10.黒窓町商店街振興会 外伝 手紙を読む日 阿井上夫さん作
「ラスト10作目だなぁああ……」
最後だけ妙な発音になったのは伸びをしているせいだ。ここ最近自分の小説を修正し続けて隙間時間にレビューを書いていたので、指がキーボードを打たない時間は眠っている時くらいなもんだった。嘘、後はソシャゲやってる時以外だな。
何はともあれ10作目だ。啓馬はどんな作品を持って来るんだろうか。
「おーい、拓也ー」
早速やって来たらしい。念のためチェーンをかけた状態でドアを開けると、啓馬が見えた――なぜかジャージで。
「ランニング行くぞ!」
――長い付き合いにはなるが、こいつの突発性に付いていけない俺が居る。
*
「イチ、ニー!」
「イチ、ニー……」
近所にある川沿い、堤防でもあり細いながらも道でもある。お決まりのランニングコースだ。いかにも鍛えてそうな人たちが自転車に乗って、さっきから何回も俺らの隣を通り過ぎて行った。
「サン、シー!」
「サン……シィ……」
朝の空気は嫌いじゃない。寒くても暑くても、いつだって風が流れては一日の始まりだと分かるから。でも、これは限度がある。肺の中に入って来る冷たい空気は痛く感じるのに、体は暑いわ汗
「きゅ、きゅうけい……けいま、きゅうけい……」
限界を覚えた俺の喉からはヒュウヒュウと変な音がし始めていた。足がなんか感覚消え始めてる。よく走り回った時になるアレだ、久しぶりにこうなってしまったら俺の頭には「もう今すぐ帰りたい」の一言しか無くなってしまう。しかし帰るのもたぶん30分は掛かるだろう。地獄だ。
「そうだなぁ……そろそろ休むか」
「なんで、また、ランニングを……?」
ぜいぜいと変な呼吸をしながら俺は訊いた。やばい、油断すると空気が変なとこ入って咳が出そう。
「いや太ったって言われて、帰りに体重計で量ったら確かに太っててさぁ」
「お、俺まで付き合わせる意味、あるのか……?」
「俺が太ったなら、普段から出ないお前も当然太ってるに決まってるだろ」
いけしゃあしゃあと言って退けた啓馬も息は上がっているが俺よりかは平気そうだった。こいつ仕事場で色々と動き回ってるからそりゃ俺より体力あるわ。しかし仕事の休みにランニングってなんなんだこいつ。
「じゃあここら辺にさ、サイクリング仲間が休憩に使ってる店あるからそこ行こうぜー」
「おう……」
「あ、帰ったらレビューも終わらせるぞ」
「おう……」
もう休めればなんでもいい。頭は冴えてるけど、体力は限界だ。俺は早足の啓馬に足をふらつかせながら付いて行った。
*
さて帰って来て風呂に入り、炬燵に潜る。入れ違いで啓馬が風呂場へと向かったのを見て「なんでお前にシャワーまで貸さなきゃいけないんだ」という文句は言っても無駄だろうから引っ込めておき、俺は早速最後の小説を読む事にした。
今日読むのは、阿井上夫さん作、『黒窓町商店街振興会 外伝 手紙を読む日』だ。ちなみにキリが悪いので読むのは1話だけ。
「で、感想は?」
風呂上がりの啓馬が炬燵に潜りながらそう訊いて来た。俺はスマホを置いて、唸りながらも考える。
「全体的にあまり悪い所が見当たらないなぁ。情緒もちゃんとしてて、背景も表現が緻密。きちんと整ってる文章で綺麗にまとまってるとは思う」
「おっ、ベタ褒めだなぁ」
「ただ……えーとな――」
「あ、やっぱなんかあるのか……」
「まずこれ前も書いたと思うんだが『縦書きで正解』の描写が実は『WEB小説だと見難い』っていう場面が結構あるんだよな」
「例えば?」
「ダッシュ(もしくはダーシ)を使った心理描写面だ。商業小説は縦書きだとダッシュ(――)は頭に置いて……えーと」
上手く言える気がしなくて、やはり俺はノートを取り出した。元々は落書き用に買ったはずなんだが、ここ最近は文字ばかり書いている。
言っておいてなんだが、これはもう口で説明しても駄目だ。
――説明がめんどくさいな。
俺はこう思った。だから今こうやって文字を書いてるって訳だ。
「こんな感じで文章、ダッシュ付き心理描写、文章っていう置き方をする場合、行間を詰めておくと縦書きだとよくあると思うんだが、横書きだと多くなればなるほど『見え難い』って思っちゃうんだよな」
だからこういう風に行間開けておいて、より心理描写を引き立たせたりするのが大事なんじゃないかと個人的には思ってる。
――まぁ、文がすかすかに見えて嫌な人は嫌そうだよな。
そこは一長一短。ちなみにダッシュの行頭は開けたり開けなかったりするから正解はないと思うぞ。やり方は統一した方が良いけどな。
「つまり……書き方は正解なのに不正解になっちゃうのか?」
「あくまでWEBのやり方だし、俺個人は開けた方が見やすいんじゃないかと思ってるだけだから、もうそこはお任せするよ。ただ『横書きはデザイン性もないと縦書きより見え難い』って点はあると思う」
「うーん? それで、お前の思う綺麗なデザインって?」
「文章で箱っぽく作った文を置いていくんだ。なるだけ纏めてな」
例えばだけど、ここはせっまいアパート。炬燵があるせいか男2人で入ってだらだらと今過ごしてる。周りにあるのは大量の漫画が置いてある本棚、後は少し離れた所にベッド。キッチンはかなーり狭いものの、まぁ贅沢は言えないよな。ただすぐ近くに風呂場があるのはどうにかならんかったのかと思うけど。
「これお前の愚痴じゃないか」
「それは置いとけ。まぁ何はともあれ、こんな感じで俺的に『テンポの良い文章』は『短い文をなるだけ沢山置いていってある文章』じゃなくて、WEB小説の場合はこの文字の箱がどれだけ綺麗に並んでるかって感じ……じゃないかなと思うんだよ」
「文字の箱かぁ……でもそんな書くの難しくないか?」
「あー、確かにな。こう言ってる俺もあんまり実践出来てる気がしない」
「ただ、前のレビュー作品でも書いたけど、1、2行だけの文って目が行ったり来たりするからこれも連続してずっと置き続けたり、句点で一行ずつ区切るやり方は台詞が少ない場面でやると右に隙間が空き過ぎて、逆に見難かったりするからWEB連載をしたいなら俺はお勧めできないかなぁ……」
そう言って前に書いた物をもう一度取り出した。
【例文】(※個人の書き方です。)
上下するはずの胸が動かない……アンナのそんな様子を見てカルロスは思わず、目を見開き息を呑んだ。額に、頬に、背中に、嫌な汗が流れる。
――彼女が息をしていない!
