9.プレス 瀬古 礼さん作

「レビューも後2作かぁ」


 啓馬はどこか感慨深そうに言った。今日も今日とて俺達はだらだらと炬燵で一緒に過ごしている。すっかり余裕を持った啓馬の仕事場はローテーションで有休を取れる流れになった。年末近くのこの時期に休めるって、中々にホワイトじゃないか羨ましい。


「短かったような長かったような」

「企画立ち上げて……まぁ大体半月くらいか。やってみてどうだった」

「締めの言葉はまだ早いだろ」

「まぁ、そうだな。という訳で残り2作の1作、選んできたぞー。茶菓子も用意しておいた。読書タイムの準備は万端だ」

「こんな準備万端で読むのはホラーって聞いたんだが」

「いいじゃないか、のんびり読むホラーだって」


 茶色の器に山盛りな菓子を1つ摘まみ上げ、よくあるチーズ付きミニ煎餅みたいな菓子を口に放り投げる。塩辛いものとチーズの相性はバッチリだ。

 入れたての温かくも渋い味のするお茶と一緒に、スマホを取り出すと早速読む事にした。


 今日読むのは瀬古 礼さん作の『プレス』だ。



「で、感想は?」

 そう訊いて来た啓馬の前には大量に菓子の殻が転がっていた。ゴミ箱を引き寄せて片付ける。そうしている間にも睨んでいたのだが、全くお構いなしだ。相変わらずな様子に溜息を吐きつつ、レビューを始め……ようと思ったのが、俺は泣く泣く炬燵から立ち上がる。

「どうした?」

「これはちょっとメモ書きタイプの方が良いと思うんだよな」

 持ってきたノートを千切って書いていく。



【気になった点】


 文章の書き方として気になった点を上げていきます。あくまで個人的な書き方です。


・まず「なんd……」と言った台詞の遮り方は止めた方が良いと思います。ギャグ小説で使われる場合はあるかもしれませんが、ホラーにはそぐわない書き方です。読んでいて読み手としては分かり易いですが、書き手としては非常に気になる点でした。「なんで――」や「~は言葉を遮った」等、ダッシュを使ったり後で補足を入れたりする台詞の遮り方が一般的だと思います。


・似た理由としていわゆる三点リーダーも「……」と繋げるのが一般的で「…」は漫画的表現です。「…………」と繋げているものをあまり連続して使うのはよくないかもしれません。沈黙や息切れを表現する場合、一度台詞は区切ってそこに動作や背景、心理などの描写・説明を一度挟む事をお勧めします。


・「?」も何度も連続して使う「~??」等の書き方もお勧めできません。



【例文】(個人の書き方ですが)


「本気で言ってるの――?」


 鈴を転がすようだった彩の声が恐ろしく――まるで別人のように低く、冷たくなっていくのを幸一は感じていた。肩に触れようとしていた手を、思わず引っ込める。顔をゆっくりと上げた彩は何も発せず、幸一の呆気に取られた顔をただ眺めていた。

 その目に、光はない。いつも彩とまるで様子が違う。


「彩……? なぁ、お前どうし――」


「本気なの幸一……ねぇ……?」


 言葉を遮った彩の言葉、そして気迫すら感じる表情に、幸一は思わず後ずさってしまっていた。声の抑制はぶれて震えていて、まるで「信じられない」と言いたげだった。


 表情が見る見る歪む。

 目が見開かれ、唇が薄く開き、呼吸が荒くなり、そして――


「嘘だよね? 嘘って言ってよ? 言えよ――!」


 声を荒げて彩は幸一に掴み掛ろうとした。


【例文終わり】(何したんだろう幸一)


 ダッシュは間に入れたり沈黙を再現したり、色々と便利なので入れてみることをお勧めします。


・空間が少し開き過ぎかもしれません。スクロールさせるのはラストくらいが丁度いいと思います。これは個人的な感覚ですが。



【いい点】


・台詞以外の部分では目立って気になる点が少なく、ホラーによくある転落的な要素はあまり感じなかったのですが、終始誰も救われない雰囲気は描けてると思います。その分だけ台詞部分や記号の置き方・書き方が非常に気になってしまいました。


・最終的に色んなプレッシャーに潰された主人公が死んでからは物理的に潰される苦しみを味わう、というのは中々救いがないオチだと思います。頑張ればよかった、という後悔も未来ある小学生からいわれるのが後味悪くて良いですね。



【総評】


 いい点でも書きましたが文章そのものは空間の開け方、「?」の置き方以外はシンプルで気になる点があまりありません。ただしその分だけ台詞部分の表現が気になり、集中がそこで切れてしまいました。次回作では記号の使い方も考えながら置くともっと良い作品が出来上がりそうです。



 静井 拓也



「出来た」


 啓馬は俺の書いたメモを見つつ何度か「字が汚い」だの「読み難い」だの文句を零しながらも、上から下まで視線を動かしていく。

「お前って文体の事になると結構辛口になるよなぁ」

「気になるからしょうがない」

 確認し終わったのか、啓馬はスマホに打ち込み始めた。これで9作目、レビューは後1作品で終わる。意外と早かったな、なんて考えながらお茶の残りを飲み干した。

「あと1つだな」

 なんとなし俺が言うと啓馬はスマホを打ちながらも「そうだなぁ」と返事を寄こした。

「長いような短いような、色々と刺激になったんじゃないか?」

「まぁ色んな発想の作品は見れたな」

「そうだろうそうだろう」

 啓馬が俺の言葉に笑って「よし!」と打ち終わったらしくスマホを仕舞った。

「今年も後少しだなぁ」

「何にもしてない気がする」

「色々とチャレンジはしたろ、来年もその意気だって」


 外を見ればすっかり暗く成っている。だらだらして明かりに当たる事もなく終わる一日、そういえば主に外食ばっかりだったが最近は外に行くことが多かったな。食べ物の思い出ばかり……待てよ?


「啓馬お前……太ったか?」

「へ?」


 目の前の友人は炬燵の横幅を大きく取っているような気がした。啓馬が笑顔のままで固まってしまい、開けた袋からチーズ煎餅が炬燵の上へと転がっていった。

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