンビの顔が、俺が闇の中で殺した盗賊たちの顔になっている。

 俺を恨んで復讐したいという怨念の籠った表情だ。

 全力に走りたいのに走ることができずに、遂にゾンビが俺の首に喰らいついた。


「ウッわっあっああああああ」


 俺は自分の悲鳴で跳び起きた。

 跳び起きたとはいっても、脚がガクガクと震えていて立つ事などできない。

 心臓が口から出てきそうなくらいバクバクと激しく打っている。

 あまりの激しさに痛みすら感じてしまう。

 血圧も上がっているのだろうか、激しい頭痛に襲われる。

 自分が多くの人を殺した事に気分が悪くなって、その場で嘔吐してしまった。


「汚い奴じゃのう、この程度の事で吐くようでは、とてもこの世界で生きていくことは無理じゃぞ、しっかりせい。

 わらわを護ってこの世界を旅するのが広志の役目なのじゃぞ。

 その為に全ての配祀神から力を分け与えられておるのじゃぞ」


 おさまらない吐き気にえずきながら、石姫皇女に叱られる。

 理不尽だという想いと、もっともだという想いが心に渦巻く。

 好きで石姫皇女を案内するわけではなく、無理矢理押し付けられたのだ。

 だけど、そのお陰で住宅ローンが払えたし異世界の氏子衆を助けることができた。

 だからこそ、文句を言いたいのに言えない気持ちが苦しい。

 

「ウッゲぇええええええ」


 相反する想いを口にもできない苦しみと、人を殺してしまったという現実が、俺を苛んでいるのだろう、一向に吐き気がおさまらない。

 汚してはいけない社務所の畳を、未消化の鶏肉が穢す。

 胃腸にまで影響しているのか、本来消化しているはずの時間なのに、完全に消化されていない。


「配祀神様、大丈夫でございますか、配祀神様」


 女神と俺の巫女として仕えてくれている幼い少女が、俺のえずく声に気がついてくれたようで、急いで集まってくれた。

 俺が何か言う前に、まめまめしく世話をしてくれる。

 俺が嘔吐したモノを嫌がることなく始末してくれて、安心して吐けるようにバケツを持って来てくれて、吐くのが楽なように急いで水を飲ませてくれる。


 彼女達のためにも元気にならなければいけないと思えば思うほど、吐き気が強くなってしまい、飲ませたくれた水を全部吐いてしまう。

 あまりの情けなさに、いいおっさんなのに涙が止まらない。

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