抱き起した細い体は既に冷たく、思わず「あぁ……」と落胆の声がカルロスの口から震える息と共に零れる。それと同時に、後悔の涙が既に薔薇のように赤みを差していた彼女の頬へと落ちては地面へ、着ていた服へと流れていく。
【例文終わり】
「こんな感じ。文庫本なら有名な人もやってるんだけどなぁ。でもWEBだと逆効果になる気がするんだよ。これは俺の持論で、誰かが言ってるって訳じゃないから話半分に聞いてて欲しいんだけど」
「でも汚い部分なんてないだろ? 俺読んでて普通の文章だと思ったんだけど、さすがにそこは厳し過ぎないか?」
「いや良い文章なんだ。漢字が普段使わないもの、例えば
「でも人間の目って縦読みと横読みで文字の見易さが変わるらしくて、しかも視界が左から右に移動するのって日本人は本来苦手なんだよ。本は右から左に縦読みするだろ?」
「確かに……商業本は右から左に一気に読んだりせず、気が付けば一行ずつちゃんと読んでるよな」
「イラストだって右向きと左向きで絵の見方が変わってしまうように、これは人の見方や目の問題だ。文章の良さや悪さの問題でもない。だからWEB書きの場合は『一気に読ませる』『デザインを綺麗にして目を引かせる』っていうのは意識しておいて損が無いと思う。最後まで読ませないと意味がないからな……っていうのが俺の持論。押し付ける気はさすがにないけど……俺としては大体こんなとこだな」
「俺としては変わり者の親父を第三者目線で見ててテンポも良かったと思うんだけどなぁ……」
「俺も雰囲気はバッチリ出てて好きな方だぞ。融通の利かない親父が自分の居る店では大人しくて、そしてなぜ手紙を読むのか……気になる話だと思う。文章自体はゆっくり読ませてくれるような感じで俺としては『隙間が気になるけど、それ以外はいいな』って気持ちにさせてくれるな」
「隙間に関しちゃお前の好みな気もするけど」
「以上だ……あぁ~終わったなぁ」
「お疲れ」
啓馬は早速文字を打ち込み始めたらしい、思えば友人の目の前で携帯をいじるなんて普通だったら失礼なんだろうが、すっかりそれも見慣れた光景になりつつあった。今までの十作品を思い返しながら、不思議な事に皆それぞれ似ている部分があったり違ったりして、人はなんとも面白いもんだな――なんて考えた。
「で、終わった感想は?」
「ん? あぁ――やっぱり色んな作品があるなぁって。同じホラーでも中身の色は180度違ったりするし、文字の書き方自体は似てる人達でも扱う題材は全然違うのばっかりで、俺としては文章もそうだけどそういう人たちを見るのも面白かったな」
「へぇ……ならするか――おかわり」
「――は?」
啓馬の言った言葉を、俺は一瞬理解が出来なかった。しかしおそらく顔をしかめた俺をの目の前にしても、啓馬はどこか楽しそうにニコニコと笑っている。嫌な予感がする。俺の表情はいつの間にか引き攣った笑みへと変わっていた。
「あの、啓馬さん?」
「いやぁ、10作品も見て感想言ってたからさぁ。次の企画立ち上げた時はさすがに断られるんじゃないかって不安だったんだよなー」
「え? え?」
「って事でさー、さすがにレビューばっかりになるのも駄目だし年末だし、期間は長めに取るから次もよろしくなー。アップロードした後で俺が募集しとくから! じゃあ俺企画文を書きに行くからもう行くな! 後で詳しくは連絡っすから、よろしくぅ! またなー拓也! あ、鍵は閉めとけよ!」
「……えっ?」
一方的に喋って、最後に爽やかな挨拶を決めて、出て行った啓馬を俺は見送って俺は……何にも言えなかった。というか反論する隙すら与えられなかった。とりあえず立ち上がって、鍵を閉めて、炬燵に戻る。誰も居ない空間。土産で買った置時計だけしか音はない。
「はぁああぁ……」
その中で長く、ふかぁい溜息が俺の口から零れ落ちて行った。
――長い付き合いにはなるが、やはりあいつの突発性に付いていけない俺が居る。
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